金曜日, 4月 23, 2021

川端舞

《電動車いすから見た景色》12 ちょっと失敗したさつまいもご飯

【コラム・川端舞】秋の味覚、さつまいも。近所の畑からたくさんもらい、どうしようか考えていたところ、誰かが「さつまいもご飯にしてもおいしいよ」と言っていたことを思い出し、作ってみることにした。 インターネットで検索したレシピをもとに、調理を開始。と言っても、私自身は台所に立つことはできないため、台所の床に座ったまま介助者に指示を出して、介助者に調理してもらう。 「さつまいもを洗って、切る」と私が指示を出すと、介助者が冷蔵庫からさつまいもを取り出し、台所で洗う。床に座っている私には、台所の上は見えないので、介助者はまな板と包丁を床に置き、私の見えるところでさつまいもを切る。さつまいもをどんな大きさで切るか、私が細かく伝えると、介助者がその通りに切っていく。 さつまいもが切り終わったら、介助者にお米をといでもらう。といだお米は釜に入れられ、私の目の前の床に置かれた。 「みりんを大さじ2杯入れて」。レシピを見ながら、介助者に指示を出し、介助者は私の指示通りに調味料を入れていく。最後に水をどのくらい入れるかを介助者に伝え、介助者がお釜に水を入れ、炊飯器にセットしたら、スイッチON。 失敗できる楽しさ

《電動車いすから見た景色》11 遠いようで身近な市議会

【コラム・川端舞】10月18日告示、同25日投開票で行われる、任期満了に伴うつくば市長選と市議会議員選。立候補予定者のパンフレットが続々と自宅の郵便受けに入ってくる。 正直、私は今まで市政にあまり関心がなかった。国政についてはテレビのニュースである程度の情報は入ってくるが、市政については自分から進んでインターネットなどで調べない限り、情報を手に入れられない。市議会で何が話し合われ、それが自分の生活にどうかかわっているのか、イメージができなかった。 そんな私が市政に関心を持つようになったのは、ここ数年、障害者団体「つくば自立生活センターほにゃら」に関わるようになってからだ。 今年8月、つくば自立生活センターは、市長選・市議選の投票時の参考にしてもらおうと、これまでの議会ではどのように「障害」について議論してきたかをまとめた冊子『つくば市議会を「障害」でポチッと検索』を刊行した。私も冊子の中でコラムを一つ書くなど、編集に関わったが、その過程で恥ずかしながら初めて市議会の議事録を読んだ。 それまで、議会で議員がどのように質問し、どのような方々がどのように答えているのか、考えもしなかった。議事録を読む中で、議員の皆さんは私たち市民の困りごとを一般質問という形で代弁してくれていることが分かった。市議会の議事録は市議会ホームページから誰でも閲覧できる。 障害についてだけでなく、それぞれ自分の興味のあるテーマについて検索し、自分にとって重要な質問をしてくれている議員に投票してみるのもいいかもしれない。

《電動車いすから見た景色》10 自分の中の矛盾と向き合う

【コラム・川端舞】前回までのコラムで、障害のある子どもとない子どもが同じ教室で学べる学校は、全ての子どもが安心して過ごせる環境だと偉そうに書いたが、障害のある子どもが普通学校に通うことに完全には賛成できない気持ちもある。矛盾していると自分でも思うし、情けないとも思う。 高校の卒業式が終わった夜、私は母を怒鳴った。「なぜ自分を普通学校に入れたのか」と。22年前、私が小学校に入学するとき、重度障害のある私を普通学校に入学させるために、両親は何度も、特別支援学校への入学を勧める教育委員会と交渉した。小学校入学後も、低学年の頃は、毎年「次年度は特別支援学校が適当である」という通知が家に届いたそうだが、両親は私を普通学校に通わせ続けた。 そんな母を高校の卒業式の夜に私は怒鳴った。「特別支援学校に行きたかった」とも言った。高校時代まで、自分以外の同級生はみんな健常児という環境で育った私は、言語障害のある自分は気軽に話してはいけないと思っていた。その反面、気軽に話せる友達がずっとほしかった。同じような障害のある子がいる特別支援学校なら、もっと友達ができたのではないかと思い、自分を普通学校に通わせた母を怒鳴ってしまった。 一緒に考えてくれる人の存在 しかし、私が学校で話せなかったのは、私に障害があるからでも、普通学校に行ったからでもない。障害児も普通学校に通うことが当たり前の環境で、どうすれば言語障害のある私でも他の子どもと関われるようになるのかを一緒に考えてくれる先生がいてくれたら、当時の私も安心して同級生と話せたかもしれない。同じ学校に自分以外にも様々な障害のある子が通っていて、障害のある子とない子が入り混じって過ごしていたら、「自分もここにいていいんだ」と思えたかもしれない。 障害のある子とない子が同じ教室で学び、できないことはお互いに助け合うことで、障害のない子にとっても安心して過ごせる環境になることに異論はない。

《電動車いすから見た景色》9 障害児が障害児を見下す矛盾

【コラム・川端舞】障害のある子どもとない子どもが同じ教室で学べる学校は、全ての子どもが安心して過ごせる環境だと、前回のコラムで書いたが、それは私自身の経験からも言える。 私は子どものころ、重度の障害がありながら通常学校の通常学級に通っていたが、教員や親の態度から、無意識に「私は障害があるから、勉強だけはできないと、学校から追い出されるのだ」と信じ込んでいた。学校の特別支援学級には知的障害のある同級生もいたが、当時の私は「自分は勉強ができるから、特別支援学級の生徒たちとは違うのだ」と特別支援学級にいる同級生を見下していたように思う。 今思えば、彼らとろくに話したこともないのに、障害という理由だけで自分とは違う存在だとみなしていて、とても失礼な話だ。 一方、当時の私は、自分にも障害があるのに、他の障害者を見下している矛盾に嫌悪感も持っていた。自分も学校の授業についていけなくなったら、見下される側になるのだという恐怖感もあった。成績の良し悪しだけが、人間の価値を決める物差しだと思っていたのだ。 自分の考え方が間違っていると気づいたのは、大学を卒業後、自立生活センターに関わり始めたことで、様々な障害者と出会ってからだ。できないことは周囲に手伝ってもらいながら、自分らしい生活を送っている障害者が社会にはたくさんいることを知った。知的障害のある人たちと関わったり、彼らを支援している人たちの話を聞いたりする中で、自分1人では難しくても、支援者とコミュニケーションを取りながら、生活のいろいろなことを一緒に決めていく生き方があることを学んだ。 そのような環境の中で、学校の勉強だけがすべてではなく、苦手なことは周囲に手伝ってもらえば、どんな障害があっても社会で生きていけると考えるようになった。同時に、それまで漠然とあった「勉強ができなかったら見下される」という不安感から解放された。

《電動車いすから見た景色》8 インクルーシブ教育って何だろう

【コラム・川端舞】日本が2014年に批准した国連の障害者権利条約では、国は障害児が一般的な教育制度から排除されないようにするとされている。日本には障害児が通う特別支援学校があるが、障害者権利条約では特別支援学校は一般的な教育制度の中には含まれない。障害のある子どもとない子どもが同じ場所で学ぶことを基本としている。 障害者権利条約が目指している教育を「インクルーシブ教育」と呼ぶ。私は障害を持ちながら、小学校から高校まで普通学校に通っていたが、インクルーシブ教育を受けたとは思っていない。特に小中学校の頃は、学校で周りに迷惑をかけないために、友達に手伝ってもらってはいけないと言われていたし、言語障害のある私の言葉を聞いてくれない先生もいた。誰かに直接言われたことは無いが、学校の雰囲気から「私は障害があるから、勉強だけはできないと普通学校に通えなくなるんだ」と思っていた。 障害者権利条約が目指すインクルーシブ教育は、障害の程度やどのくらい能力があるかを、障害児が普通学校に通える条件にしてはならないとされる。「授業についていけるなら」「一人でトイレに行けるなら」など、何かができるかどうかで、障害児が普通学校に通えるかどうかが変わる教育は、インクルーシブ教育に対して統合教育と呼ばれる。 一定の条件をクリアできないと、障害児は普通学校に通えないという考えが学校現場に広まってしまうと、障害のない子どもたちも、「周りと違うのは悪いこと」「できないことを手伝ってもらうのは悪いこと」というような息苦しい考え方になってしまうだろう。 すべての子どもが尊重される教育 反対に、障害のある子どもとない子どもが同じ教室で学び、できないことは友達同士で助け合う環境だったら、障害のない子どもも「できないことは周りに助けを求めていいのだ」と思えるようになるだろう。

《電動車いすから見た景色》7  それぞれのマスク事情

【コラム・川端舞】もはや外出時のマスクは常識になりつつある。マスクをしていない人を見ると、つい冷たい視線を送ってしまう。しかし、マスクは誰にでもできるものなのだろうか。 私は脳性まひという障害のため、手足の筋肉と同じように、口の周りの筋肉も思うように動かせない。何か話そうとするとき、自分では他の人と同じように口を動かしているつもりなのだが、無意識に顔の筋肉が必要以上に動いてしまう。そのせいで、話している間に口元のマスクがどんどんずれて、マスクの意味がなくなってしまうことがある。 また、マスクをしていることで顔の筋肉を動かしにくくなり、周囲が私の話している言葉を理解するのに普段より時間がかかる。言語障害による言葉の聞き取りづらさに拍車がかかっているようだ。感染予防のためには、話す時もマスクをすることが大切なのは分かっているが、スムーズにコミュニケーションをするためにマスクをはずしたいと思ってしまう。 口元が見える透明なマスク 私以外にもマスクを不便だと感じる人はいるようだ。もともと呼吸器の疾患がある人は、マスクをつけることにより呼吸が苦しくなってしまう。知的障害者で肌の感覚が他の人より過敏な人は、ゴムを耳にかける感覚がストレスになり、マスクをはずしてしまう人もいるようだ。 聴覚障害者はマスクにより相手の口元が見えなくなることで、会話を理解しづらくなるというニュースも見た。障害者だけでなく、小さい子どもなどマスクをし続けることが難しい人もいるだろう。

《電動車いすから見た景色》6 コロナ禍の中でお互いにつがなるには

【コラム・川端舞】ウイルスは人と人との物理的距離を広げる。障害当事者団体である自立生活センターに関わり始めた時、障害者が外に出て、買い物したり遊びに行ったりすることで、地域の人と関わることも、立派な社会運動であると教わった。現在は介助者のサポートを受けながら一般のアパートなどで生活している障害者も多いが、普段障害者と会う機会のない人は、重度障害者は福祉施設でしか生活していけないと思っていることも多いだろう。 そのような人たちに、重度の障害があっても支援を受けながら、障害のない人と同じように地域社会の中で生活していけるということを知ってもらうためには、お店や公園など日常生活の中で普通に暮らしている障害者に出会うことが必要だ。このような考え方を背景に、今まで私もできるだけ通販などは使わずに、介助者と一緒に直接お店に買い物に行ったり、つくば自立生活センターでは地域の子どもたちを集めてイベントを開催したりしてきた。 そんな今までの生活も、「新しい生活様式」のもとで変わってくるのかもしれない。現在、障害のない人でも買い物は通販が奨励されており、これから多くの人が集まるイベントには神経質になるだろう。最近はオンライン通話なども広がっているが、オンラインでのコミュニケーションは関わる相手も話す話題も限られてしまう。 街中で手話で話している人を見かけることも、バスの運転手が車いすの人のためにスロープを出してくれる風景も、今より少なくなってしまうのだろうか。周囲の人と距離を取ることが求められる社会で、どうしたら障害のある人とない人が接点を持てるのか、改めて考え始める必要があるのかもしれない。 何年も自由に外出できない人もいる そして忘れてはいけないのは、地域で暮らしている障害者よりも世間の人に知られていないのが、福祉施設の中にいる障害者であるということだ。新型コロナがある程度落ちつき、ほとんどの人が自由に外出できるようになったとしても、施設の入所者が何年も自由に外出できないという現実は変わらないのだろう。

《電動車いすから見た風景》5 コロナに負けず、今の生活を続けたい

【コロナ・川端舞】新型コロナウイルスの感染拡大は、皆さんの生活にも大きな影響を与えていると思います。私も定期的な通院や買い物以外はほとんど外出しなくなりました。 私のように介助者にサポートしてもらいながら1人暮らしをしている障害者の部屋には、自分が外出しなくても、毎日介助者は代わる代わる家に来るので、一般的な1人暮らしの部屋よりも必然的に人の出入りが多くなります。 こまめに部屋を換気したり、ドアノブなどを除菌ティッシュで拭いたり、できる限りの感染予防はしているのですが、私たち障害者が生活するためには、食事介助やトイレ介助など、どうしても介助者に近距離で接してもらう場面が多くなり、介助する側も介助される側も不安になることもあると思います。 私が一番心配しているのは、自分が感染することよりも、自分が感染した後、介助者にうつしてしまうことです。介助者の中には、私の介助以外に、他の障害者の介助にも入っている人もいて、私から介助者にうつすことで、その介助者が他の人のところにも行けなくなったり、最悪、他の障害者にもうつしてしまう可能性もあります。 そのような不安は、障害者よりも介助者の方が強く感じているのかもしれません。障害者の中にはもともと呼吸器が弱い人もいて、そのような人のところに行っている介助者は強い責任を感じているかもしれません。 介助者にも拍手を送りたい

Most Read

日本の子どもは可哀そう 《ひょうたんの眼》36

【コラム・高橋恵一】青年海外協力隊員として東南アジアに派遣された青年の経験談である。優れた日本農業技術で作物を育てたところ、高温多湿の気候の効果もあって、半年でそれまでの1年分の収穫ができた。現地農民は、大喜びをした。次に、協力隊員は、後半の作付けに取り掛かろうとしたところ、農民は動かない。1年分の収穫ができたのだから、もう働く必要がないというのだった。30年前のことだ。 青年海外協力隊員は、苦笑しながら、現地農民の経済感覚を伝えてくれたが、今なら、ゆとりのできた時間や資金をどう使うかを考えたかも知れない。 日本では、高度成長期から、成果をひたすら企業資金力の強化に回し、労働時間の短縮やセーフティーネットの構築、地球環境の改善・保護に回すことはほとんどなかった。 それから30年。日本の幸福度ランキングは、世界で56位。韓国とピッタリ寄り添って、ロシア、中国の少し上位に位置しているが、OECD(経済協力開発機構)37カ国のうち最下位レベルだ。 我々の生活レベルを考える時、「昔」と比べると、格段に忙しさが変わって来ている。拘束された忙しさ、義務的な忙しさである。 日本の幸福度を改善するためには、就業時間を短縮し、最低賃金を思い切り上げればよい。毎日の労働時間を7時間、週35時間以内にすれば、全く違う世界が見えてくる。当然、フレックスタイムが導入され、満員電車も解消する。生産力を維持するためには、雇用を拡大しなくてはならない。女性の役割が大きくなり、より多様性が拡大する。変化への原動力は、格差社会の解消である。

高齢者施設にワクチン配送 65歳以上4万7000人に接種券郵送も つくば市

高齢者を対象にした新型コロナウイルスワクチンの配送が22日、つくば市で始まった。同日午前、第1便となるファイザー社製のワクチンが、市内の介護老人保健施設に1カ所に届けられた。併せて同日、市内の65歳以上の高齢者約4万7000人にワクチン接種券が郵送された。23日以降、各家庭に届く。 マイナス70度の超低温冷凍庫から取り出したワクチンを必要な数だけ素早く配送用の保冷箱に移す作業員=22日、つくば市役所 配送されたワクチンは、17日に国から届いた2箱(1950回接種分)のうちの一部で、市役所内に設置された超低温冷凍庫でマイナス75度で保管されていた。 4月26日から5月3日の週には5箱(4875回接種分)が国から届く予定で、医療機関のほか、特別養護老人ホーム10カ所とグループホーム18カ所にも届けられる予定だ。 接種開始は5月24日

開園25周年 つくばわんわんランド 「人とペットが共存する拠点に」

日本最大級の犬のテーマパーク「つくばわんわんランド」(つくば市沼田、東郷治久社長)が27日、開園25周年を迎える。1996年4月27日、現在の3分の1ほどの面積でスタートした。ペットは家族の一員であるという価値観が浸透すると共に、犬を見せる施設から犬と触れ合う施設へとコンセプトを変化させてきた。現在、約90種約500匹の犬がいる。 寺崎修司園長は「日本のペットに対する意識は、ペット先進国と比べまだまだ遅れているところがあるので、正しい知識をもって人と動物が共存する社会を目指す拠点になれれば」と話す。 珍しい大型犬、ナポリタンマスティフをなでる寺崎園長 25周年を記念して26~28日の3日間、25歳の人と小学生以下の入園料が100円になる特別イベントが開催されるほか、ゴールデンウイーク(GW)中の29日から5月5日まで、グループ法人のつくば国際ペット専門学校講師による犬のお手入れ教室やしつけ教室などが開催される。 園のシンボル 黄色い木造犬は4代目

別の学校も臨時休校 つくば市教員が新型コロナ

つくば市は21日、市立学校教員が新型コロナウイルスに感染していることが分かり、この教員が勤務する学校を22~23日の2日間、臨時休校にすると発表した。 市教育局学び推進課によると、20日に感染が確認された教員が勤務する学校とは別の学校という。 21日感染が分かった教員の濃厚接触者は現在、保健所が調査している。この教員の症状や、いつまで勤務していたかなどは公表しないとしている。 一方、20日に教員の感染が確認され、21~22日の2日間、臨時休校としていた学校は、23日から通常通り授業を開始する。