土曜日, 1月 17, 2026
ホーム土浦【戦後74年の夏】1 戦時下の土浦 「どんな時も楽しみを見つけた」

【戦後74年の夏】1 戦時下の土浦 「どんな時も楽しみを見つけた」

戦後74年目の終戦の日が今年も巡ってくる。戦争体験者が高齢化し、戦争の実態を次世代にどう伝え、平和への願いをどう引き継げばいいのか。74年前と今をつなぐ夏の景色を追った。

【田中めぐみ】土浦市に住む山口あささん(98)は、16歳で母を亡くし、戦時中は父と妹と3人で土浦駅のそばで暮らした。兄は兵士として中国に行き、弟は横須賀海軍航空隊に所属した。

信仰が心の支えに

あささんが小学4年生の時、長屋の前を通っていると美しい讃美歌が聞こえ、思わず中に入った。キリスト教の講義所だった。大人たちが優しく招き入れてくれたのがきっかけで講義所に通うようになり、クリスチャンとなった。戦時中も週に1度は集まりに参加した。「一生懸命努力して自分の力を出して働きなさい、そして良いことを行いなさい」という牧師の話を聞くと、いつも元気になって帰ることができたという。教会では皆が協力して食べ物を持ち寄り、行けばいつでも食べ物があった。教会は心の支えだったと話す。

あささんは戦前から、叔父の経営する会社で洋裁の技術を生かし、学生服を縫って働いた。太平洋戦争が始まる1941年には、社長だった叔父が従業員を並べ、「これから戦争になる。縫うものにも混ぜ物が入るかもしれない」と話をした。「こんな大きい戦争になるとは思いもしなかった」という。

男子が兵隊に取られ、労働力が不足すると、一時期、東京に出て、品川の軍需工場で働いた。しかし、洋裁のことも忘れなかった。学生服だけではなく家族が着る物も縫えるようになりたいと、夜間は五反田にある洋裁の製図専門学校に通った。昼間は軍需工場でラジオの真空管を作り、夜は学校に通う生活が1年半ほど続いた。仕事の行き帰りや昼休みには、同僚と干し芋を食べるのが楽しみだったという。「みんな同じ境遇だから辛くはなかった。どこに行っても楽しみはあるもの」と話す。戦中から今に至るまで、洋裁の仕事を辞めずに続けてきたことが誇りだという。

阿見大空襲、町が赤く燃えた

土浦に戻ったある日、大岩田の畑にじゃがいもを植える勤労奉仕をしていた時、数匹の猫を見つけ、嫌がってひっかくのを無理やり抱いて1匹連れ帰った。猫はすぐになつき、「ミーちゃん」と名付けかわいがった。空襲警報のサイレンが鳴ると、猫を抱いて一緒に防空壕に逃げた。

土浦ではほとんど怖い経験はなかったが、1945年6月10日の阿見大空襲の時は、B29に爆撃された町が赤く燃えているのを見て恐ろしかったと振り返る。

駅前は歩けないほどの人混み

終戦の年、あささんは24歳だった。8月15日の玉音放送の日、土浦駅前は人でごった返した。玉音放送がよく聞こえず何が起こったか分からない人、敗戦を信じられない人、日本が負けたと悟っている人、多くの人々が互いに情報を求め、駅前に詰めかけていた。

歩けないほどの人混みの中、教会に向かっていると、途中で泣いている若い女性と出会った。夫が霞ケ浦海軍航空隊に所属しているという。女性は何が起こったのか分からず、とにかく海軍航空隊に行けば情報が得られるのではと考え、遠くから来たということだった。泣く女性を連れて教会に行くと、牧師はいつも通り落ち着いていて、「大丈夫だから」と話してくれた。あささんは安心し、その女性も気持ちを落ち着け、帰っていった。駅前の人々もそれぞれの方法で納得し、帰ったようだった。

町を見下ろし涙があふれた

幸いなことに、終戦後すぐ中国に出征していた兄が帰ってきた。追って横須賀の海軍航空隊にいた弟も無事戻った。父は兄と弟の無事を心から喜んだ。

戦時中は貴重品などの荷物を真鍋の親戚に預けていた。終戦の翌年の2月、預けていた荷物を取りに行き、真鍋の坂から土浦の町を見下ろした時、思わず涙があふれてきた。「これでやっと終わった」。あささんは、この時初めて終戦を実感しほっとした。その翌日、土浦に雪が降ったことを覚えている。

今は短歌や詩、文をつづるのが趣味というあささん。日々の出来事を書いて投稿し、新聞に掲載された切り抜きをスクラップしている

➡昨年の終戦の日連載企画「戦後73年の記憶」はこちら

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

今年からSNSへの試験問題投稿禁止 出願手続きオンライン化も 共通テスト始まる

2026年度の大学入学共通テストが17日、始まった。試験は18日までの2日間。会場の一つ、筑波大学(つくば市天王台)では、2日間で6093人が受験する予定だ。 今回から新たに、試験終了後であってもSNSなどインターネット上に試験問題を投稿することが禁止された。 また出願方法が「オンライン出願」に変更され、これまでの高校経由の郵送出願は廃止になった。それに伴い大学入試センターでは、受験生は自分で受験票を印刷し、本人確認ができる顔写真付きの身分証と併せて持参するよう呼び掛けた。万が一、試験当日に受験票を持参し忘れた場合には、試験場本部で身分証を確認の上で仮受験票が交付される。 初日の17日は、地理・歴史・公民、国語、外国語、2日目は理科、数学1、数学2、情報が実施される。体調不良者などへの追試験は今月24日と25日に予定されている。 受験予定者数は、筑波大学で昨年より160人少ない。県内では昨年とほぼ同数の1万2226人。全国では昨年より1066人少ない49万6237人が受験を予定している。減少の理由として少子化のほか、推薦入試を選ぶ受験生が増えていること、思考力を重視する方向に転換した共通テスト離れがあることなどが指摘されている。 いつもの力を発揮したい この日、最高気温16度が予想されたつくば市では、小春日和の青空の下、午前8時には開場を待つ受験生が筑波大学に集まっていた。 自転車で来たという市内在住の高校3年男子生徒は「おとといは緊張で眠れなかったが、昨日はよく眠れた。緊張とワクワクが混ざった不思議な気持ち。意気込みが空回りしないよう、いつもの力を発揮したい」と語った。市内から来た女子生徒は「オンラインでの出願や受験票の印刷は学校でみんなでやったので問題なかった。まだ本番を迎えた実感が湧かないが、会場に入っても緊張せずに頑張りたい」と話した。(柴田大輔)

土浦三高の生徒が考案 「まごころ弁当」21日からイオンで販売

県立土浦三高(同市大岩田、渡邊聡校長)の生徒とイオンリテール北関東・新潟カンパニー(永山久美子支社長)が共同で、弁当「愛の彩り まごころ弁当」を開発した。21日から27日まで、茨城、埼玉、群馬、栃木県内のイオンなど31店舗で販売される。 販売に先立ち、開発した生徒らが16日、土浦市役所を訪問し安藤真理子市長に報告した。弁当の開発は、イオンが2011年に茨城県と締結した地域活性化包括連携協定に基づいて実施され、同校商業科の3年生10人が授業の一環で1年掛けて取り組んだ。 販売される弁当は、単身の男性をターゲットに「子どものころ、家族が心を込めて作ってくれた愛情いっぱいのお弁当を再現」した。ご飯は、しょうゆを使っただし汁で炊いた茶飯にサツマイモとゴマをトッピングしている。おかずはカレーソースで仕上げた唐揚げをメーンに、ハート型オムレツ、菜の花とコーンのマヨマスタード和え、ポテトサラダ、昔ながらの赤いウインナーなど彩り豊かで多彩な副菜を取り入れた。メンバーで唯一の男子生徒、成嶋孝弘さんは「男性が好きなものばかり入っている。嫌いな人はいないと思う」と話す。 温かみ感じる商品を 開発メンバー代表の永島葵さんは「企画で大変だったのは、お弁当を買う人のターゲットを決めたり、コンセプトを考えたりすることだった」と振り返り、「単身の男性や忙しい方がお弁当を買うのではと考え、その中でコンセプトを練った。喜ぶメニューは何かを考え、人の温かみをお弁当や食材から感じる商品を作ろうと決めた」と話す。メニューはメンバーで案を出し合い、学校で試作品を作りながら決めていった。 同行した渡邊校長は「土浦三高商業科は1年生で商品開発、マーケティングの基礎を学び、3年生になると課題研究科目で学びの総まとめとして、調査や研究、実践、商品制作などを行う。今回は学校だけで終わる学びではなくイオンリテールさんの力を借りて実際に商品化し販売できる。真の生きる力を育めたのではと感じている」と語った。 試食した安藤市長は「おいしい。皆さんが一生懸命考え、高校生活の集大成だと思うと胸がいっぱいになる。ハート形のオムライスなど見た目も楽しめる。食べる人がホッとするというか、愛を感じると思う」と話した。 イオンリテールの中鶴英治エリア制作推進グループマネージャー代行は「茨城県との包括連携を通じて青少年の育成に寄与するものということで、実際に売り場で販売するなども生徒にとって役に立つと思っている。コンセプトを決めたり、ターゲットを決めたりといったところから始まっているのでおいしいお弁当ができたと思う。来週の発売が非常に楽しみ」と話した。 「愛の彩り まごころ弁当」は645円(税込み)。全部で1550個を販売する予定だ。24日午前10時30分からは同市上高津のイオンモール土浦1階お惣菜売り場の弁当コーナーで同校生徒による推奨販売が実施され、45個を販売する予定。予定数量に達し次第、終了する。(伊藤悦子)

初冬の池とカモと色付く水面《鳥撮り三昧》9

【コラム・海老原信一】木々の葉の色付きが割と遅れて始まる洞峰公園(つくば市二の宮)。12月でも紅葉が楽しめるなんて結構ぜいたくです。また、そのころには北からカモたちがやってきます。木々の林や、植え込み、ヨシの中などには小鳥たちが入ります。 シジュウカラ、ウグイス、メジロ、ホオジロ、コゲラ、ムクドリ、ヒヨドリ、スズメなどの常駐組に交じって、ジョウビタキ、ツグミ、シロハラ、アカハラ、アオジ、シメ、カシラダカなどが越冬のためにやって来るのです。 見かける機会が少なくなったルリビタキにも運がよければ出会えますし、公園に隣接する林や草地にはコジュケイ、カケス、トラツグミ、オオタカなどの姿を見ることもできます。近年、野鳥とは言えないものの、ガビチョウが目立つようになっていて、何ともにぎやかな鳴き声を一度は聞かれているでしょう。 また水辺に目をやれば、ゴイサギ、コサギ、ダイサギ、アオサギ、カワウ、カイツブリ、ヒクイナ、クイナ、バン、オオバンなど、多くの野鳥を見ることができます。「探鳥ガイド」のようになってしまいましたが、肝心なのはカモたちです。 洞峰公園の沼には、11月末ごろからカモたちが姿を見せるようになります。コガモ、ヒドリガモ、オナガガモ、マガモ、ホシハジロ、トモエガモ、オカヨシガモ、キンクロハジロ、アメリカヒドリなどの珍客。季節を問わず見られるカルガモと、いろいろなカモたちを楽しめます。 「お、泥パックかい」 時期を同じくして、沼の周囲を囲む木々が赤や黄に色付き、常緑樹は緑を、建物は壁の色を沼の水面(みなも)へと送り込んできます。朝の柔らかい日差し、夕暮れ時の赤みある光がそれらの色と混ざり合い、とても美しい情景をつくり出します。そこに色とりどりのカモたちの姿が重なり、表現のしようがない程の眺めが出現します。 カモたちが泳げば波紋が起き、その波紋が色付く水面を不思議な世界に変えます。カモの中には、水底にくちばしを差し込んだりして食べ物を探すものもいます。洞峰公園の沼は浅いので、多くのカモが逆立ちしますが、潜水ガモと言われるホシハジロは別格です。水底の泥の中に顔まで入れて探すようで、上がってきた時の顔は泥まみれ。 それだけでも面白いのですが、美しい色合いの所へ顔を出した時は、周りとのギャップについ笑顔に。思わず、「お、泥パックかい」と、突っ込みを入れる自分がいます。人も「泥パック」をすると聞いていますから、そんなことを思い出しながら…。ホシハジロの泥パックは生きるためで、美容とは関係なさそうですけどね。 決して広くはない沼ですが、水が生き物にとって大切なものだと教えてくれる、多くの生き物たち。彼らの見せてくれる情景が寒さとともに美しさを増す、11~12月の洞峰公園が一番好きな私です。そのような場が身近にあり、その場に身を委ねることができる幸運を大事にしたいと思います。心と体を解放できる場として、いつまでもあって欲しいと願いながら。(写真家)

道路工事中に給水管を破損 1軒が断水 つくば市

つくば市は16日、市が発注した同市小野崎の道路改良舗装工事で、同日午前10時50分ごろ、市内の工事受注業者が既存の側溝(U字溝)を撤去する作業をしていたところ、埋設されていた上水道の給水管を誤って破損させ、1軒に断水被害が発生したと発表した。断水は同日夕方5時ごろに復旧した。 市道路管理課によると、工事業者が老朽化した古いタイプのU字溝を新しいタイプのU字溝に入れ替える作業をするため道路を掘削していたところ、道路下に埋設されていた近くの店舗1軒の給水管の一部を破損させた。工事業者はあらかじめ図面で、道路下に給水管が埋まっていることを把握していたという。 工事業者は断水被害を受けた店舗に謝罪し状況を説明。被害店舗はこの日、店を休みにした。 再発防止策として市は、受注業者に是正措置を求めたほか、現在、市の工事を受注している全工事業者に注意喚起を徹底し、再発防止に努めるとしている。