水曜日, 4月 22, 2026
ホームつくば障害当事者がつくばで問う やまゆり園事件で見えてきたものと見えないもの

障害当事者がつくばで問う やまゆり園事件で見えてきたものと見えないもの

【川端舞】障害者入所施設「津久井やまゆり園」(神奈川県相模原市)で殺傷事件を起こした植松聖被告と面会を重ねているノンフィクション作家の渡辺一史さんが15日、つくば市吾妻、吾妻交流センターで講演した。残忍な事件を起こした被告の異常性が話されるとともに、異常性が作られた背景にある障害者施設の実態も言及された。

渡辺さんは、筋ジストロフィーという難病当事者の地域生活を描き、昨年映画化もされたノンフィクション小説「こんな夜更けにバナナかよ」の著者。これまで13回、植松被告と面会してきた。その中で見えてきた植松被告の人間像を語ってもらおうと、当事者による障害者支援団体「つくば自立生活センター ほにゃら(川島映利奈代表)」が講演会を企画し、約40人が参加した。

事件後、それぞれの思い語り合う

同センターは、どんなに重い障害があっても入所施設ではなく地域で暮らしていける社会を目指して、地域で暮らしている障害者を支援したり、一般の人たちに障害者への理解を広めるために様々なイベントを開催している。やまゆり園事件の直後には、障害者や支援者を集めて犠牲者を追悼し、それぞれの思いを語り合う集会を開いた。センターの事務局長で自身も重度身体障害をもつ斉藤新吾さんは当時「『意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべきだ』という植松被告の考えは極端だが、障害者は必要のない存在であるという考えは、無意識のうちに誰もが持ちうるものだと思う」と語った。

それから約3年後の2019年、同センターは、「こんな夜更けにバナナかよ」が映画化されたのをきっかけに、渡辺さんに「なぜ人と人は支え合うのか―『障害』から考える」をテーマに講演を依頼した。その中で渡辺さんはやまゆり園事件にも触れ「『障害者は生きている価値があるのか』という質問は、一見するとデリカシーのないものだが、インターネットの掲示板には多くの人が同じようなことを書いている」と指摘した。

渡辺さんが植松被告と面会を重ねていることを知った同センターは、植松被告の公判が開かれている今、被告がどのような人間なのかを知り、今後同様の事件を起こさせない、障害があってもなくても一緒に生きていける社会をつくるヒントを考えたいと、渡辺さんの講演会を企画した。

なぜ事件を起こしたのか

この殺傷事件が世の中に衝撃を与えた理由の一つに、被告がその施設に3年以上勤務していた元職員だったことがある。これまでの渡辺さんの取材によると、やまゆり園に就職した頃の被告は入所者のことを「かわいい」と言っており、将来は特別支援学校の教員になりたいという希望を持っていた。そのためのステップアップとして障害者施設の職員になったという経緯もあったという。

そのような志を持った青年が、なぜ障害者殺傷事件を起こしたのか。脱法ハーブや大麻を常用したことによる精神障害があったと弁護人は主張している。また、障害者への差別意識は多くの人が持っていても、それを「人を殺傷する」という具体的な行動に移すのには大きな隔たりがある。「被告がそこを越えてしまった原因がまだ理解できない」と渡辺さんは語った。

園内の環境も影響

一方、被告の中に「安楽死思想」が形成された背景には、彼が働いていた津久井やまゆり園内の環境も影響を与えたのではないかと渡辺さんは指摘する。去年6月にNHKで放送されたやまゆり園の元利用者についての報道を機に、やまゆり園の実情が問題視されるようになったといわれる。その利用者は、やまゆり園時代は「突発的な行動もあり、見守りが難しい」という理由で、車いすに長時間拘束されていたが、事件後、別の施設に移り、拘束を解かれた生活をするうちに、リハビリにより歩けるようになったほか、地域の資源回収の仕事までできるようになったそうだ。

また、渡辺さんが元利用者家族から聞き取った話では「居室が集まっているユニットはおしっこ臭かった」「毎日風呂に入れてもらっているはずなのに、フケも臭いもすごい」「部屋が施錠されていたのではないか」など園の実情に数々の疑問が聞かれた。そのような園の状況が、被告の「安楽死思想」に影響を与えたのではないかと渡辺さんは考える。その上で、渡辺さんはこれまでの取材の中で他の施設についての惨状を聞いてきた経験から、「津久井やまゆり園が特別なのではなく、同じようなことは他の入所施設でも起こりうる」と、入所施設の限界を指摘した。

講演会の参加者の一人は「私自身、知的障害の子どもを育てている母親として、この事件にはあまり関わりたくなかったが、事件の本質には被告自身の問題だけでなく、社会全体の問題があり、このまま終わりにしてはいけないと感じた」と話した。

5月の全国集会でもテーマに

今年5月30、31日に、つくば国際会議場でDPI(障害者インターナショナル)日本会議の全国集会が開催される。DPI日本会議とは、現在130カ国以上が加盟し、障害のある人の権利の保護と社会参加の機会平等を目的に活動をしている国際 NGOの日本国内組織である。2日間で全国から多くの障害者が集まる。2日目にはやまゆり園事件の裁判についても取り上げる予定である。この集会の実行委員会をつくば自立生活センターも担っている。

同センターは「3月16日にこの裁判の判決が予定されているが、3カ月程度のスピード判決はこの事件の何を浮き彫りにするのか。検証すべき重要な問題を闇に葬り去ってしまうことにならないか。障害者への差別や偏見を助長したりしないのか。様々な立場から問う機会にしたい」としている。

大規模の入所施設では限界

【記者のつぶやき】入所施設の場合、どうしても一人の職員が担当する入所者の数が多くなってしまい、入所者一人一人に丁寧な個別対応は難しい。被告が「意思疎通のとれない障害者」と称した被害者の方々も、一人一人、時間をかけて向き合えば、身振りや表情など、言葉以外の方法でコミュニケーションをとろうとしていたはずである。彼らが伝えようとしている想いを、周囲が丁寧に受け取れるようになるためには、大規模の入所施設では限界がある。入所施設の限界が浮き彫りになった今こそ、入所施設ではなく、在宅で障害者一人一人と関係性を作りながら支援することに重点を移すべきであろう。

➡障害者自立センターほにゃらの過去記事はこちら

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最新記事

学校給食の牛乳に異味 土浦市 6校の12人が体調不良

土浦市教育委員会は21日、市内の小中学校の学校給食で出された牛乳を20日に飲んだ児童、生徒から「いつもと牛乳の風味が違う」など異味の申し出があったと発表した。そのうち6校の児童生徒12人から腹痛など体調不調の訴えがあった。 牛乳は、いばらく乳業(水戸市)が製造したもので、茨城県学校給食会から同市が購入し、市内24の小中学校に計約1万500食分を提供している。 発表によると、市内の全24校で「味がすっぱい」「薄い」「酸味がある」「薬のような臭いがする」など異味の申し出があった。24校は、土浦小、下高津小、東小、大岩田小、真鍋小、都和小、荒川沖小、中村小、土浦二小、上大津東小、神立小、右籾小、都和南小、乙戸小、菅谷小、一中、二中、三中、四中、五中、六中、都和中、新治学園義務教育学校、土浦一藁附属中。 そのうち体調不良の訴えがあった6校の12人は、土浦小が3人、下高津小2人、上大津東小2人、都和南小3人、五中1人、新治学園1人。 20日、各学校が市学校給食センターに報告。土浦保健所や県教育庁保健体育課に連絡した上で、いばらく乳業に対し、原因の調査を依頼している。 市教委は21日から当面の間、給食での牛乳の提供を停止し、児童、生徒には水筒を持参してもらって対応している。 市教委は「関係する児童、生徒、保護者の皆様には大変ご心配をお掛けしましたことをお詫びします」などとしている。

運命の人《短いおはなし》50

【ノベル・伊東葎花】 わたしは、前世の記憶を持って生まれた。前世のわたしは、老舗料亭のひとり娘。裕福な家庭に育ったけど、家に縛られ自由はなかった。そしてわたしは恋をした。相手は売れない画家だった。将来を誓い合ったけど、結ばれなかった。身分違いの恋だ。周囲からの猛反対に遭って別れた。 わたしたちは、誓い合った。 「生まれ変わったら、絶対いっしょになろうね」 きっと何度生まれ変わっても、わたしは彼を見つける。だって彼は、運命の人だから。 あれから数十年。わたしは生まれ変わった。今のわたしは、料亭の娘じゃない。親の束縛もない。とても自由なの。彼との出会いを夢見て過ごした。一目見ればわかるはず。だって運命の人だもの。 穏やかな春の日、何かに導かれるように、夕暮れの公園に来た。通りかかったひとりの男が、わたしをじっと見ている。運命を感じた。ああ、この人だと思った。姿は変わっているけれど彼に間違いないと、わたしは感じた。 「わたしがわかる?」 呼びかけてみた。彼が少しずつ近づいてくる。 「ああ、ずっと探していたんだ」 彼は、わたしをぎゅっと抱きしめた。ああ…、やっぱりそうだ。運命の人だ。「僕の家に来る? すぐそこなんだ」 彼が耳元でささやいた。もちろんわたしはうなずいた。 「ほら、見えるだろう。あの赤い屋根の小さな家だよ」 彼が指差す家は、わたしの理想の家だった。いつかあなたが絵に描いた家。赤い屋根のかわいい家で、ふたりで暮らそうと言ったこと、憶えていたのね。うれしい。わたしは目を閉じて、彼に寄り添った。 「これから一緒に暮らそう。きっと君も気に入るよ」 庭には、かわいいお花がたくさん咲いている。ふたりの楽園ね。 彼はドアを開けると、「お~い、帰ったよ」と誰かに声をかけた。家族がいるの? わたし、気に入られるかしら。「おかえり」と顔をのぞかせたのは、若い女だった。 女は、わたしを見るなり目を潤ませた。 「なんてかわいいの」 「公園で見つけたんだ。ピンときた。君が絵に描いていた子にそっくりじゃないか」 「ええ、そうよ。なぜだかずっと夢に出てきたの。きっと運命よ。やっと会えたのね」そう言って、女がわたしを抱きしめた。 ああ、そうか…。彼女のぬくもりに触れたとき、わたしにははっきり分かった。運命の人はこの人だ。 彼が男に生まれ変わるとは限らない。わたしが人間に生まれなかったのと同じだ。 わたしは、いとおしい人の胸に抱かれて目を閉じた。そして「ニャ~」と甘えてみせた。  (作家)

地域のゴミ拾い《デザインを考える》31

【コラム・三橋俊雄】1月に地域の「こども会議」を開催しました。「こども会議」とは、地域の子どもたちが集まり、自分たちの生活や地域について意見を出し合う場です。子ども自身が地域の一員として考え、発言し、提案していくことを目的としています。 参加者は、小学4年生から高校生までの子ども12名と大人7名の計19名でした。テーマは、前回の会議で子どもたちから提案されていた「地域のゴミ拾い」です。 交流センターに集合した子どもたちは、「こども会議」の象徴であるグリーンのビブスを身につけ、北風の吹く中、トングとゴミ袋を手に2つのコースに分かれて歩き始めました。 初めは道路を見ても、ゴミのポイ捨てはほとんどないように見えました。しかし子どもたちは草地ややぶの奥まで入り込み、ペットボトルや空き缶、プラスチック片、手袋、さらには捨てられた電化製品のファンヒーターまで拾い集めました。 わずか40分という短い時間にもかかわらず、地域にはこれほど多くのゴミが潜んでいたことが分かり、子どもたちも私たち大人も驚きと新たな発見がありました。 活動後は、集めたゴミを使って、みんなで「ゴミ・アート」を制作しました(上の写真)。 環境教育につなげる試み ゴミ拾いを体験した子どもたちからは、「思ったよりゴミが多くてびっくりした」「いっぱい拾えて気持ちよかった」「どんどんきれいになってうれしい」「飲みかけのペットボトルがあった」「草の中に小さいゴミがあって驚いた」「風に飛ばされてむずかしかった」など、さまざまな感想が寄せられました。 今回の子どもたちによる「ゴミ拾い」は、単なる清掃活動ではありません。自分の住む地域を「自分ごと」として捉えるための、大切な第一歩でした。また、ゴミを拾うという行為は、環境を守るための最も身近な市民参加のかたちでもあります。どこにどんなゴミが多いのか、なぜそこにゴミが集まるのかを観察することで、子どもたちが社会を知り、社会に目を向けるきっかけにもなりました。 さらに、拾ったゴミを使った「ゴミ・アート」は、ゴミの存在を可視化し、環境教育につなげる試みでもありました。一見価値がないと思われていたゴミが、子どもたちの手によって新しい形や意味をもつ作品へと生まれ変わっていきます。その過程は、体験から得た気づきや、ものの見方を変える力、発想を広げる力を育てる機会にもなったのではないかと思います。 こども会議によるこのような取り組みは、子どもたちが未来の地域を担う市民として育っていくための小さなきっかけにもなります。自分たちの行動が地域を変えることにつながるという体験は、子どもたちの自信となり、次の行動への原動力にもなるはずです。(ソーシャルデザイナー)

土浦港周辺「観光・レクレーション拠点」整備 《吾妻カガミ》218

【コラム・坂本栄】4月初めに土浦市が主導する霞ケ浦土浦港周辺「観光・レクレーション拠点」整備計画の詳細が明らかになり、その事業を担当する企業名も公表されると期待していました。ところが、記事「公募は仕切り直し…」(4月2日付)にあるように、事業を任せられる企業が存在しないことが分かり、この整備計画のスタートは先延ばしになりました。 総合ホテル→保養マンション→? 総面積9.4ヘクタールの整備区画の中心には、元々、土浦京成ホテルが建っていました。宿泊・宴会・結婚式ができる総合ホテルでしたが、2007年春に撤退しました。その跡地を不動産開発会社が買い取り、富裕層向けリゾート型マンションの建設を計画していました。ところが2008年秋のリーマンショックで資金難に陥り、このプロジェクトは中止されました。 そこで2010年秋、湖畔に不似合いな施設が造られるのは困ると土浦市が判断、マンション用地と京成ホテルの関連会社「ラクスマリーナ」(ヨット・ボート保管施設や遊覧船を運営する会社)を市が買い取り、「観光客が訪れる魅力ある空間」「湖岸の観光・レクレーションの拠点」にしようと、具体策を練ってきました。 いろいろ考えた末に起案したのが、市の整備計画に関心がある企業から事業計画を提案してもらい、その中からベストの案を出してきた企業を選定、提案内容が市の条件を満たせば、そこに整備を任せるという手続きでした。行政や業界では「公募型プロポーザル」と呼ばれています。 計画区画内には県が管理する港施設が2つ(A地区+B地区=4.3ヘクタール)あることから、この公募-審査-選定には県も参加、事業を任せる企業を絞り込む会合が3月中下旬に開かれました。冒頭述べたように、私はこの選定会で整備を担当する企業が選ばれ、計画の全体イメージを描いたイラストが発表されるだろうと楽しみにしていました。 公募企業の企画評価は不合格 ところが、選定結果は大々的には公表されず、「事業者を選定できなかった」と市議にメールで伝え、その2日後、「最後に残った事業者は合格点以下だった」と市のHPに載せるという控えめなものでした。担当者の無念さが伝わってきます。 公募には3社が応じたものの、2社は資格要件を満たさず、残った1社が審査対象になったそうです。しかし、その企画内容評価(210点満点)は102.31点にとどまり、審査会が設定した最低基準(126点)以下でした。100点満点で計算すると49点ですから、不可(60点未満)=不合格です。 この点数から2つのことが読み取れます。①市が「観光・レクレーションの拠点」の姿や形にこだわり審査基準が厳し過ぎたのではないか②市と県が設定した整備条件が企業側には魅力に欠けていたのではないか―といった点です。 市の担当者は、整備計画をスクラップすることはせず、今回と同じ公募型プロポーザル方式を使って再トライすると言っています。提案への評価方法を少し変えたり、今回公募に応じた事業者とは別の事業者に声を掛けることも考えており、民間の力を使って霞ヶ浦湖畔を整備する方針は変えないそうです。 整備条件をチャーミングに! そこで提案です。賃貸を条件としている市有地(B地区、4.0ヘクタール)を事業者に売却する選択肢も加えたらどうでしょう。また、指定管理者制を条件としている市営「りんりんポート」(C地区、1.1ヘクタール)も事業者が取得できるようにしたらどうでしょう。いずれも市の関与を減らし、事業者の経営自由度をアップさせる方策です。 市の担当者によると、審査に残った企業の「事業計画内容」と「にぎわいづくり」はマアマアだったものの、「事業実現性」がイマイチだったそうです。ということは、体力と頭脳がある企業を誘致する必要があります。それには整備条件がチャーミングでなければなりません。(経済ジャーナリスト)