月曜日, 3月 2, 2026
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目をそらさないで パレスチナにルーツ持つ女性がつくばで上映会

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昨年12月、自宅で開催したバザーで、パレスチナ産オリーブオイルを販売するラクマン来良さん(本人提供)

3月3日

連日、殺りくが起きているパレスチナにもっと関心を寄せてほしいと、来月3日、つくば市民有志が「PALESTINE DAY(パレスチナ デー)」と題し、映画上映会やチャリティーバザーを開く。主催するのはパレスチナ人の父親と日本人の母親を持つ、つくば市在住のラクマン来良(らいら)さん(35)。

親戚の多くはパレスチナにいて、子どもの頃は何回も現地に遊びに行った。「ガザでは毎日、たくさんの人が殺されている。無力感でいっぱいだが、目をそらすことだけはしたくない」と、自分を奮い立たせる。

ヨルダン川西岸も被害拡大

1940年代から続くイスラエルによる占領のため、パレスチナはガザ地区とヨルダン川西岸地区に分かれる。昨年10月、イスラエルがガザ地区へ攻撃を始めた。ラクマンさんによると、現在彼女の父親が住む西岸地区でも以前から、若い男性がイスラエル兵士に捕まえられたり、街を移動しようとするとイスラエル人入植者に発砲されてきた。10月以降は被害が増えているという。

パレスチナ人への殺りくが続く中、ラクマンさんは自分にできることを模索した。10月当初は毎週のように都内まで行き、ガザ攻撃に対する抗議行動に参加していたが、つくば周辺ではパレスチナ関連のイベントを見かけなかった。

身近な人たちにも関心を持ってもらうため、昨年12月には自宅に友人らを呼び、パレスチナの歴史を話したり、小規模のバザーをおこなった。今回はより多くの人を巻き込みたいと、友人の協力も得て「PALESTINE DAY」を企画した。

日本からできることもある

当日は、2008年のイスラエルによるガザ攻撃の実態を遺族などの証言をもとに報告したドキュメンタリー映画「ガザに生きるー第5章 ガザ攻撃」(土井敏邦監督、2015年)を上映する。またパレスチナ産のオリーブオイルや石けん、パレスチナに関する書籍などの販売や、パレスチナ刺しゅうでキーホルダーをつくるワークショップを催す。

パレスチナ刺しゅうでつくるキーホルダー。ワークショップで作成する予定(同)

上映会の収益は土井監督を通し、パレスチナの人々に物資や食料、現金として直接届けられる。物販などで得た収益も、可能な限りガザに住む人々に直接渡せるような形で寄付しようと思っているが、具体的な寄付先はまだ考え中だ。

ラクマンさんは埼玉県生まれ。「国際的で都会と田舎が入り混じった環境で子どもを育てたい」と3年前、海外出身の夫と共につくばに引っ越してきた。現在は市内の自宅から都内の会社に在宅勤務をしている。

「日本にいると遠い国の話に感じるかもしれないが、世界は繋がっている。イスラエルを支持する企業への不買運動など、日本にいながらできることもある。今回のイベントをきっかけにパレスチナを知ってもらい、自分に何ができるのか考えるきっかけになれば」とラクマンさんは期待する。(川端舞)

◆「PALESTINE DAY」は3月3日(日)午前10時から午後4時、つくば市大砂1177-1 大砂田園都市センター(真徳寺隣り)で開催。映画上映時間は①午前10時30分~➁午後1時~➂午後2時30分~の3回で、各86分間。映画鑑賞費1000円。ワークショップ参加費3000円。いずれも事前予約不要。問い合わせはラクマン来良さん(lailalackmann2@gmail.com)へ。

3月に山口県宇部市で「凱旋初個展」《続・平熱日記》152

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】この世の中で絵ほど高価なものはない。何億、何十億もするものは絵ぐらいのものである。オークションなどでも、他の美術品、例えば工芸品や彫刻などに比べても、桁違いに高価な値が付く。

要は、それでも欲しい人がいるということだろうが、私の場合、自分だったらいくら出すか、日当として(手製の額縁も込みである)これくらいはいただこうという値段をつけている。

芸術品としての市場価値や投資価値は今のところない。ついでに言うと、かかった時間や大きさに関係なく、同じ値段にしている。だから当然、絵を売って生活することなどできない。

個展が迫ってきた。3月中旬、山口県宇部市のアートギャラリー「グリシーヌ」で個展を開く。このギャラリーとのご縁については131話にある通りなのだが、実は昨年3月にギャラリーを訪れた折、そのつもりは全くなかったのだが、個展をするという話になって、あれから1年が経とうとしているわけだ。

一昨年、周南市にある粭島のホーランエー食堂で作品を並べさせてもらったのが故郷山口での初個展といえるかもしれないが、今回の宇部での展示が事実上の「凱旋初個展」となるのかな。

SNS上にあった20年前の私の絵

個展のタイトルは「平熱日記 in 宇部」とした。時折しも、山口が観光地として取りざたされているらしいが、宇部や山口にちなんだものを何かを描こうと思う。

宇部といえば、保育園の遠足で行って以来何度か訪ねた山口の誇る遊園地「ときわ公園」(昭和なジェットコースターもよかったけどトランポリンが大好きだった)。それから、中学のときに水泳大会で訪れたのは恩田プール(プールの底がセメント色で深かかった)。

山陽本線から乗り換えた当時の宇部線の車両をネットで探して描いてみた。それから何か建物が描きたくて、火災で焼失した山口の旧ザビエル記念堂を紙粘土で作って描いてみた。

そんなある日のこと。SNS上にどこかで見た絵の画像がアップされていて、それは20年前に私が描いた空を飛ぶ鳥の絵だった。私の数少ないフォロワーでもある投稿者の方のコメントによると、20年前に故郷のとあるギャラリーで買った絵を新しく額装し直したということだった。

当時、毎年正月に山口にちなんだ作家の小品展がこのギャラリーで開かれていて、私の作品をお買い求めいただいた方の投稿だったのだ。

残念ながら、私の絵の行方をすべて把握しているわけではない。ただ私の絵が私の知らないどこかのご家庭の壁に飾ってあって、そこにそれぞれの生活があるということは、とてもうれしいことで(友人宅で自分の描いた絵に出会い、こんなの描いたっけ?ということも)、今回の宇部での展示に「この方だけでもいらしていただければいいや」と思えた。

「平熱日記 in 宇部」は3月15日から24日まで宇部市のギャラリーグリシーヌにて開かれる。(画家)

歌舞伎の魅力を広めたい 筑波大 学生サークルが初公演

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歌舞伎座を訪れ、歌舞伎を観劇した加藤さん(右)とかぶき會メンバー(加藤さん提供)

瀧夜叉姫の演目もとに創作

筑波大学の学生サークル「かぶき會」(加藤悠介代表)が28日、同大春日講堂(つくば市春日)で「地歌舞伎」を初公演する。江戸時代から庶民が芝居小屋や神社の祭礼で演じてきた、筑波山が舞台の地歌舞伎の演目を基に、同大人間学群障害科学類4年の加藤悠介さん(22)が脚本を書き、サークルのメンバーが演じる。

筑波山の岩屋を舞台にした演目「蟇妖術 瀧夜叉姫(がまようじゅつ たきやしゃひめ)筑波山岩屋の場」を基に、加藤さんが歌舞伎と現代劇を融合させた新たな演目「雙峰 相筑波(ふたつのみね あいのちくなみ)」を創作した。同大で地歌舞伎の公演が催されるのは初めて。       

同サークルは演者9人とスタッフ8人で、男女問わず1~4年の計17人が所属する。2023年4月に加藤さんが公演の企画を立て、7、8月にメンバーを募集、昨年11月から稽古を開始した。

台詞の掛け合いを練習するかぶき會のメンバー(同)

練習は、歌舞伎の観劇経験が数多くあり知識や情報が豊富な加藤さんが、脚本の構想や役柄のイメージを元に主導した。細かな所作やセリフの言い回しは全員で資料映像などを見て研究し、歌舞伎特有の表情や発声法、手の動き、扇子など小道具の使い方などの練習を重ねた。

同大の教室で週3、4回の練習をこれまで約30回行ってきた。衣装は各メンバーがお金を出し合ったり寄付を受けて調達した。隈取(くまどり)など歌舞伎独特の化粧は、映像や書籍を参考に学生自身が担う。

原作の「蟇妖術 瀧夜叉姫ー」は、平将門の息女である瀧夜叉姫が父亡き後に妖術を覚え、筑波山に潜んでいたという伝説を基にした演目だ。脚本と演出を担当した加藤さんは、原作から大きく構成を変え、オリジナルキャラクターを登場させる。古語と現代語が入り混じる演出で、演者に男女の区別はない。

題名「雙峰相筑波」は、同大の学園祭「雙峰祭」(そうほうさい)に由来し、2023年10月に、師範学校から創基151年、開学50周年を迎えた同大を記念し、つくばや同大に由来した設定となる。

神田明神を訪れ、かぶき會自主公演の成功を祈願する加藤悠介さん(中央)とメンバーら

リハビリの一環で小5から日本舞踊

加藤さんは体が不自由で普段は車椅子で生活している。辛くても歩くことや身体を動かすことを楽しみたいと考え、リハビリテーションの一環として小学5年から日本舞踊を始めた。日本舞踊を通して、中学で歌舞伎に興味を持ち、さらに和の所作の美しさに興味を膨らませた。

筑波大に進学後、2021年に同団体を立ち上げた。「歌舞伎の歴史や演目の幅の多様性に魅了されたことや、見せ場である『見得』は、映像技術でいうクローズアップの技法に関連すること、『黒幕』や『修羅場』、『幕の内』といった現代語は歌舞伎に由来するなど、現代と繋がりのある芸能の奥深さや面白さを、同世代の大学生を始め多くの人々と共有したいと思うようになったことが始まり」だという。                                           

最初の活動として、当時2年の加藤さんと仲間2人で、同大生向けに歌舞伎のオンライン鑑賞会を開催した。翌年には、歌舞伎に興味を持つ留学生や教員を対象に、英語を交えた解説と、加藤さんによる実演を加えたオンライン鑑賞会を開いた。

加藤さんは「歌舞伎に関して伝統的で敷居が高いというイメージを持たれることが多いが、今回の公演は現代劇と融合させることで、老若男女誰もが楽しみやすく、理解しやすい演目になっている。筑波大生の私たちが描く、私たちなりの一つの歌舞伎の形として見ていただければ」と話す。

日本舞踊で学んだ腰の落とし方、呼吸法、首や肩、指先、すり足などの動作を稽古指導で生かし、歌舞伎の様式美や動きのしなやかさの表現に役立てたという。公演では自身の身体的特徴を生かしたオリジナルキャラクターとして登場する。(上田侑子)

◆筑波大学かぶき會第1回自主公演は、筑波大学春日講堂で2月28日(水)に開催される。開場・受付開始は午後2時45分、開演は午後3時15分から。入場無料。事前にチケット予約フォームから申し込みが必要。X(旧ツイッター)インスタグラムで情報発信している。

今、那珂市瓜連地域はてんやわんや《邑から日本を見る》154

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旧瓜連町役場(現那珂市瓜連支所庁舎)

【コラム・先﨑千尋】「瓜連(うりづら)のシンボル、旧役場庁舎がなくなるんだって?」。昨年暮れから那珂市瓜連地区ではこの話でもちきりだ。発端は、昨年12月に那珂市が「瓜連支所の組織配置再編に関する基本方針(案)」を市議会に示し、1月に入ってからネットで公表。この方針に意見があれば出してほしいと、パブリックコメントを募ったからだ。

市が示した方針案の骨子は「財政の効率化と施設の有効利用を行うために、現在市役所本庁の隣にある中央公民館を改修し、瓜連支所庁舎にある上下水道部と教育委員会の行政事務室を移設する。瓜連支所窓口は『総合センターらぽーる』に移設する。支所庁舎は取り壊しも視野に入れて検討する」というもの。5年後に移設を完了するスケジュールも示されている。

いきり立った瓜連地区の住民は市に説明するよう求め、先月28日、同地区まちづくり委員会が主催する形で説明会が開かれた。この説明会には先﨑光市長らが出席し、住民も約250人が参加した。市の説明のあと、約2時間にわたって住民から質問や意見が出され、執行部の姿勢を追及する激しいやり取りもあった。

住民の反発は、基本方針案に「支所庁舎の取り壊しも視野に入れて検討する」という文言があったからだ。

説明会では「取り壊しの方針を示すのはいきなり過ぎる」「住民の声を聞かず、市役所内部で十分な検討もせずにパブリックコメント(パブコメ)を募集するのは手続として瑕疵(かし)がある。提案を撤回すべきだ」「パブコメはガス抜きではないか」などの発言があり、「維持費がかかると言うが、まだ築40年足らずだ。今後の改装費や維持費の見通しを示さなければ判断できない」という意見も出された。

旧町役場庁舎は地域のシンボル

この説明会のあと、同地区まちづくり委員会は、独自に100通にのぼる住民の意見を集約し、今月6日に市に意見書を出した。その要望の主なものは「旧町役場庁舎は地域のシンボル的な建物なので残してほしい。庁舎内にある郵便局や社会福祉協議会を残してほしい」など。

そして19日には、「瓜連・歴史を学ぶ会」と「根本正顕彰会」が「瓜連庁舎に歴史民俗資料館の拡張・利活用を求める要望書」を出した。同市には歴史民俗資料館があるが、展示や保管のスペースが手狭になり、立地環境も悪いので、瓜連庁舎に移設してほしい、という内容だ。

さらに、瓜連出身の故岩上二郎氏が参議院議員時代に立法化した「公文書館法」があるにもかかわらず、同市は公文書館が未設置であり、歴史民俗資料館の移設と併せて公文書館の設置も求めている。

市では今後、パブコメで出た意見やまちづくり委員会などの要望をまとめた上で、改めて市の方針を示すようだが、住民感情を考慮せずに、経費削減などの財政的な理由だけで住民の日常の暮らしに直接関わる庁舎を取り壊すことになれば、行政運営上も今後に禍根を残すことになる。

まず、地区住民の声を聞き、今後どうするのかも一緒に考えていくなど、慎重な対応が求められよう。(元瓜連町長)

土浦が舞台、高野史緒さん小説 SF読書ガイドで年間1位

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作家の高野史緒さん(左)=高野さん提供=と、「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」の表紙(右上)と、「SFが読みたい!2024年版」の表紙(右下)

「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」

土浦市出身の作家、高野史緒(たかの・ふみお)さんの最新作で、土浦が舞台の青春SF小説「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」(ハヤカワ文庫)が、2月15日発行のSF読書ガイドブック「SFが読みたい!2024年版」(早川書房発行)国内編で第1位を獲得した。同書はSFファンの間で全国的に話題となり、聖地巡礼として小説に描かれた場所を訪れるファンもいるという。

同書は、別々の二つの世界に住む土浦二高の高校生、夏紀と、飛び級で大学に進学し量子コンピュータの開発に関わっている登志夫の男女2人が主人公。夏紀が生きる世界は、宇宙開発が進みながらもインターネットは実用化されたばかり、登志夫が暮らす世界は、宇宙開発は途上だが量子コンピュータの運用が実現した。二つの世界は関係を持ちながら物語が進む。

小説には、土浦市の亀城公園を始め、旧土浦市役所、料亭「霞月楼」のほか、現在は閉店した百貨店「小網屋」、ハンバーガー店「チャンプ」などが登場する。さらにつくば市のノバホール、筑波大学なども出てくる。

小説の題名になっている「グラーフ・ツェッペリン」は第2次世界大戦前の20世紀前半に世界一周を達成したドイツの巨大飛行船「ツェッペリン伯号」を指す。世界一周の途中の1929年、阿見町にあった霞ケ浦海軍航空隊に立ち寄り、当時は東京からも多くの見物客が訪れるなど大きな話題となった。

高野さんは1966年土浦市生まれ、90年に茨城大学人文学部人文学科を卒業し、地元出版社に勤務した。その後94年にお茶の水女子大学人文科学研究科修士課程を修了し、1995年「ムジカ・マキーナ」(新潮社)で作家デビューした。同書は「歴史改変SF」として高い評価を得ている。2012年には、ドストエフスキーの名作の続編という体裁をとった「カラマーゾフの妹」で第58回江戸川乱歩を受賞した。昨年のSFファンの祭り「日本SF大会」では、「カラマーゾフの兄妹 オリジナルバージョン」〈盛林堂ミステリアス文庫〉がセンス・オブ・ジェンダー賞の「SF初志貫徹賞」を受賞した。

高野さんの作品は海外を舞台としたものが多い。国内それも自身が青春時代までを過ごした土浦市を舞台にした作品は珍しい。

「SFが読みたいー」は早川書房が毎年2月に発行している読書案内で、国内外の年間SF作品のベスト30位までを発表している。順位は、SF小説界で活躍する作家、評論家、翻訳家83人が、2023年度の新作SF小説の中から、印象に残った作品を5点選び点数を付ける。高野さんの作品は231点を獲得し、1位となった。SFの通が、傑作と認めた形だ。2位は久永実木彦さんの「わたしたちの怪獣」で196点だった。

高野さんは「故郷土浦を舞台にした作品で1位になれて、こんなにうれしいことはない。うちは先祖代々高齢出産の家系なので祖父母がグラーフ・ツェッペリンを見ている世代。その時祖母は母を妊娠していた。そんなこともあって、ツェッペリンのことはいつも心にあり、いつか書いてみたいテーマだった。もう土浦を『聖地巡礼』して下さった読者も何人かいらっしゃる。これからももっと多くの方に読んでいただければうれしい」などとコメントした。(榎田智司)

日本の法人税制は企業行動をゆがめていないか《文京町便り》25

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土浦藩校・郁文館の門=同市文京町

【コラム・原田博夫】税制に求められる原則は、標準的な経済学では公平性と中立性(効率性)である。公平性とは、税制上同等(同じ所得)とみなされる人は納税でも同等に扱われるべき(同等の税額)であり、税制上異なる(異なる所得)とみなされる人は納税でも異なって扱われるべき(異なる税額)だ―というものである。前者は水平的公平で、後者は垂直的公平である。これはとりわけ所得税では、重要である。

中立性とは、租税制度の有無・濃淡によって、納税者の経済行動に変化が生じないことが望ましい、というものである。つまり、税制は、各経済主体のそれぞれの本来的に合理的・自由な活動が税制によって恣意的に左右されないように制度設計・運用されるべきだ―という意味である。経済活動の多くが法人によって担われていることからも、法人税ではこの原則は重要である。

この2大原則は政府税制調査会の答申『わが国税制の現状と課題』(中里実 会長、2023年5月)でも冒頭に謳(うた)われているが、実態を見ると、とりわけ中立性の原則については、運用面では違和感がある。

たとえば、国税庁保有行政記録情報の整備に関する有識者検討会(21年10月にスタートした、25年1月からの税務データの公開に向けた取り組み)における、国税庁保有行政記録情報を用いた税務大学校との共同研究である土居・別所・森「法人税申告書の個票データ2014~20年度)を用いた欠損法人等に関する実態分析」(https://bit.ly/NTCdp2)から探ってみよう。

この間(14~20年度)のわが国法人税の全体状況は①資本金1億円以下の法人では法人所得0円(税制上欠損法人扱い)に集群(バンチング)している、②7年とも欠損法人は全法人(2014年度259万、2020年度277万)の37%、③7年とも利益法人は全法人の14%、④法人税500円超の法人は全法人の5%で、その10%弱が資本金1億円超法人で、その納税額は法人税額全体の95%、などである、⑤欠損法人割合は全法人では6割強で、資本金1億円以下の法人では6割強だが、資本金1億円超の法人では約25%である―。

企業活動を恣意的・不連続に左右

ここまでは概(おおむ)ね、これまでも指摘されていたことの再確認だが、この個票データ分析で明らかになったのは、(1)法人所得0円の法人の動向である。14年度では欠損法人167万のうち71万、20年度では欠損法人168万のうち63万で、全法人の25%に及んでいる。さまざま経済活動の結果、法人所得0円もありうるが、その割合が全法人の4分の1に及ぶのは、異常ではないか。

(2)税制上優遇措置となる資本金1億円に着目すれば、この間に資本金1億円以下に前年から減資した法人割合は、14年度は全法人4%、利益法人3%、欠損法人6%、外形標準課税法人4%だが、20年度は全法人5%、利益法人3%、欠損法人11%、外形標準課税法人6%、に増えている。この変化は、この間の経営悪化に伴う欠損法人化も影響しているが、10年代半ばの法人税改革で、資本金1億円超の法人への外形標準課税(事業税付加価値割・資本割)の拡大が、影響(租税回避)している可能性がある。

いずれにせよ、現行の法人税制は、企業活動に中立的というよりは、企業活動を恣意的・不連続に左右していると見るべきである。経済学の租税原則も、より実態に即したものでなくてはならない。(専修大学名誉教授)

スマホ決済導入し患者の待ち時間短縮 つくばのクリニック 医療DX

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「クロンスマートパス」のチェックイン用QRコードを設置する受付=つくば市小野崎、B-Leafメディカル内科・リハビリテーションクリニック(同クリニック提供)

医療分野でデジタル技術を活用する動きが始まる中、つくば市内のクリニックが、通院専用のキャッシュレス決済サービスを導入し、患者の待ち時間短縮につなげている。

導入したのはつくば市小野崎のB-Leaf(ビーリーフ)メディカル内科・リハビリテーションクリニックだ。同クリニックではドライブスルー式の発熱外来を設けているが、車内で会計を待つため駐車場が満車になってしまうことがあった。患者の待ち時間を減らしたいと昨年8月からキャッシュレス決済サービスを導入し混雑が解消しているという。

発熱外来のドライブスルーレーン=同

導入した決済サービスは、スマートフォンだけで受付から会計を行うことができるサービス「クロンスマートパス」で、オンライン医療事業などを手掛けるMICIN(マイシン、東京都千代田区)が2022年9月から提供を開始した。アプリのダウンロードは不要で、スマートフォンからメールアドレスやLINEアカウントを登録することで利用できる。

健康保険証を事前に登録する。受付はクリニックのQRコードをスマートフォンで読み取るだけで完了する。診察の会計は事前に登録したクレジットカードから自動で決済され、領収書などはウェブ明細機能からペーパーレスで確認できる。

通常会計を担当する受付スタッフは、患者の来院受付、電話対応、待合室にいる患者のフォロー等様々な業務を行っており、患者が会計を済ませるまでに長時間かかることがある。クレジットカードによる会計では端末にカードを差し込み暗証番号を入力するなどの動作が必要になるが、同サービスを利用すれば不要だ。配車アプリなどと同じ仕組みで、あらかじめ登録されたクレジットカードでの決済をオンライン上で行うため、会計時間を短縮することができるという。

スタッフは混雑状況に合わせ、患者が帰った後に会計処理を行うこともでき、決済された金額が事前に登録されたクレジットカードから引き落とされる。混雑する院内で、患者、スタッフ双方のストレスを軽減する仕組みだ。

現在マイナンバーカードと紐づけはしておらず、今後の保険証廃止の動きや、マイナンバーカードの普及率を見て紐づけについて検討するという。

処方箋データを薬局に自動送信

処方箋のデータは診察後、薬局に自動で送信されるため、薬局に到着する前から調剤が始まり、待ち時間が少なく済む。患者は処方箋を受け取るだけで病院を後にすることができ、調剤が完了するとスマートフォンに通知され、処方箋の原本と引き換えで薬を受け取る。

同サービスを利用する際は事前に処方箋を送る薬局をオンライン上で選択する。通常、薬局で必要とされる質問項目ついては院内受付でチェック後、薬局を選択する画面で回答する。ジェネリックの希望有無についても回答できるようになっている。ただし選べる薬局は同システムを導入している薬局のみとなるため、希望する薬局が表示されない場合は、受付でもらった処方箋を、患者自身で薬局に提出して薬を受け取る。

同様の会計サービスを提供するものとして、エムスリーデジカルの「デジカル診療」というサービスがある。

電子処方箋の普及視野に

昨年1月から電子処方箋の運用が始まるなど、政府は現在、健康・医療・介護情報のデジタル化に力を入れている。

MICIN(マイシン)広報担当者によると、今後、電子処方箋の普及が進めば、処方箋情報のやりとりは紙の原本でのやりとりはなくなり、番号だけで簡便に行うことができる。MICINでは同サービスの電子処方箋対応機能の検討など、機能拡充の可能性を検討していくという。

診療風景=同

同クリニックは、元々クレジットカード決済を導入していたが、より通院しやすい仕組みを取り入れたいとサービス導入を決めた。小野間優介院長は「受付から検査、会計までをまさにドライブスルーで実現できると考えた。当院はリハビリテーションクリニックでもある。患者さんに付き添い、介助をするご家族が会計のために財布を開けなくても済むこの仕組みを導入することで、通院のしやすさにもつながると考えている。今後も患者さんが受診しやすいシステムを取り入れていきたい」と話す。(田中めぐみ)

次世代の担い手育成「里山体験プログラム」《宍塚の里山》110

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写真は筆者提供

【コラム・田上公恵】里山の保全活動においては後継者不足が大きな課題となっています。持続可能な里山保全を目指すために、当会では2022年度より、広く若者が参加できる「里山体験プログラム」を開始しました。3月の募集と同時に社会人や大学生に応募していただき、人気の企画となっております。

4月に開講式を行い、1年間当会に所属して、保全活動や環境教育、観察会などを体験しながら里山の意義と保全、資源循環、生物多様性、NPOの運営と意義などを学びます。そこに経験豊かな専門家集団がていねいに寄り添って指導に当たります。既定の単位を満たした場合、理事長名の修了証書を授与しており、22年度と23年度はそれぞれ5名の社会人、大学生、大学院生を受け入れました。未来の担い手が少しずつ育っていることを大変うれしく思います。

参加者の満足度は高く、里山での体験活動を仕事に生かす社会人、筑波大学の体験活動の単位認定に取り組む学生―それぞれご自分の目標を目指して熱心に履修しています。プログラム生の中には自分の専門性を高めるために月例観察会の講師を希望した大学院生もいます。

人と人、自然と人がつながる場所

以下、1年間の体験を通して寄せられたプログラム生の感想です。

▽自然を体感できるところ、地域とのつながりや文化・歴史を学べるところ、様々な年代の方と関わり、詳しい資料配布などが非常にためになりました。

▽広いヤードがあり、様々なプログラムがあるところが非常によいと思います。

▽見つけた生き物や体験した作業について、詳しい方から解説をいただけることが多く、その場限りの体験ではなく、学びにつなげられるところがよかったです。

▽単に参加者として関わるのではなく里山の一員として活動に関われること、1人ひとりのやりたいことや得意なことを活動の中で実現してくださること―がよかったです。

▽体験プログラム参加者はみんな生き生きとしていて、お互いに助け合うこともあって、自然の中で多くの方々と関わりながら活動できたのがよかったです。

▽様々なプログラムを通して、多面的に里山を観察・体験できたことがよかったです。

▽特定のボランティアだけでなく、一般の方が参加できるプログラムが多く、活動を通して日常的に里山の意義をアピールできることはとても大切なことだと感じました。

▽以前よりも、里地里山という地に貢献したいと思うようになりました。

▽保全活動を継続して実施していくことの大変さをひしひしと感じています。

▽里山は、単に生き物がたくさんすんでいる自然というだけでなく、「人と人とがつながる場所」と思いました。

▽「人と自然がつながる場所」だと感じました。活動全体を通して、幼児からお年寄りまで、様々な世代が集って自然の恵みを感じる場所だなと感じました。(宍塚の自然と歴史の会 環境教育部)

3月1日トナリエに移転 つくば献血ルーム

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新献血ルーム待合室(つくば献血ルーム提供)

現ルームは25日まで

県赤十字血液センターのつくば献血ルーム(同市吾妻)が3月1日、つくば駅前のつくばセンタービル2階から、近くの商業施設トナリエつくばスクエア クレオ4階に移転する。同ルームは24年前の2000年4月に開設し、10年8月にリニューアルされた。移転は開設以来。現ルーム25日まで。移転に伴い26日から閉所となる。

同ルームの献血協力者が2010年度から22年度にかけて約1万人増加し約2万6000人となり、ゆとりある新たな空間が必要になったこと、設備の老朽化などが移転の理由だ。

移転後の床面積は、35平方メートル広い436平方メートル。土日祝日は予約で混雑することから健診室を増設し、健診医師が2人体制で常駐する。待合室には肘掛け付きの椅子が35席用意され、周囲の視線が気にならないよう座席の配置を工夫する。採血ベッドの台数は2台増え計15台となり県内最大数だ。

無料のWi-Fi環境を整え、座席近くに充電可能なコンセントを備える。多様なジャンルの漫画や雑誌、書籍などを閲覧でき、待ち時間や採血後の休憩のため快適で落ち着いた雰囲気を提供する。待合室の壁は筑波山をイメージした山々が連なる図柄となる。

同ルームの22年度献血協力者は2万6127人で目標者数の約2万4000人を約1700人上回っている。年齢別では50代が最も多く29.7%、次いで40代が26.4%だった。年に2回目以上献血するリピート率が高い傾向にある。

一方20代は13.9%、10代は3.1%と、若年層の献血離れが課題だ。同ルームは、Xアカウント(旧ツイッター)での発信や、周辺大学、高校への呼び掛けのほか、県による「10代・はたちの献血キャンペーン」を通して記念品をプレゼントするなど、若年層をターゲットとした周知活動を行い献血協力者確保に力を入れる。

コロナ禍では、学校や職場に献血バスが出張する献血バス会場がキャンセルになり、輸血用血液の在庫がひっ迫するなどの課題があった。現在ではほぼ解消している。

同ルームの平澤伸之所長は「24年ぶりにリニューアルオープンをするということで、快適な空間をぜひ体感してほしい。皆さんに驚いていただけるような献血ルームにできれば」と話し、森髙晋平管理係長は「新ルームはつくば駅直結で、商業施設内にあるので、買い物後に献血することも可能。駅や駐車場からも、よりアクセスしやすくなった献血ルームに足を運んでいただければ」と述べる。

つくばセンタービルを区分所有する新都市ライフホールディングス茨城事業本部(旧筑波都市整備)によると、移転後の跡地は現時点で未定という。(上田侑子)

◆新つくば献血ルームは3月1日午前10時にトナリエつくばスクエアクレオ4階に移転オープンする。受付時間は平日、土日祝日とも午前10時から午後5時30分まで(成分献血は午後5時まで)。「日本赤十字社ラブラッド」アプリで会員登録すれば献血の予約可能。血液検査の結果も確認できる。電話予約も可。問い合わせは電話0120-298-102または電話029-852-7888(つくば献血ルーム)へ。Xアカウントはこちら

問題のないところに問題を見つけること《遊民通信》83

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【コラム・田口哲郎】

前略

前回、日本社会に根を張っているいわゆるオールド・ボーイズ・ネットワークあるいはオールド・ボーイズ・クラブについて書きました(1月26日付)。同じ学歴、成功体験、失敗体験をもつ男性が結束力の強い集団をつくり、長い間、社会を支配してきた、という話です。その中で、女性は排除され、不当に差別を受けてきました。

しかし、このオールド・ボーイズ・ネットワークの構成員、つまりいわゆるエリート男性が意図的に抑圧を行ってきたのかというと、それはそうとも言えないということになりそうです。

たとえば、ある男性が高等教育を受けるまで受験戦争に勝ち抜き、大学を卒業し、大企業に就職、結婚をし専業主婦の妻と子どもと幸せな家庭を築き、そして定年を迎える、あるいは脱サラして起業をして大企業に育てあげる、あるいは議員に出馬して当選、自治体の首長や国務大臣を務めるまでになる、という人生を想定した場合に、その男性は、自分は置かれた環境で頑張ってきただけだ、大学の同窓、職場の仲間、選挙区の住民そして理想的な家族と共により良い社会をつくるために力を尽くしただけだ、と言うでしょう。

その信念や事実を否定することはできません。しかし、その「置かれた環境」自体がオールド・ボーイズ・ネットワークをつくり出している場合、そのネットワークに潜む問題には気付けないことが多いのではないでしょうか。

人間社会の基盤に潜む問題点

人間は集団をつくることで今まで生き延びてきました。厳しい自然環境に抵抗しながら、快適な文明生活をつくることは、近代社会が成し遂げてきたことで、そこにオールド・ボーイズ・ネットワークは深く関わっています。こうした人間が群れて生きるという基本的なことは、否定したら人間社会が成り立ちません。

かといって、基本なのだから、この基本は絶対に正しいので変えてはいけない、というのも危険です。基本は大切ですが、その基本が本質のように持っている問題点を見つけて解決してゆくことが、人類の進歩なのかもしれません。一見、問題のないところに問題を見つけることが求められているのでしょう。オールド・ボーイズ・ネットワークという言葉自体が生まれ、広く知られるようになったことは、そうした人類の進歩を表しているように思えます。ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)

初発膠芽腫患者対象に治験スタート 筑波大学のがん治療法BNCT

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治験開始の記者会見をする筑波大学付属病院の櫻井英幸教授(左)と原晃病院長

加速器で発生した中性子を照射してがん細胞を破壊する治療法、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の開発を進める筑波大学(つくば市天王台、永田恭介学長)が、難治性脳腫瘍の膠芽腫(こうがしゅ)に対する治験を開始した。現在、大学付属病院(原晃院長)の患者対象に候補者を絞り込んでおり、加速器のある東海村に設置した治療施設で3月にも臨床試験が開始される。初発膠芽腫患者を対象にした医師主導の治験は世界初という。

筑波大学は初発膠芽腫を対象とした国内第Ⅰ相医師主導臨床試験に関する治験計画を提出。日本医療研究開発機構(AMED)の「橋渡し研究プログラム」課題として採択され、23年度から3年間、8000万円が予算化された。治験登録の手続きは1月までに完了した。

脳と脊髄の神経膠細胞から発生する腫瘍のうち、最も悪性のものが膠芽腫(グリオブラストーマ)で、5年生存率が10%程度と極めて低いがんとされる。手術と放射線・化学療法の組み合わせでも多くが再発し、治療が困難とされ、有効な治療法が望まれている。日本国内での脳腫瘍の発生頻度は年間に約2万人、そのうち10%強が膠芽腫とされている。

今回の治験では、すべてを切り取れないような難しい部位に悪性腫瘍のある患者を対象に、BNCTの安全性などを検証する。効果を的確にとらえられるよう、放射線治療歴がない患者を対象とした試験となる。通常の放射線治療では放射線量で60グレイの照射が行われるが、BNCTと組み合わせることで40グレイにまで抑えられ、治療時間の短縮により、患者の負担も軽減されるという。

第Ⅰ相(安全性試験)の後、第Ⅱ相(治療の有効性治験)を実施して効果が認められれば、医療機器の承認を経て、保険診療へとつながっていく期待がある。第Ⅰ相では12人から最大18人、第Ⅱ相では30人程度の症例を得る想定で、結果が出るまでに3年程度を要すると見ている。

大量の中性子も低エネルギーで安全性確保

BNCTは、がん組織にのみ集積する性質のホウ素薬剤を投与し、加速器で発生させた中性子を患部に向けて照射すると、中性子とホウ素が反応し核反応を起こし、がん細胞を破壊する原理に基づく。放射線治療の一種だが、細胞単位で治療が可能で、皮膚や周囲の正常細胞は影響を受けにくいという利点がある。

筑波大では長年、付属病院の陽子線医学利用研究センターでBNCTの研究に取り組んできた。2011年3月以前は中性子の発生源に、東海村にあった実験用原子炉が用いられたが、東日本大震災で被災しストップ。これを機に実用化に向け病院にも設置できるよう、小型化と安全性を求めての装置開発が進められた。

照射装置は2013年、いばらき中性子医療研究センター(東海村白方)内に設置、15年に中性子の発生を確認した。高エネルギー加速器研究機構(KEK)と共同開発の加速器は長さ約8メートルとコンパクト、設置面積は40平方メートルに満たない。エネルギー8メガ電子ボルト、平均電流約2ミリアンペアで陽子を加速し、厚さ0.5ミリのベリリウムに照射して中性子を得る。中性子ビームは別室に導かれ、生体に照射される。

21年から治験薬開発のステラファーマなどと実証機(iBNCT001)による非臨床試験を行ってきた。陽子線医学利用研究センターの熊田博明准教授によれば「大量の中性子を発生させながらもエネルギーは低く抑える」ビームのコントロールに苦心した。エネルギーを低くすることで施設の放射化を避けられるという。(相澤冬樹)

自立生活通し街が変わる 柴田大輔記者、障害者たちの挑戦つづる つくば

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完成した本を持って、ほにゃらメンバーと記念写真を撮る著者の柴田大輔さん(左端)

つくば市の障害者自立生活センター「ほにゃら」(同市天久保、川島映利奈代表)の歩みをつづった「まちで生きる まちが変わるーつくば自立生活センターほにゃらの挑戦」(夕書房発行、B5判、271ページ)が9日出版された。著者は、土浦市出身の写真家でNEWSつくばライターでもある柴田大輔記者(43)。

障害を持つ人々が施設や家庭を離れ、自分たちの住む地域で、自分の意志に基づいて介助サービスを活用しながら生活を営む「自立生活」がテーマで、四半世紀にわたり、共に支え合うインクルーシブ(包摂的)な地域社会づくりに挑戦してきた歴史が記されている。

柴田記者は現在、写真家およびジャーナリストとして活動しながら、介助者として、ほにゃらでも活動している。

2月4日つくば市天久保の「本と喫茶サッフォー」で開かれた出版記念イベントの様子。(左から)ほにゃら事務局長の斉藤新吾さん、著者の柴田さん、サッフォー店主の山田亜紀子さん(生井祐介さん提供)

障害者の自立生活運動は1960年代のアメリカで始まったとされる社会運動だ。重度な障害を持つ当事者たちが自分たちの手でセンターを運営し、障害を持つ人たちの「自立」をサポートすることが中核的な理念だ。当時日本で盛んだった日本脳性まひ者協会「青い芝の会」の運動の流れを部分的に引き継ぎ、80年代から日本でも広がりを見せた。脳性まひやALS(筋萎縮性側索硬化症)など重度身体障害を持つ人々を中心に、各地で自立生活センターが設立されていき、現在は全国に100程度の自立生活センターがある。

つくば市のほにゃらは2001年に設立された。現在代表を務める川島映利奈さんや、ほにゃら創設者の一人で、現在も事務局長として活動をけん引する斎藤新吾さんも24時間の介助を必要とする。

著者の柴田記者は「つくばの人たちに読んでほしい。『筑波研究学園都市』という計画された都市の歴史に、障害のある人たちがまちをつくってきたという歴史があることを知ってもらいたい」と話す。

コロナ禍、仕事が激減し介助者に

柴田記者は20代のころに「写真と旅に夢中に」なり、写真ジャーナリストとして中南米の人びとの暮らしを撮影してきた。「半年間バイトの掛け持ちをして資金を貯めては、中南米、特にコロンビアに渡航するという暮らしをずっと続けてきた」という。

そんな柴田記者が障害者の自立生活運動に出会ったのは2016年のこと。2年間ほどコロンビアで過ごし帰国した柴田記者は、都内の月3万円のシェアハウスに入居し、すさんだ生活をしていた。そこで東京都大田区で知的障害者の生活を支援するNPO風雷社中の代表、中村和利さんに出会い、障害者の外出や日常生活を支援するガイドヘルプの活動を行うようになった。

18年、柴田記者は結婚を機に茨城に戻り、ほにゃらと出会った。同年10月に筑波大学で催されたほにゃらの「運動会」に写真撮影のボランティアに行くことになった。そこで見たのが障害のあるなしに関わらず、皆が楽しむことができる運動会の姿だった。しかしこの時は「障害者の自立生活運動について深く理解していたわけではなかった」と振り返る。

20年、新型コロナ禍の影響で写真やライターの仕事が激減した柴田記者は、ほにゃらの介助者として活動を始める。「自立生活や介助、その運動の奥深さにそこで初めて出会った」という。

21年秋、柴田記者は、ほにゃらの障害者と関わる地域の人々を撮影した写真展を、つくば市民ギャラリーで開いた。写真展をきっかけに、つくば市松代の出版社「夕書房」の高松夕佳さんと出会い出版が決まった。

茨城の障害者運動の歴史が凝縮

刊行に向けて3年前の2021年から取材、執筆を始めた。当初は「専門的なところまで、深く分かっていたわけではなかった」。コロナ禍で取材がうまく進まない時期もあったというが「ほにゃらの皆さんにいろいろな人をつなげていただき、話を聞いていく中で、ほにゃらができていくストーリーが少しずつ分かっていった」。

特に1980年代以降の茨城における障害者運動の歴史が凝縮されている。63年に千代田村(現・かすみがうら市)上志筑につくられた障害者の共同生活コロニー「マハラバ村」は、重度の障害者たちが神奈川県で交通バリアフリーを求めバスの前で座り込みをした「川崎バスジャック闘争」(1977年)などで知られる脳性まひ者集団「青い芝」の会の、糾弾・告発型の運動の源流となった。

柴田記者は「マハラバ村から下りることになった重度障害者の一部は、つくば市周辺で盛んに活動を続けた。そのときに湧き上がった熱量みたいなものが残り火のように引き継がれ、今につながっている」と説明する。著書には重度の障害者の想いや残り火がどのように引き継がれ、ほにゃらにつながるのかが記されている。

さらに柴田記者は、今後も茨城、特に地元である土浦やつくばを拠点に介助や障害者の自立生活について考えていきたいと語り「介助という磁場があり、障害者が地域で暮らしていくことは『消えない運動』であり、『やめられない運動』でもある。自立生活を知りたければ、介助に入らなければならないと言われた。本当にその通りだと思う。人が肌と肌で触れ合う、この体温を知ってしまった以上は、今後も地元茨城の自立生活運動を一つの軸にしながら活動していきたい」と話す。(山口和紀)

◆本の出版記念写真展『ほにゃらvol.3 まちで生きる、まちが変わる』が21日から3月10日まで、東京都練馬区のカフェ&ギャラリーで開かれる。入場無料。詳しくはこちら

今年も「さくらまつり2024」を開催します!《けんがくひろば》3

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さくらまつり=2022年4月2日(筆者提供)

【コラム・島田由美子】「けんがく」(つくば市研究学園)地区では毎年、地域の活動団体が連携して「けんがく さくらまつり」と「けんがく ハロウィン」の2大イベントを開催しています。今回は、開催を1カ月後に控えた「けんがく さくらまつり2024」をご紹介します。

「けんがく さくらまつり」のコンセプトは、“地域の文化祭&新歓祭”。けんがく地区の団体や住民の活動の紹介・発表の場であるとともに、春になって新しく移ってこられる方々をお迎えする交流の場です。2022年から開催しており、毎回200~300名の地域住民が来場されています。

多彩なアクティビティ

3回目の開催となる「けんがく さくらまつり2024」はバージョンアップし、12のアクティビティを楽しめます。一番のおすすめは毎年恒例の「さがせ!さくらエイト」。さくらまつりの会場となる研究学園駅前公園では2月下旬から4月下旬にかけて、河津桜、寒緋(カンヒ)桜、ソメイヨシノ、枝垂(しだ)れ桜、山桜、関山(カンザン)、普賢象(フゲンゾウ)、御衣黄(ギョイコウ)が順々に咲いていきます。

「さがせ!さくらエイト」では、その8種類の桜の木をスタンプラリーで巡ります。「けんがく パフォーマンス」で音楽やガマ口上、「けんがく ギャラリー」で絵や書を鑑賞した後は、スポーツチャンバラやグランドゴルフで体を動かせます。大きな桜の下では、昔あそびを楽しんだり、青空図書館の絵本をゆっくり眺めたりできます。公園北側の雑木林では玉入れ鬼ごっこや丸太切りなど、自然の中で思いっきり汗をかけます。

公園近くの中央消防署から消防士さんが駆けつけ、緊急車両展示や水消火器体験を催してくれます。そのほか、ゴミ拾いやフリーマーケット、ミニ縁日など、盛りだくさんですが、それぞれのアクティビティに参加すると押してもらえるスタンプを集めると、賞品を受け取ることができます(先着順)。

古くからの住民の思いをつなぐ

けんがく さくらまつりは、地域資源である千本桜にちなんで開催されます。千本桜はつくばエクスプレス(TX)が開通する以前から住まわれていた住民の方々が、“研究学園・葛城の発展繁栄を願って”2007年から12年をかけて植樹されてきたものです。

私たち主催者の「けんがくまちづくり実行委員会」は、さくらまつりで地域の様々な住民や活動団体が千本桜のようにつながることを祈っています。(けんがくまちづくり実行委員会代表 島田由美子)

<けんがくさくらまつり2024

▽日時:3月30日(土)午前11時~午後3時(ゴミ拾いは午前10時から)

▽場所:研究学園駅前公園内 古民家(つくばスタイル館)他

▽主催:けんがくまちづくり実行委員会

▽荒天の場合は一部企画中止

能登半島地震でのDMAT活動を報告 筑波メディカルセンター

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DMAT支援活動を終えて戻った隊員と、後方支援した隊員ら。上段左から3人目が隊長の栩木愛登医師(筑波メディカルセンター提供)

「あれで良かったのか、気が晴れない」

能登半島地震の災害支援で活動した筑波メディカルセンター(つくば市天久保、河野元嗣病院長)の災害医療支援チーム(DMAT)による活動報告会が20日、同病院内で開かれた。救急診療科医長で今回の活動の隊長を務めた栩木愛登(とちき・あいと)医師(40)は「要請に従い活動は無事やってこられたが、あれで良かったのかと気が晴れない」などと振り返った。

同病院からDMATチームとして1月6~8日、能登半島地震の災害支援第3次隊として医師1人、看護師3人、業務調整員2人の計6人が石川県に派遣された。隊員らは7日、避難所となった珠洲市内の老健施設3施設の入所者らの健康状況調査や支援物資の搬送を実施した。翌8日には、介護度が高い高齢者を収容している別の老健施設入所者らの健康状況評価や支援を実施し、体調不良者を珠洲総合病院に医療搬送などした。

20日の報告会は同病院の職員を対象に開催した。報告した栩木医師は、パワーポイントでスライドなどを映しながら活動内容を詳細に説明した。

パワーポイントでスライドなど映しながら活動を報告する栩木医師

派遣が決まった後の準備段階では、雪道を走るスタッドレスタイヤがなかなか準備できなかったり、連絡役の業務調整員の確保に手間取ったりしたことが報告されたほか、能登半島では道路が寸断され、通常15分の道程を進むのに3時間近くかかり、報道で知っていたよりも被害状況がひどかったことなどが報告された。

派遣先の老健施設は、職員自身が被災したことにより通常より少ない職員での運営を余儀なくされていた。さらに避難者が押し寄せ、24時間体制で管理を求められたなど施設の職員が大変疲弊していたことなどが報告され、栩木医師は「地獄があった」と話した。

避難地はライフラインが寸断され水道が使えないため、隊員も段ボール製の非常用簡易トイレを使用したり、老健施設の事務所の床に寝袋で寝るなどしたという。

栩木医師は活動を振り返ると、出動にスタットレスタイヤとかチョッキタイプのユニフォームなど必要な物品の準備をしておかなければいけないと思ったとし、「活動が体力的には特に辛いかったわけでもなかったが、帰ってきてじんましんが全身に出来たりしたので精神的なダメージが比較的大きかったのだと思う」と述べた。

同病院の志真泰夫代表理事は活動をねぎらい「地震はどこにでも起きることだから、当院も免震構造の施設にしていかなければならない」などと付け加えた。

DMATは厚労省が阪神大震災の教訓から2005年に設立した。医師1人、看護師2人、医療事務や救急救命士など業務調整員1~2人で編成され、1チーム原則3日間、被災地にいる救急患者の治療やサポートをしたり、避難所にいる被災者の感染症に対する処置を行ったりする。

同病院のDMATは2011年の東日本大震災、12年のつくば北条竜巻、15年の常総市豪雨災害などにも出動した。今回、震度7以上の地震が起きた能登半島地震では全国のDMAT隊員に一斉に連絡が入り支援準備に入ったという。(榎田智司)

葦舟レースで水質浄化を 3月2、3日 霞ケ浦

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1月28日に開かれた葦船制作ワークショップで、刈り取ったアシを束ねる参加者

霞ケ浦の高須崎公園周辺(行方市玉造甲)で3月2日から3日にかけて「ニホンウナギ杯争奪 第4回霞ケ浦葦舟(あしぶね)世界大会」が開催される。1日目は湖岸で参加者自らアシを刈り取って葦舟を作り、2日目は自ら漕いでレースをするというユニークな大会だ。

長年、霞ケ浦の水質浄化に取り組んできた市民らでつくるNPO霞ケ浦アカデミーと、行方カヌークラブが主催する。

「どうせやるなら大きく『世界大会』と付けて、霞ケ浦をメジャーにしていこうと企画した」と語るのは、主催団体の霞ケ浦アカデミー理事長の荒井一美さんだ。同団体は、2000年から石岡市で始めた市民講座を前身に、04年に活動拠点を現在の行方市に移した。08年から霞ケ浦の自然環境の保全活動と地域資源を活用した教育活動を行っている。

「最初『世界大会』って聞いた会員の皆さんからは『えー』って驚きの声が上がったが、回を重ねるごとにだんだん皆、本気になってきた、という形ですね」と、荒井さんは笑みを浮かべながら、大会の目的を「霞ケ浦の現状を知ってもらうこと。そして環境の改善」だと話す。

ワークショップに参加し湖岸でアシを刈り取る小学生

湖とのつながり取り戻したい

全国で2番目の広さを持つ霞ケ浦。夏から秋にかけて、名物のワカサギ漁などで活躍した白い帆を張る帆曳船が、観光用に運行されている。ただこのワカサギも、1965年に年間2000トンを数えた漁獲量が2022年は17トンにまで減少している。原因の一つとして指摘されてきたのが水質悪化だった。

1963年に現在の神栖市にあたる常陸利根川と利根川との合流地点に、海水の逆流を防ぐ「逆水門」が造られた。目的は、霞ケ浦湖岸地域の洪水対策と、塩分が含まれる湖水による土壌への塩害対策、首都圏の水資源確保だ。水門を閉鎖以降、霞ケ浦は淡水湖となった。

水門閉鎖後に進んだのが「水質悪化だった」と、同会事務局長の菊地章雄さんが語る。時代は高度経済成長期。人口が増えた周辺地域の市街地や農地から湖に注ぎ込む生活排水、農業排水が、多量の窒素化合物やリンを運び込んだ。湖水は「富栄養化」状態になり、1973年にはアオコが大量発生し、75年には湖水浴が禁止されている。水質悪化はシジミやワカサギなどの水産資源の減少にも影響したとされる。

菊地さんは、減少する水産資源の象徴として二ホンウナギをあげる。1960年代には霞ケ浦と利根川のウナギ漁獲量は全国の67%を占めていた。霞ケ浦は日本有数のウナギ生息水域だったのだ。

こうした歴史を踏まえて「もう一度、霞ケ浦をかつてのきれいな湖にすることで、人の暮らしと湖のつながりを取り戻したい」として発案されたのが葦船大会だった。冠した「ニホンウナギ杯」に、かつての霞ケ浦復活への思いを込めた。

自身も小学生から活動に参加してきたという霞ケ浦アカデミー事務局長の菊地さん(中央)。「次世代に活動への思いを伝えていきたい」と語る

アシを刈って使う文化を

同会が葦船製作を始めたのは2016年にさかのぼる。菊地さんは「かやぶき屋根などにも使っていたように、アシは人が最も身近に利用していた植物の一つ」であるとし、こう話す。

「アシは、富栄養化の要因である水中の窒素やリンを養分として吸い取り、水質を浄化させる働きがある。一方で近年はアシが利用されることがなくなり、せっかく水質悪化の元になる養分を吸い取っても、そのまま枯れて水の中にとどまってしまう。これでは意味がない」

「アシは人が定期的に刈り取ることで新しく生えてくる植物。里山のように、環境の維持には人の手を必要とする。アシが当たり前に使われる文化を定着させるためにも、多くの人が関われる、規模の大きな大会にしたかった」

葦舟を作るために大会参加者が湖岸のアシを刈り取ることで、アシが吸い取った霞ケ浦の窒素やリンは湖の外に持ち出され水質浄化に寄与する、さらに人工的な護岸堤に復活しつつある植生帯を手入れすることにもつながるというのだ。

大会に先立って1月末、葦船づくりのワークショップが開かれた。8年目を迎え、参加者の約半数をリピーターが占め、つくばや水戸など県内以外にも、岐阜など他県からも訪れている。

ペルーとボリビア大使館に招待状

「世界大会」と銘打ってはいるものの、これまでに外国チームの参加には至っていない。それでも地域で暮らしているベトナムやモンゴルの人たちに積極的に声をかけてきた。同会の荒井理事長の夢は大きい。

「目的は、あくまで霞ケ浦の環境改善。そのためには壮大だが、世界の人に関心を持ってもらい連携を図りたい。今回は(神話に葦船が登場するチチカカ湖がある)南米ペルーとボリビアの大使館に招待状を送った。いつか現地から本場のチームに来てもらえたらうれしい。今後の交流に繋げたい」と話す。

「『霞ケ浦は汚い』というイメージが定着してしまっている。しかし、ここからは筑波山も見ることができ、風光明媚なところ。地域振興の役目も果たしたい」(柴田大輔)

◆第4回霞ケ浦葦舟世界大会の詳細は同会ホームページへ。

千年の歳月に見たもの《写真だいすき》29

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あちこち崩れた仏像の部分(撮影は筆者)。この写真は本文とは関係ありません

【コラム・オダギ秀】心に残った撮影は、少なくない。古い仏像を撮ったことは多かったが、このときも、忘れ難かった。

小高い丘を登っていくと、林の中に、小さな堂宇(どうう)があった。のぞいてみると、中に、取り残されたような、全身傷ついた虚空蔵菩薩がおわした。堂宇の中には、厨子(ずし)もあったが、厨子にも入らず、いたるところシロアリに喰われ、持物を失い指も欠け、身体のあちこちが割れ、面貌も定かではなく、その像は流した悲しみの涙さえ乾いてしまったようであった。

どのような歴史を背負った寺院の本尊であったのか、その寺が、いつの時代に廃寺となったのか、明らかなものは残されていないという。しかし筑波山に連なる周辺の山中には、近くには名古刹(こさつ)もあり、山岳寺院らしき廃寺もあり、ここの虚空蔵菩薩像は平安時代後期の作と推定されているらしいから、集落の人々に護られながら、およそ一千年近い時を経てきたことになっていた。

虚空蔵菩薩は、妨げるものがない広大無辺の功徳で人々の願いをかなえてくれる菩薩だそうだ。だが、この菩薩の左手施無畏印(せむいいん)の指は欠け、右手に持っていたであろう宝珠(ほうじゅ)か剣も失われている。

全体にバランスのよい量感なのだが、整っていたであろう顔立ちの漆箔(しっぱく)は剥げ落ち、痛々しい表情も、はっきりとは見えなかった。そこここに深く入り込んだシロアリの食い後も目立った。剥ぎ目のズレにも心が痛んだ。そのような菩薩にすがってもいいものか、という気にさせられた。

憎悪も孤独も後悔も悲槍も…

坐していた千年近い歳月は、その長さだけで、この世の、憎悪も孤独も後悔も悲槍も、拭い去ってしまうのだろうか。虚空蔵さま、あなたは、今、時を経て何を思うのですか?

ボクは、流れる汗にまかせ、ボク自身の悲痛を、少し漏らした。すると、堂を覆うセミの声がひときわ激しくなった気がした。思わずボクが拭ったのは、汗なのか涙なのか、木立を抜ける風が、心なしか涼しくなった気がした。

あの撮影から、もう十数年が過ぎたろうか。あの菩薩にすがった人々の思いは、どこに残っているのだろうか。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

申請期限過ぎ国の補助金受け取れず つくば市 介護保険システム改修費

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つくば市役所

つくば市は20日、4月から実施される2024年度介護保険報酬改定に伴う介護台帳のシステム改修費について、国から2分の1の補助金を受け取ることができたにもかかわらず、補助金の申請期間を過ぎてしまい、137万5000円を受け取ることができなかったと発表した。

市高齢福祉課によると、国の補助金申請の通知は、昨年9月13日、システム改修にいくらかかるかを調査する通知が県から市介護保険課に届き、さらに12月5日には補助金を内示する通知が県から市介護保険課に届いていた。

一方、昨年9月末、システム改修を担当する市高齢福祉課が介護保険課に通知が届いてないか調査したところ、介護保険課では通知を確認できなかったという。

システム改修の契約事務作業を進めるため、今年2月5日、市高齢福祉課が県に国の補助金について確認したところ、県から、昨年9月と12月に通知を2回送っていると言われ、改めて市介護保険課に確認したところ、県から2回通知が来ていたことが分かった。

市高齢福祉課と介護保険課で情報共有がなされなかったことが原因という。

再発防止策として市は、国や県からの通知について、関係部署で情報共有できるよう体制を強化するとしている。

市では同システム改修費用が275万円かかる見通し。2分の1は国から補助金を受けられるはずだったが、全額を市の会計でまかなうという。

無人販売の八百屋をオープン 元留学生が筑波大近くに

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「やおや・春日」を紹介する孫麗さん=つくば市春日

近所に八百屋がない筑波大学近くの春日4丁目に9日、24時間営業で無人販売の食品販売店「やおや・春日」がオープンした。同市天久保で四川料理店「麻辣十食」を運営する東洋十食が手がける。野菜や果物のほか、中国からの輸入食品や自社製造のお弁当、コロッケなどの惣菜も販売を始め、近隣住民や大学生らが買い物に訪れている。

店内にはキュウリやトマト、ジャガイモなど一般的な野菜と共に、赤い菜の花や、スティック状のカリフラワー、茎レタスといった珍しい野菜も並ぶ。店舗面積は約35平方メートル。販売する商品は野菜、果物、お弁当など合わせて約100種類ほど。

値段は50円から数百円程度で、一人暮らしの大学生にも買いやすいよう少量ずつパックするなど工夫されている。商品は水海道総合食品地方卸売市場や都内の中央卸売市場から仕入れる。商品の価格に跳ね返らないよう、内装は全てスタッフが手作りして初期投資額を抑えた。無人販売により人件費を抑えているほか、曲がったキュウリなど形が不ぞろいの規格外の野菜を仕入れ、できるだけ安くしている。

支払いは現金かQRコード決済で、品物を選んでから客自身が電卓で計算し、カメラに見えるようにして支払う仕組みだ。

夜遅くまで研究

店頭に並ぶ野菜について説明する孫さん=同

同店を運営する東洋十食の代表は中国河南省の出身。筑波大学大学院で社会工学の修士課程を修了した。卒業後は都内の会社で働いていたが、自然豊かな環境で子育てしたいと、学生時代親しんだつくば市に戻ってきた。院生時代は大学の宿舎に住み、夜遅くまで学内で研究していた。その経験から「夜中でも食材を買うことができる24時間販売の八百屋が大学近くにあれば便利なのではないか」と思いついたという。都内で勤めていた時、白金や麻布十番の八百屋がにぎわっているのを見て、スーパーマーケットではなく八百屋の業態に魅力を感じたと話す。

孫さんは野菜の仕入れなども行う。「大学生だけでなく近隣に住むお年寄りからも、キャッシュレスでなく現金でも買えるのがありがたいと言われる。喜んでもらえている様子」と好感触だ。野菜を買いに来た筑波大2年の男子学生と女子学生は「オープンしたのを見て気になっていて今日初めて来た。いろいろな野菜があって便利」と話す。東洋十食の代表は「加工食品ばかりだと栄養も偏る。野菜を食べて、大学の後輩たちに元気に、健康になってほしいという思いがある」という。

コロナ禍、都内で人気高まる

街の八百屋は、コロナ禍により家庭内で食事をする内食や巣ごもり消費の需要が高まったことを背景に、都内では、道路に面した店頭に青果を並べる八百屋の人気が集まり、大手食品スーパーが昭和レトロな八百屋の業態で出店したり、ドライブスルーの八百屋もオープンするなどした。農水省の調査によると、2021年には全国の青果市場の約半数がコロナ禍前よりも取扱高を増やしている。(田中めぐみ)

中国で見つけた魔法瓶の形《デザインを考える》5

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写真は筆者

【コラム・三橋俊雄】今回は、以前私が中国で出合った「魔法瓶の適正デザイン」についてお話します。上の写真は、左から上海の友人が送ってくれた竹製の魔法瓶(中身本体はありません)、鉄製の魔法瓶、その次は上海の路上でおばあさんから譲り受けたアルミ製の魔法瓶、一番右は北京のデパートで購入したプラスチック製の魔法瓶です。

ここで言う「〇〇製」とは魔法瓶の外部構造のことです。内部はそれぞれ真空2重ガラスの容器が収まっており、魔法瓶の栓はすべてコルク製のものが用いられています。

穴だらけの鉄製魔法瓶

鉄製の魔法瓶は、1986年に中国を初めて訪問した際、北京中央工芸美術学院の院長室で出合ったものと同じです。これは、私が中国で「ショック」を受けた二つのうちの一つでした。ちなみに、もう一つは、中国中南部・湖南省の駅ホームで見た、ズボンのお尻がぱっくり開いた(おむつ不要の)幼児用「股割れズボン」です。

なぜ鉄製の魔法瓶が穴だらけだったのでしょうか?

1980年代、中国では、この魔法瓶が日本で言う「役所の大きな黄色いヤカン」のように、多くの公の場で使われていたようです。当時は、工業製品として自転車が花形産業であり、そのチェーンに使うヒョウタン型の板金が大量に必要でした。そこで、製造工程ではそれを打ち抜いた後の端材が多く排出され、その端材を丸めてカバーとして利用したのが、この穴だらけの魔法瓶でした。

この魔法瓶は、上部もやはり板金を曲げて溶接しただけの簡素な作りであり、その上の小さな注ぎ口だけがプラスチック製でした。本体部分のガラス容器は、穴だらけの板金カバーの下部で、交差した2本の針金により固定されているだけでした。

適正技術・適正デザイン

これらの竹、鉄、アルミ、プラスチック製の魔法瓶を並べて気付いたことは、第1に、カバーの材質こそ異なっているものの、その大きさやプロポーション、取っ手の位置などは同様の形状をしていたということです。その理由は、「お湯を注ぎ」「保温し」「急須や茶碗に注ぐ」という、人と道具の関係が共通していたからでしょう。

第2に、魔法瓶の「使われ方」は共通しているものの、魔法瓶の外部構造に関しては、技術的発展に伴って、竹製、鉄製、アルミ製、プラスチック製のカバーが登場したように、その時代ごとに、中国が有する技術や生産方法によって作り出されてきたということです。

すなわち、これらの時代や地域に適合した魔法瓶の製造・デザインの在り方こそ、当該地域の自立的な発展につながる「適正技術・適正デザイン」であったと言えるのではないでしょうか。(ソーシャルデザイナー)

「避難所の体育館は寒かった」 土浦三高生が防災キャンプ体験を報告

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学校図書館で発表の準備を進める「防災キャンプ」探究グループ=土浦三高

21日、初の校外発表

災害時の避難所になる学校体育館に寝泊まりしてみたー。県立土浦三高(土浦市大岩田、渡邊克也校長)の2年生グループが21日、県県南生涯学習センター(同市大和町)で同校が開く「探究発表会」に登壇し、防災キャンプの体験を口頭発表することになった。

グループは普通科2年生の7人。昨年12月1日、同校体育館に1泊する防災キャンプを行った。同校は眼下に霞ケ浦を見下す立地に校舎がある。災害地に湖畔の低地は液状化の懸念などがあり、学校が水害や地震の際の指定緊急避難場所になっている。

防災キャンプでは、2015年の関東・東北豪雨で常総市に派遣された土浦市防災危機管理課職員から話を聞いたり、市のハザードマップに基づく防災情報のレクチャーを受けた後、体育館にテントを張って1泊した。

防災キャンプでは体育館に張ったテントに寝泊まり(土浦三高提供)

1カ月後に能登半島地震

同グループは翌12月2日に、土浦市内の街づくりイベントでスタンプラリーを実施しており、2日間の行事にボランティア参加の生徒も含め16人が参加した。メンバーの1人、長谷川春花さんによれば「スタンプラリーは2回目の実施で、1回目のときアンケートをとると『もっと市民と交流したい』という意向があったので、防災キャンプを考えた。けれど、安全面から受け入れが難しく、まずは生徒だけでの実施になった」そうだ。

この防災キャンプの1カ月後の元日に能登半島地震が発生した。長谷川さんは「とにかく体育館の床は死にそうなくらい寒かった。能登の避難所生活のニュース映像を見るたび、あれ以上の寒さが連日続いているのかと思うと辛い気持ちになった」という。指導に当たる橘内敏江教諭は「防災キャンプで残った飲料などを現地に送る検討もしたが、迷惑になるかもしれないと断念した。生徒の前向きに成長する姿を見ることができた」と語る。

下級生たちに引き継ぎたい

生徒たちは「キャンプでは非日常を体験できた。防災はぜひ市民と一緒に取り組んでほしい課題」だと防災キャンプを下級生たちに引き継いでいきたい考えで発表に臨む。

「探究学習」は、生徒自らが課題を設定し、解決に向けて情報を収集・整理・分析したり、周囲の人と意見交換・協働したりしながら進めていく学習活動。同校では活動成果を2年生中心に発表する取り組みを約5年間実施してきたが、校外に出て行うのは今回が初めて。三菱みらい育成財団の助成も得て、「土浦市から宇宙まで探究のフィールドは無限だ!」を掲げて開催する。

天文や防虫効果などを取り上げる理系、ロック音楽や百人一首などの文系を交え12件の口頭発表が予定され、ポスター発表は70件を数える。開会は午前9時30分、午後4時ごろまでの日程で、防災キャンプなどの特別口頭発表は午後1時ごろに予定されている。(相澤冬樹)