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《ひょうたんの眼》29 コロナ禍で日本の観光を思う

【コラム・高橋恵一】コロナ禍で疲弊した観光産業を救うためとして、補正予算で事業化したGo to キャンペーンが前倒しでスタートする。コロナ感染は収まらず、東京都への発着は補助金の対象にせず、若者や高齢者の団体は対象外、宴会もダメ。一方、感染者の再増傾向の東京通勤圏と大阪府は対象になる。東京都だから伊豆七島や小笠原は対象外、米軍基地からの感染の恐れがある沖縄への旅行は補助対象。

日本地図を横に置いて眺めると、いかにもちぐはぐな観光振興策である。第一、コロナウイルスは人間の作った都道府県境に規制されることは無いのだ。

近年、日本の観光は、政府の肝いりもあって、外国人観光客の受け入れ、インバウンドが盛んであったが、昨年、隣国同士のケンカで、韓国人観光客がほぼゼロになり、中国観光客も一時ほどの爆買いが減ってきたところにコロナ騒ぎで、欧米を含め、外国からの観光客は皆無になってしまったのだから、関連業界は大変深刻なのはわかる。増して、今頃は、東京オリンピックで日本中に観光客があふれているはずだった。

感染は人の移動に伴うものだから、観光地を抱える各地方は、それぞれの県内での観光振興を、政府のGo toキャンペーンに先行させる動きを始めたところであった。地元の観光を見直してもらう機会でもある。

石川県和倉の高級観光ホテルへ

感染騒ぎの始まる前、北陸にグループ旅行をした。和倉の高級観光ホテルへの格安パック旅行だったが、金沢で昼食くらいは贅沢をしようと、友人に勧められた老舗料亭で数千円のお膳を食べた。案内してくれたタクシーの運転手さんの話では、その店での夕食は2万円以上するとのことで、そんなに高い夕食を食べる客がいるんですかと聞いたら、観光客ではなく、地元のお客さんだそうだ。

北陸には、旅館も食べ物も値の張る高級品が多いのだが、客の半分は、地元3県の人が多いと聞いたことがある。本来観光というのは、地元の人に高く評価され支持されている物品・サービスが対象になるべきものであると思う。

インバウンド対応で、日本の伝統的なサービスを簡略化したり、格安料金で粗末な宿を提供したりする傾向がある。日本の観光を安売りして、品格を落としてはいけない。私達も、外国を訪れるときは、本物の外国を楽しみたいのだ。膨大な予算を使うGo to キャンペーンは、大手企画会社の手数料などに使うのではなく、本物の日本の観光を支えている観光業界の役に立てて欲しいと思う。

もちろん、全国移動ができるようにするには、感染拡大の最中ではなく、地方を感染に巻き込む恐れが無くなってから実施するのは当然であろう。(地図好きの土浦人)

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