水曜日, 3月 11, 2026
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認知症は予防できる! 筑波大の内田准教授が早期発見の検査法開発 普及へ

【田中めぐみ】認知症は予防できるという。筑波大学医学医療系の内田和彦准教授らのグループが、簡単な血液検査によって軽度認知障害(MCI)のリスクが判定できることを発見した。この検査法は内田准教授が社長を務める同大発ベンチャーMCBI(つくば市吾妻)で実用化、全国の医療機関で検査が可能になった。

検査は7㏄の採血のみで、2~3週間で結果が出る。判別精度は90%。健康保険適用外の自費診療で料金は2万円ほど。内田准教授は認知症の予防につなげる新しい検査法として普及させたい考えだ。

軽度認知障害は、もの忘れが目立つなど認知機能の低下はあるものの、日常生活には支障が出ていない状態で、認知症の前段階を指す。軽度認知障害の約40%が4年後に認知症を発症するといわれており、要注意の段階だ。しかし定期的に血液検査を行い、早い段階で発見できれば、生活習慣の改善で回復が可能だという。

3種類のタンパク質濃度を検査

アルツハイマー型認知症は、アミロイドβ(ベータ)タンパク質という物質が脳内に蓄積し、正常な神経細胞に障害を与えることで発症すると考えられている。アミロイドβは誰の脳にも存在するが、蓄積しないよう排出する機能が備わっている。

認知症を発症する人は排出機能が低下しており、徐々にアミロイドβが脳内に蓄積される。排出には3種類のタンパク質が必要だが、軽度認知障害の人は、この除去に働く3種類の血中量が健常者に比べて低く、排出機能低下につながっていると考えられている。血液検査ではアミロイドβを排出に関わる3種類のたんぱく質の血中量を測ることで。軽度認知障害のリスクを判定するという。(上図参照)

内田和彦准教授(筑波大学医学医療系)

予防や治療について、内田准教授に話を聞いた。

治療は生活習慣病と同じ

―どういった場合に検査をすればよいでしょうか。

内田 日常生活に支障がなくても、物忘れが多い、言葉が出てきにくいなど、本人やご家族が少しでも気になったら専門医に受診するとよいでしょう。全国1300件以上の医療機関で検査が受けられます。早期発見すれば予防効果も高いです。

―検査で軽度認知障害のリスクがあると分かったらどうしたらよいでしょうか。

内田 リスクがあると分かっても怖がる必要はありません。予防ができるので回復のチャンスです。軽度認知障害の治療は生活習慣病の治療と同じです。中年期では生活習慣の改善が大切で、特に運動は効果があります。食事は高タンパクで良質の脂質を取ること。また、良質な睡眠を充分に取ることも大事です。高血圧や糖尿病の人はきちんと治療をし、コントロールします。適正体重を維持することも必要です。

65歳以上の高齢期はしっかり食べて栄養を取り、仕事を辞めても社会との接点をなくさないことが大切。筋トレやウォーキングなどの有酸素運動も重要です。エレベーターを使わずに階段を使って移動するのもいいでしょう。

―軽度認知障害の治療はどのようなものでしょう。

内田 治療というと薬と思われがちですが、治療は薬だけではありません。食事療法、運動療法、芸術療法、すべてが治療です。物を見て絵を描く、粘土で造形する、歌を歌う、脳トレ、ダンスなども効果があります。また、緑茶を飲む習慣がある人も認知症を発症しにくいという報告もあります。

―今後の研究の展望は。

内田 より多くの症例を用いて臨床研究していきます。また、運動と抹茶を飲むことの継続がどのような効果をもたらすのか、血液検査と合わせて研究していく予定です。筑波大学では軽度認知障害と診断された人たちを対象に「認知力アップデイケア」というプログラムを設けています。またMCBIでは「頭のかんたん健康チェック」というイベントも開催しており、抹茶を飲んで認知症予防する臨床研究のご案内をしています。興味のある方はぜひ参加していただきたいと思います。

◆認知症予防セミナー「頭のかんたん健康チェック~抹茶で認知症予防しませんか?~」は2月、取手・守谷地区で開催。▽19日午前10時~12時=取手市福祉交流センター▽22日午前10~12時=サンシャイン・ヴィラ守谷倶楽夢。参加は無料。楽しく簡単に誰でもできる認知症予防チェックと講演のほか個別相談会も行われる。問い合わせは電話029-899-4431(MCBI)https://mcbi.co.jp/

◆筑波大学附属病院 認知力アップデイケアのホームページはhttp://www.tsukuba-psychiatry.com/dc/

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がん治療で読んでおきたい本《ハチドリ暮らし》59

【コラム・山口京子】がん治療をする上で知っておきたい情報が整理されている3冊の本を見つけました。 最初のお勧めは「国立がん研究センターの がんになったら手にとるガイド」(国立がん研究センター・がん対策研究所著、小学館クリエイティブ)です。がんと診断されてからの検査、治療、生活、仕事、お金、体験談などがまとめられており、これからどうなるのだろうという不安に対して、見通しを立たせてくれる本です。 次のお勧めは「専門医が教えるガン克服の21カ条 ガンとわかったら読む本」(佐藤典宏著、マキノ出版)です。医師からがんと告知されたあと、患者本人がどのような選択をするのかによって治療の進展が違ってくるので、標準治療、非標準治療、西洋医学、東洋医学などにこだわらず、自分がよいと信じる治療法を組み合わせることがよいと書かれています。 また、告知されたときに知っておくべきこと、手術前にしておくべきこと、手術後に心がけるべきことなど、貴重なアドバイスが載っています。 恐ろしい「多重複合汚染」 3冊目は「がん患者3万人と向きあった医師が語る正直ながんのはなし」(西尾正道著、旬報社)です。この本では、がんと医療の問題を考える一つのきっかけとして、近藤誠医師(がん放置療法の提唱者)の主張の誤りを指摘しつつ、日本の医療の問題点を述べています。 また、放射線によるがん治療の意義と今後のがん医療の在り方、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が日本の医療や食物の安全に与える影響、福島原発事故による放射性物質が健康に与える影響、低線量被ばくがもたらす健康被害などが語られます。 さらに、化学物質と放射性物質の「多重複合汚染」が子どもの発達障害の原因ではないかとの脳神経科学者・黒田洋一郎氏の指摘を読むと、がんの増加やさまざまな病気の原因に「多重複合汚染」があるのではないかと考えてしまいます。そして、放射線の核種と線量の公開を求めるなど、福島原発事故対策のあり方を明記しています。 1945年の原爆投下以来2000回以上と言われる核実験、チェルノブイリ原発事故、福島原発事故などで、健康被害が静かに進行しているのでは!(消費生活アドバイザー)

「第二の人生」という言葉《続・平熱日記》190

【コラム・斉藤裕之】そろそろ、燃やしても構わない1年分の紙切れをストーブにくべてしまおう。そう思って、封筒やレシートを一応広げてみる。すると、クリアファイルの中からちょっと懐かしいものが出てきた。それはスケッチブックの切れ端に生徒が描いた私の似顔絵。随分古いものもある。描いてくれと頼んだことはないけど、くれたものを捨てずに取っておいた。 大学院のころから続けてきた日雇い先生の仕事がもうすぐ終わる。最低限の生活の糧として止むに止まれず始めた仕事だったが、我ながら随分長い間続いたものだ。 聞かれれば答えるが、学校で自らプライベートな話をすることはない。しかし、最近の子は悪気もなく既婚か否かを聞いてくる(先生もプライベートな話をするらしい)。「孫がいるよ」というと、たいがいの生徒は驚く(年齢のことではなくて独身にしかみえない?)。 妻が数年前に他界したことを言うのが面倒臭いこともあって、そう答える。そうすると、やれどこで知り合っただのクリスマスはどうするだのと聞いてくるから、適当にお茶を濁す。だから、生徒は私が今も夫婦仲良く暮らしているものだと思っている。 私の似顔絵を描いてくれた生徒 人生を逆算して生きるのにはどうも抵抗があったが、両親が届け出の期限ぎりぎりまで思案した末に「馨」というイカした名前を授けられた孫娘が生まれたことで、この子の年齢に今の自分の歳を足して将来をイメージせざるを得なくなった(20歳になるころまではギリ大丈夫か?)。 1人目、2人目と孫が生まれて、すぐに絵を描いて、それは長女の家に飾ってある。さて馨のも描いてやろうと試みたが、どうもうまくいかない。女の子だからちょっとかわいらしくと思うのがいけないのか、生まれて間もない赤子というのは文字通り赤いごろんとしたもので、大人の顔を描くようにはいかない。 「第二の人生」という言葉は、私のようにずっと日雇いで暮らしてきたものには当てはまらない。途中、何度か就職することも考え、試みたこともあったが、それはかなわず家族に苦労ばかりをかけたと思う。それが良かったのか悪かったのかを考えてもしょうがない。 今思えば、どこにも属さず束縛されることなく、今も絵を描き続けられているということと引き換えだったんだろう。そのツッパリも無意味ではなかったのか、有り難いことに、ここにきて私の絵を応援してくれる人たちがいる。第一も二もない私の人生の続きは、いつものように朝牛乳パックのパレットに絵具を出すことから始まる。 日雇いとはいえ、随分たくさんの子供たちと過ごした。〇〇世代とか、今の子供たちは…とか、いつの時代も言われてきたけれど、50年前の私たちと今の子たちは何も変わらない。同じようなことを話し、同じように悩み、同じように笑って。 コロナ禍以降はマスクをしていたせいで、しばらく私の似顔絵を描く子はいなかったが、先日、1人の生徒が、描いたものをうれしそうに渡してくれた。最後の授業が終わったとき、その子に私が独り身であることを打ち明けてもいいかなとも思ったが…。(画家)