金曜日, 5月 14, 2021
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浅井和幸

《続・気軽にSOS》79 成功体験のみの危険性

【コラム・浅井和幸】人は、苦しい思いが続いたり、失敗し続けたり、人にばかにされてばかりだと、余裕や自信をなくしていきます。そうすると心がくじけて、身動きできなくなっていくものです。 ここのところ、仕事でうまくいかないことが多いなと感じている人は、だんだんと暗くなり、新しいことに挑戦しづらくなっていきますよね。幼少期からずっと暴力を受け続けると、人とコミュニケーションをとることも怖くなってしまいます。 そのような悪循環に陥っている人に対し、支援者は成功体験をさせてあげるとよいと考えます。自由に動けなくなっているのは、自信がないからだ。だから自信を持つためには、成功体験をすることが必要だと考えるのです。 もちろん、その考え方に私は賛成です。ただし、それのみでは偏った考えで、とても危険だと考えます。成功体験があったほうがよいことは、ほとんどの人は反対しないでしょう。しかし、それのみであると、失敗を恐れすぎてしまう状態に陥る可能性があります。 失敗体験から立ち直る体験 だから、成功体験と同じぐらい、失敗体験から立ち直る体験も必要なのです。ミスをしてもフォローできる感覚、けがをしても傷が治る感覚はとても大切なことなのです。成功できるという自信と、失敗しても何とかなるという余裕の両方があるときに、人は一歩を踏み出しやすいものなのです。

《続・気軽にSOS》78 批判は優秀?

【コラム・浅井和幸】私たちの生活の中で、人をニコニコと褒めている人を見ると、ノー天気で頭が悪い行為に見えることがあります。それに比べ、眉間にしわを寄せ他人を批判していると、優秀な人に見えることがあります。例えば、「あそこのラーメンはおいしい」と褒めている人よりも、「あそこのラーメンはまずい」と批判する人の方が、味にうるさく、味覚が優秀と見えてしまいやすいものです。 このような経験を繰り返すと、悪いところを探し始め、むしろ、その対象には悪い存在であってほしいと無意識に願うようになります。 世話好きの人が「本当にあなたは何もできないのだから」と、せっせと世話を焼くという状況は想像しやすいでしょう。これが行き過ぎると、子育てをしている親が、子どもの服を着せボタンを留めてということをやり過ぎてしまい、子どもは自分で服を着ることを覚えられなくなります。 また、服を着せてやるときに「全くこの子は、なんでこんなこともできないのか」と文句を言いながら行い、さらに、子どもが自分で服を着ていると、「もっときれいに服を着られないのか」と叱る。 この状況になると、親は子供を世話することで自分の立場を守る状態なので、子どもが服を1人で着られると困るわけです。子どもの立場からすれば、服を自分で着ても着なくても叱られてしまい、どうすることもできなくなってしまうのです。これを、ダブルバインド(二重縛り)と言います。 「ロバを売りに行く親子」

《続・気軽にSOS》77 そんなの常識でしょ?

【コラム・浅井和幸】「そんなの常識でしょ?」「それが普通でしょ?」。私ぐらいの変人になると、「へぇ~、あなたや、あなたの周りは、そのように物事を捉えてるんだ~」と気楽に聞き流してしまうか、その人個人や集団の考え方を推し量る目安にさせてもらうかとなります。 しかし善良な一般市民の皆さんは、このような言葉に苦しめられたこと、もしくは現在進行形で苦しめられていることは多いのだと思います。「常識」や「普通」に当てはまらないものはダメな存在なのだ、という思いからなのでしょう。もしかしたら、「普通じゃない弱い自分」を「常識を持った強い人(たち)」が、たたきつぶしに来るという感覚になっているかもしれません。 常識や普通の概念は、「当たり前」であったり「マジョリティ(多数者)」であったりするものです。だから、常識や普通ではないのは、「当たり前じゃない」し「少数派」であるわけで、それは「間違った考え」であり「ダメな存在」と感じるのでしょう。 また戻って「変人浅井」は、「当たり前じゃな」かろうが、「少数派」だろうが、間違いかどうかは別の話。むしろ、不健康なのが「常識」だったり、間違いなのが「普通」だったりすることも多いと考えます。 健康体である人や幸せだと感じる人が少数派であるかもしれません。ならば、不健康が常識で、不幸が普通です。生活習慣病である人が多い場合は、それが普通で、健康が普通じゃない状態です。肥満や不健康は「伝染する」という論文もあるようですよ。 人の脳はだまされやすく作られている

《続・気軽にSOS》76 死ぬ前に後悔することは

【コラム・浅井和幸】あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。おかげさまで、私は自由奔放にコラムを続けることができ、やりたいことをできる範囲で行いつつ、健康に毎日を幸せに生きています。 世界一幸せに生きていると豪語している私ですが、じゃあ、明日死んでもよいか?と聞かれたら、もっともっと生きていたいと正直思っています。やりたいことも、たくさんあります。 希望、欲望は限りありませんので、後悔しないはずはないということも前提で、今回考えてみたいのは、「死ぬ前に後悔すること」です。「一年の計は元旦にあり」と言って、希望に満ちた明るいコラムの方がよいのでしょうが、ひねくれ者の私は、「今年の目標」ではなく、繰り返しますが「死ぬ前に後悔すること」です。 後悔先に立たずといいまして、今の時点で大切だと思っていることと別で、やっておけばよかったと思うことがあるらしいのです。私たちは、現代の日本の中で人の死に直面することが少なくなりました。人の死に目にあったことがない人も思ったよりいるでしょうし、自分が死ぬのはまだ先だと感じて生活しているのが当たり前だと思います。 そして、今できていないことも、先になればできるだろうと考える癖が人間にはあるようです。去年できなかった掃除は、来年はできるだろう。今やり残している仕事も、締め切りに追い詰められたらできるだろう―などなど。今日より来週、今年より来年の自分の方が、格段にパワーアップした自分がいるという感覚になりやすいらしいですから、気を付けなければいけません。 あなたの今年の抱負は何でしょうか?

《続・気軽にSOS》75 学びか?勉強か?

【コラム・浅井和幸】今回は、「学びか?勉強か?」ということで考えていきたいと思います。と言っても、国語辞典で正確な概念を知識として蓄えようという趣旨ではありません。何となく日々の生活の中で、私たちが次のように捉えているのではないかというところから考えていきたいと思います。 さて、「学び」と聞いて、どのようなことを思い浮かべるでしょうか? 「勉強」と聞いて、何を思い浮かべますか? きっと、学びとは全ての新しい知識や知恵を得ることで、勉強とは学校のテストや資格試験で他人よりも良い点を取るためのものとイメージするのではないでしょうか。 なんとなく、学びは自発的で、勉強は我慢して社会や親から強いられてするものって気がします。学びは楽しく、勉強は苦しいというニュアンスを感じませんか? どのような運動能力の人でも、自分にあった身体の動かし方で動くことは楽しいことが多いです。例えば、散歩や指の運動や手遊びなんて楽しいですよね。コンサートを見に行って、みんなでこぶしを振り上げたり、身体を一緒に揺らしたりするのも楽しいですね。しかし、学校での運動会やスポーツテストは嫌いな人も多いでしょう。 「学び」「勉強」「運動」「スポーツ」、一体何かが違うのでしょうか? 学校が関わっているかどうか? それもあるかもしれませんが、それだけでは一つ悪者を見つけたから安心しているだけのような気がします。

《続・気軽にSOS》74 あなたの選択は?

【コラム・浅井和幸】私達は、毎日毎日、様々な選択をしています。靴下をどちらの足から履くかというささいなものから、プロポーズをするかとか、どの職業に就くかとか、人生の大きな分かれ道のものまでです。それは、無意識レベルから、長い時間をかけて悩んで答えを出すレベルまで、様々です。 いつも忙しくて選んでいる暇なんてないよという方も多いことでしょう。そういう方は、無意識でいつもと同じ選択肢を選んでいることがすべてなのかもしれませんね。 自分が選んでいるのではなく、それしかないから仕方なくだよ、という方も多いことでしょう。そういう方は、こうすべきという決めつけで、状況のせいにして自分の希望の選択を後回しにしているのかもしれません。 今、幸せである人、好循環でますます幸せになっている人であれば、無意識の選択や流された選択でもよいのかもしれません。しかし、今が苦しいとか、悪循環を起こしているとかで、どうにかしたいと考えるのであれば、この選択ということを意識して考えることが大切です。 人というものは、私たちが考えている以上に、積み重ねることや今を耐えてより大きな満足を得ることが苦手です。また、目の前の小さな苦を避ける傾向もあります。例えば、目の前に大好きな粒チョコを1つ置きます。今すぐ食べてもよいのですが、10分待ったら3つ食べてもよいというルールがあるとします。意識して考えると3つ食べたいのに、目の前の1つのチョコを食べてしまうようなものです。 自分の望みに近づける行動

《続・気軽にSOS》73 緊張とリラックス

【コラム・浅井和幸】緊張をせずに人前で堂々と話ができたり、発表会でいつも通りの力を発揮したりできたらよいな~と考えることはありませんか。真面目な日本人、失敗したら人生が終わってしまうと考えて日々を過ごしていないでしょうか。 緊張から手が震えたり、頭が真っ白になって言葉が出なかったり、変な歩き方をしてしまったりと、いろいろな失敗をしてしまいます。おなかが痛くなったり、めまいがしたり、呼吸がしづらくなったり、不安やイライラがあったり、手を長く洗ってしまったりと、心身に不調が出てくることもあります。 これらは緊張するからではなく、緊張し過ぎてしまうからと捉えるとよいです。緊張は一概に悪いものではないからです。リラックスし過ぎても、仕事や勉強、人と話をすることなどはできないものです。ダラダラした状態だとうまく動けないので、気合いを入れて試合に臨むというとニュアンスが伝わるでしょうか。適度な緊張がある方が、物事をなすには向いています。 人前でリラックスし過ぎて失敗してしまう人は、少し気合いを入れるために両こぶしに力を込め、身体の前で交差し、肘を後ろに引くようにして手を開き、「ふんっ!!」なんて声を出しながら、何回か続けて行って…。 身体の力が抜けちゃうとか、もう少しやる気を出したいときは試してみてください。という緊張しなさ過ぎの対処法はいらないでしょうか。それよりも、緊張し過ぎでうまくいかないときの対処法の方がニーズはありますか。心と体はつながっているので、身体が楽になると、それにつられて心も楽になりますので試してみてください。 ルーティーンを変えてみる

《続・気軽にSOS》72 感情を出そう

【コラム・浅井和幸】とても美人なAさん。無口で、あまり喜怒哀楽を表に出さない人だった。人とコミュニケーションを多くとる人でなかったので、あまりトラブルは無かった。 けれど、周りからの評価は、「冷たい」とか「お高くとまっている」だった。Aさん本人も、自分が周りから良く思われていないのは感じていた。出来るだけ嫌なことも顔に出さないように努めているのに、どうすればよいか分からなかった。 私が接している限りでは、Aさんは少しだけコミュニケーションが苦手なのと、人見知りをする人という印象である。慣れた人とだとよく笑い、人の言葉をよく聞く人であった。 さて、人に好かれるには感情的になってはいけないという教えを受けた人は多いことだろう。怒らずに、いつも笑顔で人に接することが大切だ、むしろ感情は押し殺すものだ、と。 女性は人前ではニコニコしていることが大切で、それが出来ないから自分は人から好かれない。ニコニコしようと思ってもぎこちなくなるから、余計に人と話が出来ずに距離が出来てしまう。Aさんは、そのように考えていた。 大切なのはその表現方法

《続・気軽にSOS》71 やる気のスイッチってないの?

【コラム・浅井和幸】自分は、追い詰められないと物事が始められない。そう考える人は多いのではないでしょうか。やる気スイッチがあればよいのにと、締め切りギリギリ、約束の時間ギリギリになってしまうときに、思ってしまうものです。 そういう私も、今、この原稿を日付の変わるギリギリに書き始めています。あまり説得力がないことは分かっていますが、とりあえず、そんなヤツの話でも聞いてやろうかという寛容な気持ちで読んでいただけると幸いです。 まずは、やる気が起きないときに、私たちが行っていることは何でしょうか。 (1)嫌な作業であり、先々まで、いろいろと考えてしまう(2)なんとなく、ダラダラした状態である(3)緊張し過ぎ、「…しなきゃ」と考えれば考えるほど、身体が動かない―などは代表的なところでしょうか。 まず、(1)です。なかなか物事を始められないときというのは、嫌なことを考えて1歩目が動かないように考えてしまっています。その作業は、嫌なことだから避けよう、始めないようにしようとしてしまうのです。 やる気というのは、行動した後に出てくるものだと心得ましょう。大掃除をするのはおっくうで先延ばしにしてしまいますが、とりあえず机の上を拭いたら、別のところの汚れも気になり始めて、さらに掃除をしたくなるという経験をした人は多いでしょう。

《続・気軽にSOS》70 つらくなったときに誰を頼るか

【コラム・浅井和幸】Aさんが自らの命を絶つしか方法が思い浮かばない―その不安感、恐怖感、絶望感は、そうでない立場に立つBさんには想像を絶するものです。BさんがかつてAさんと「同じ状況」を経験していても、それは「似た状況」であって「同じ状況」ではありません。 他の人の苦しさを簡単に推し量ることは誰にもできません。苦しさの最中にいる本人でも、分からないこともあるものです。「視野が狭くなっている」と表現することも可能な苦しい状況ですが、その「視野の狭さ」が当人には感じることのできる世界の全てなのです。 AさんとBさんには何ができるでしょうか。まずBさんですが、ある日、突然Aさんのような苦しい状況に陥るかもしれません。そのときのために、Bさんは普段から信頼できる複数の人間関係をつくっておきましょう。何かにつけて、その人たちに相談する習慣をつけておくとよいです。 つらくなったときには、誰を頼るか、どこに連絡を取るかなどを、日ごろからメモしておくのもよい方法です。これは、普段から避難訓練をしていたり、「119」「110」などの電話番号を意識したりしている方が、いざ火事や事故のときに行動がとりやすいのと同じです。 信頼できる人と時間を共に そして、渦中にいるAさんはどうすればよいでしょうか。まず「死にたい」と考えてしまう状況は、充分に医療に頼る理由になるということを覚えておいてください。

《続・気軽にSOS》69 仕事はお金のため?

【コラム・浅井和幸】30代男性のAさん。彼は借金をし、家賃を滞納していた。身よりもなく、人生の半分は家族とのつながりのない生活を送っている。こういった話を聞くと、怠け者で、誰ともコミュニケーションが取れないというイメージを持つかもしれないが、彼は嘘をつかず、人懐っこく、朗らかなしゃべり方をしていた。 複数のアルバイトをし、質素な生活をしている。しかし、職場の友人と遊ぶことにお金を使ってしまい、生活の基本に回せていない状況だった。お金を使ってでしか、人とつながれない寂しい状況だったのかもしれない。 アルバイトも長く続けていたけれど、新型コロナの影響が大きい分野で、出勤時間が減り、生活に支障をきたすようになった。それでも、一つのアルバイトは、正社員になれるかもしれないという期待もある。 私が「何か将来の夢か希望はありますか?」と聞いたら、「こんな自分がおこがましいのですけれど」と前置きし、「〇〇の店を自分で出せたら最高ですね」と答えてくれた。 なるほど、だから今のバイトなのかと納得した。そのバイトで足にけがをしたAさんだが、「これも仕事をしているのだからしょうがないです。それよりも、いろいろ技術や知識を得られるので楽しい」と、明るく答えてくれた。 おおよその収支を聞き取り、対策を考えてやり、彼は生活の立て直しを始めた。数年は苦しいだろうけど、頑張れば何とかなるだろう。「一緒に悩んでいきましょう」と言って別れたが、何かあるごとに相談の連絡があった。

《続・気軽にSOS》68 猫とのコミュニケーション

【コラム・浅井和幸】私は常日ごろから、コミュニケーションが大事と伝えています。日常の人間関係でも何かの支援でも、相互の気持ちを伝達し合うこと、感じ取ろうとすることが大切と考えています。 事実と推測を一緒くたにして過ごしていることは多いものです。あの人は私を嫌っているとか、私の気持ちを相手は酌(く)んで動くべきだ、という思い込みで日常生活を送りがちです。また支援にしても、良い支援と悪い支援、良い言葉かけと悪い言葉かけに分けて決めつけ、相手がどのように感じているかは二の次、三の次になしてしまうこともしばしば、というより、思い込みで動いていることの方が多いのです。 それは人間同士だけでなく、猫と人間でも同じです。浅井家だけに通じる言葉、「みー触り」「らえる触り」「とまと触り」というものがあります。「みー」「らえる」「とまと」は、浅井家にいる(いた)歴代の猫です。 さば白柄のオス猫「みー」。甘えん坊で、いつも人間にベタベタとくっついてきます。遠くにいても呼べば寄ってくるし、玄関まで人間を出迎えたりします。この猫は、ガシガシ強めに撫(な)でたり、軽く肩叩きをするかのように叩くととても喜びます。この撫で方を「みー触り」と呼んでいます。 猫の気持ちと距離を測りながら 「みー」よりも、一回り大きなスモーク柄のメス猫「らえる」。洗濯機や机の上に乗ると、体当たりをするように甘えてきます。しかし、普段は遠巻きにこちらを見ていました。それだけ強く当たってくるのであれば、やっぱり「みー触り」が良いだろうと思って触ろうとすると、逃げていきます。

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描いて木の魅力を引き出す 上渕翔さん展覧会「木に描く」

つくば市在住の画家、上渕翔さんの展覧会「木に描く」が水戸市備前町の常陽史料館で開催中だ。板や丸太などさまざまな木に、ウッドバーニングやアクリル絵の具、金箔などで描いた58点の作品を展示しており、白いキャンバスを離れて自由なアプローチを目指した、この10年間の集大成と言える内容になっている。 上渕さんは熊本県出身。筑波大学で油絵を学び、卒業後ウッドバーニングを始めた。電熱ペンを使って木を焦がし描く技法で、木と絵の一体感が強く出るという。「木自体の色や存在感が好きで、それを見て何を描くか考えるのが面白い。例えば木目が風のそよぎにも、降り注ぐ雨にも、水の流れにもなる。木の力を借りて作品が生まれていて、同じものは2つとない」 制作中の上渕さん。電熱ペンから細い煙が立ち上る 生活に入り込めるアートを作りたいという思いもあった。絵を買って部屋に飾るのは、特に若い人にはハードルが高い。より手にしやすいよう小さな升や桐箱などに絵付けした作品を発表し、そこから桐下駄、羽子板、曲げわっぱなど日本の伝統的な木製品にも目が向いていった。 製材所で見付けた古材や、骨董市で出合った建具などからも「描けそう」とインスピレーションを得て、その素材ならではの雰囲気や存在感が生かせる画題や手法を選んでいる。

「つくばセンター」に見る満映の影 《映画探偵団》43

【コラム・冠木新市】「広々とした大野原の中に、魔術の如(ごと)く聳(そび)え立つ、豪華な建築—寛城子(かんじょうし)を見た直後なので、狐(きつね)につままれたやうだ。宮殿の如く、銀行の如し」(徳川夢声)。 岩下志麻主演『極道の妻たち』 つくばセンターを象徴する映画は『仮面ライダー』シリーズだとずっと思い込んできた。しかし最近では、同じ東映の『極道の妻たち』シリーズではないかと揺れ動いている。この映画はセンタービル誕生3年後の1986年に公開され大ヒット 。ビデオも売れ、テレビ放映の視聴率も高く、関係者を仰天させた。 日下部五朗プロデューサー、高田宏治脚本、五社英雄監督―このトリオと、題名から受ける印象で誰もがヤクザ映画と信じていた。ところが、任侠・実録ヤクザ映画ブームはすでに終わっている。 岩下志麻主演でその後10年以上続くこのシリーズは、対立組織との抗争で性根の定まらない男性を支える、女性を描いた作品との理解が深まる。つまり純粋な女性映画だったのである。 東映映画史を振り返ってみよう。

道路工事で光ケーブル切断 つくば市

つくば市は13日、同市下平塚で、市発注の道路改良工事をしていたところ、業者が誤って電線の光ケーブルを切断する事故が発生し、近くの店舗2軒が光ケーブルを同日、使用できなくなったと発表した。 市道路整備課によると、同日午前9時30分ごろ、道路のU字溝を入れ替える作業の資材置き場で、作業員が重機でがれきを整理する作業をしていたところ、重機のアームが電線に引っ掛かって、光ケーブルを切断した。 市はただちにNTT東日本に連絡し復旧を依頼、切断された光ケーブルを使用していた店舗2軒を訪れ、事故の説明をして謝罪した。光ケーブルは同日夕方までに復旧したという。 再発防止策として市は、受注業者に対し、施工中の保安措置の徹底を指導するとしている。

小石が跳ね来園者けが つくば市平沢官衙遺跡

12日午後4時30分ごろ、つくば市平沢、平沢官衙(かんが)遺跡歴史ひろばで、業者が芝刈り機で作業を行っていたところ、小石が跳ね、付近を散策していた50代女性の頭部に当たり、側頭部が腫れるなどのけがを負う事故が発生した。つくば市が13日発表した。 市文化財課によると、女性は12日、同遺跡を見物するため市外から2人で来園した。同日午後4時30分ごろ、歴史ひろば南側の道路を散策していたところ、近くで作業をしていた芝刈り機から小石が跳ね、女性のこめかみ近くに当たった。 事故当時、2人の作業員が芝刈りをしていた。小石の大きさや、どちらの機械が小石を跳ねたかなどは不明という。 女性はそのまま帰宅し、その日の晩に市に事故の連絡があった。13日現在、側頭部の腫れと首の痛みがあるという。14日以降、医療機関での受診を予定している。 同課によると、同歴史ひろばは面積が大きいため、芝刈り作業中は石跳ね事故を防止する衝立(ついたて)やフェンスなどは設置しておらず、近くに人がいないことを確認しながら作業を実施したという。同広場では年3回芝刈りを実施している。 五十嵐立青市長は「管理作業中に来園者にけがを負わせてしまい深くお詫びします。今後再びこのような事故を起こさぬよう、管理作業を受託している全事業者へ注意喚起と飛び石防止の安全対策を徹底するよう指導します」などとするコメントを発表した。