月曜日, 1月 12, 2026
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本社機能移転事業2年目 順調な進捗 県内で10社が採択

【山崎実】茨城県は、若者の雇用創出と地元定着対策の一環として、昨年度、本社機能などを移転する企業に最大50億円という、全国トップクラスの補助を行う企業誘致活動強化事業をスタートさせた。これまで既に10社の計画が認定(採択)され、順調な進捗(しんちょく)をみせている。2年目の今年度も引き続き事業を継続中で、県産業立地課は「緩めることなく、首都圏をターゲットに誘致活動を進めていく」と話している。

同課によると、従来、製造業などが企業誘致の中心だったが、ICT(情報通信技術)時代に対応するため、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など、新たな成長分野の研究施設・本社機能の誘致を図る。

施策事業の中心である本社機能移転強化促進補助金の計画が認定された企業は8社=下表。ほかに本社機能移転促進補助金の対象企業としてシンワ機械が本社、及び工場を埼玉県から五霞町(圏央道五霞IC周辺)に移転。IT関連企業など、オフィス賃料補助金対象では、アプリシエイト(ソフトウエア会社)が東京の本社機能を水戸市に移転して「ITソリューション統括センター」を新設するなど、全体で10社の計画認定(採択)が決まった。

今年度も前年度の予算額を確保、維持しつつ、約56億円の枠で事業を推進するが、同課のほか土地販売推進課、産業基盤課など庁内関係各課の職員で派遣交渉班を構成。首都圏の企業約1万2000社以上にダイレクトメールを、また、本社や県内事業所、出張所、TX沿線などの200社以上の企業訪問を行い、誘致活動を展開している。

オフィス整備補助を拡充

事業の主な具体的な内容(カッコ内は補助額)は以下の通り。

▽本社機能移転強化促進補助(50億円)=AI、IoT、ロボット、次世代自動車など、新たな成長分野の研究所・本社機能などの県内移転が対象。補助要件は移転人数5人(研究所の場合は10人)以上で、補助額は投資額、移転人数などで算出。県内全域を対象に、50億円が上限
▽本社機能移転促進補助(2億円)=全業種(研究所・研修所を除く)が対象で、補助要件は移転人数10人以上。補助額は上限1億円。既存の本社機能移転促進補助金の対象エリアを県内全域に拡大した
▽IT関連企業等賃料補助(2400万円)=新たな成長分野の企業が、県内に移転した場合のオフィス賃料が補助対象で、補助率は2分の1(上限は240万円、3年間)。県内全域が対象
▽サテライトオフィスなど、モデル施設整備費補助(5000万円)=サテライトオフィス、小規模オフィスの整備費(整備面積50坪以上)に対する支援で、補助率は2分の1(上限は2500万円)。対象地域はJR常磐線、つくばエクスプレス(TX)沿線各駅の徒歩圏内エリアーなど。

さらに今年度はこれらの施策に加え▽オフィスビル整備促進補助(3億円)を、前年度の5000万円から拡充した。賃貸用オフィスビルの整備費用を本社機能などの入居実績に応じて支援するもので、補助率は15%(上限は3億円)。県内全域を対象に、新規施策として打ち出している。

経産省がまとめた昨年の通年工場立地動向調査によると、本県は工場立地面積(147ヘクタール)、及び県外企業立地件数(34件)で全国第1位、工場立地件数(68件)でも同3位だったが、全体的な傾向として圏央道沿線地域での企業立地が多く、68件のうち65%にあたる44件が県南、県西地域への立地だった。

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