金曜日, 1月 28, 2022
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浅井和幸

現在過去未来 《続・気軽にSOS》96

【コラム・浅井和幸】かなり前になりますが、知り合いのプロのアナウンサーからこんなことを聞きました。例えば、結婚式の司会をするとします。素人の中にもプロ顔負けのしゃべりのうまい人、進行のうまい人はたくさんいます。ですが、プロと素人との違いは、ミスをしたときやハプニングのときの対応力の違いです。想定外のことが起こって、そこから立て直して進めることができるのは大切なことです。そして、ミスをミスと感じさせないテクニックもプロは持っていたりもします。 この話を思い出したのは、つい最近のことです。どうして思い出したかというと、私は数年前から素人の楽団に参加させてもらっています。マンドリン、ギター、コントラバス、パーカッション、フルートなどの数十人で、演奏を楽しんでいます。そこに、プロの先生が指揮者として、演奏指導として来られています。面白い先生で、ときにはユーモアを交えて分かりやすく指導をしていただいています。おかげで楽しい雰囲気で練習ができ、300人ほどの前で無料コンサートもしています。 ある練習のとき、その先生が話してくれたことが印象に残っています。「皆さんはミスをすると、いかにも自分がミスしましたよと、変なリアクションをしますよね。譜面をのぞき込んだり、まずいと変顔をしたり。ミスをしたところにいつまでも拘っていると、進んでいる曲の今の演奏の部分がおろそかになります」。 「うまい人は、ミスをしても曲が進んでいるのならば、そのミスを引きずらずに次のことを考えます。引きずっている場合じゃないはずなんです。終わったところにかまっていられるほど暇ではなく、次の演奏で考えなければいけないこと、やらなければいけないことがたくさんあるからなんです」 嫌なことを感じるだけの毎日はつらい この話を聞き、私たちの毎日の生活でも同じことが言えると思いました。生活しているうえで、どの部分を考えて行動するのかは、人それぞれの価値観なので唯一の正しいことというものはないと思います。しかし、物事をよりよくしていこうと思うのであれば、ミスをいつまでも味わい続け過ぎてはもったいないでしょう。

カーナビで「現在地」を知る 《続・気軽にSOS》95

【コラム・浅井和幸】カーナビゲーションシステム、いわゆるカーナビはとても便利なものですね。方向音痴な上に、物覚えの悪い私にとっては、茨城県内の相談依頼人のところに自動車で伺う時には、なくてはならないものです。 30年ほど前、ほとんどカーナビが普及していない時代には、数千円する地図を買って、前日に行き先を調べていました。大切な用事の時は、前日までに予行演習で目的地まで行って確かめることもしていましたね。20年前でも、インターネットの地図をプリントアウトして調べていました。 道順を赤ペンで書いて確かめていましたが、1回でもその道順から外れてしまうと、自分がどこにいるか分からなくなり、お店の人や道を歩く人に現在地を聞くしかありませんでした。 現在地が分かることが、カーナビの最大の利点だと思います。ナビの指示通りに行かず道を間違っても、またそこからの道順を再検索してくれます。 「どこまでできているか」を確認 悩み相談でも、全く同じことが言えます。いかに現在地が分かるかが大切です。不登校やひきこもりの子を持つ親御さんが相談に来た時に、お子さんがどのようなことができるのか、親御さんがどのようなことができるか、どのように関わることができるのかを洗い出していきます。

料理を作らない人が味に文句を言う 《続・気軽にSOS》94

【コラム・浅井和幸】「うちの旦那は、いつもは何も言わないで、おいしくない時だけ文句を言ってくる。文句があるのならば、自分で作ればよいのにと言ってやりたい。料理を全くできないのに、文句ばかり言うなとも言ってやりたい」 いろいろな場面で見られることですね。上司、親、子供、客、利用者、支援者、評論家などなど。自分ができないのに、人に言ってくるなという感覚も分かります。でも、自分ができないことは誰にも言ってはいけないとなると、完璧な人間でないと不満や指摘も伝えられなくなってしまいます。 なので、言う方と言われる方の関係性が良好であるかどうか、良い部分の指摘もできるかどうかということが、お互いが受け入れられるか拒否感を感じるかの大きな要因となるでしょう。 何か悪いところを指摘する方と指摘される方では、指摘をする方がちょっと上であるような、物事を知っているような、ちょっとした上下関係が生まれます。相手に嫌な思いをさせてまで、相手より自分の方が上だとして優越感に浸る。いわゆる「マウンティング」と言われるものでしょうか。有効的な関係を保つにはよくない、悪手ですね。 相手を打ち負かして勝ち誇る「論破」という言葉が、ネット上でもよく見られます。それは、知恵や知識を使って相手をやっつけるようなやり取りです。それで「論破」できれば、すべて自分の方が分かっている気分になれます。気分はよいでしょうが、それはとても危険なことです。 「あれ? そんなに言い切って大丈夫?」

プライドと劣等感 《続・気軽にSOS》93

【コラム・浅井和幸】①周りを低く見る言動をする。②自分は素晴らしいという評価を周りに押し付ける。ちょっとでも悪く言うと怒りだして、①や②の言動で周りを攻撃してくる。程度の差はあれ、誰にでもある性質です。ささいなことならば、子どもっぽくてかわいいで済みますが、程度がひどく、繰り返す場合は、厄介な人で、できれば関わりたくない人ですね。 関わらずに済むのなら簡単な話ですが、それが家庭、教室、職場でいつも顔を合わす人だと大変。気を使いすぎて、抑うつ状態になって、相談室を訪れる人もいるぐらいです。 DV、児童虐待、いじめ、パワハラなど、「自分のことをきちんと評価してほしい」という願望の持ち主(加害者)によって、弱者が苦しめられるという構図がしばしばあります。 「自分のことをきちんと評価してほしい」という願望は、「周りの評価が気になる」という性質と、「自分は正当な評価を受けていない」という気持ちが強ければ強いほど、大きくなります。これらの性質は、つまりは劣等感だと言うことです。 パワハラ上司と付き合う方法 自分とパワハラ上司という関係で考えてみてください。「自信満々で、自分のことを責めてくる上司が、劣等感を持っているなんて信じられない。大きな声で怒鳴られて、縮こまって苦しんでいる自分の方が劣等感の塊だ」と考えますよね。

「何を伝えたいか」の一つ先を 《続・気軽にSOS》92

【コラム・浅井和幸】引きこもって家から出ないお子さんを持つ親御さんが、相談室に来談することがあります。私は、お子さんの人とのつながりがどのようなものかお聞きします。外に出ることもないので全くないという回答もあります。 親御さんに、お子さんとどれぐらいのコミュニケーションがあるのかお聞きしますと、「ほとんどない」「全くない」と答える方は多いものです。全くないということは、意思疎通が全くないということですから、「生きていけるのかな?」と疑問を持ち、例を挙げて詳細に質問をします。 例えば、テレビを見て雑談はするか? ご飯は食べるかと聞いてうなずくか? 全く顔を合わせることがないとしても、食事をドアの前においたら、食べ終わった食器をドアの前に置いておくか? ここに挙げたような例もないという答えもありますが、ほとんどは、それぐらいのやり取りはあるようです。コミュニケーションというと、「笑顔での会話」と捉えていることが一般的のようですが、私は「意思疎通」だと思っています。このようなズレを、まさにコミュニケーションで縮めていくために、相談時間を費やすことも多いものです。 ネット検索では反論も併せて検索

完璧な能力は人生に必要?《続・気軽にSOS》91

【コラム・浅井和幸】人間の脳には臨界期というものがあるようです。「人間の能力には」と言ってもよいかもしれません。ネットで「脳の臨界期」を検索すると興味深い論文などがみられるので、ぜひ調べてみてください。面白いですよ。ま、ひねくれ者の皆さんは、プラスして「批判」の検索も楽しいです。 平たく言うと、〇〇歳までに習得しないと完全に習得できない能力というものがあり、その〇〇歳というのが臨界期というわけです。あらゆる音が絶対的なド、レ、ミ…に聞こえる絶対音感、語学の発音、バランス感覚などなどがあるようです。この理論を重んじると、早期に教育しなければ立派な大人になれない、といった教育論につながりやすいですね。 商売というものは、そこをうまくついて広告するものですね。「資格をとろう」なんて、気を付けてくださいね。 全てを否定するつもりはありませんが、私が否定的な文章を書いている理由の一つは、それが個人個人に合った教育からかけ離れてしまう危険性です。例えば、「ハイハイ歩き」よりも「つたい歩き」の方が人間として価値が高いと言って、「ハイハイ歩き」をさせないと、これで習得する大切な能力が得られない可能性があります。 成長には個人差があるのに、〇〇カ月で「つたい歩き」を習得しないと、まるで子育て失格だと自分を責めてしまう親御さんもいますね。 立派な勉強は実を結んだ?

路上生活者からの相談 《続・気軽にSOS》90

【コラム・浅井和幸】私が代表理事をしているLANSという一般社団法人があります。「住宅確保要配慮者居住支援法人」というカテゴリーで活動をしています。平たく言うと、アパートを借りにくい人たちに住まいの確保についてアドバイス。地域で孤立していたり、住宅に安定して住み続けられない可能性がある方の見守りなどを行っています。 生活困窮者、高齢者、障害者、1人親世帯、被災者、DVからの避難者、外国人など、様々なカテゴリーの方に対応しています。このところ、新型コロナを原因とする離職なども多く、これらの方々にも対応しています。 ある日、次のようなメールが届きました。「はじめまして。今、路上生活をしております。電話回線がつながっていないので、メールさせていただきました。所持金もない状況ですが、相談に乗っていただけないでしょうか」 電話の契約を解除したけれど、フリーWi-FiがあるところでLANSを見つけ、メールしたとのことでした。路上生活で目を悪くし、一刻も早く医療につなげなくてはいけない急を要するケースでしたが、メールでのやり取りなので会うまでに数日を要しました。 お会いしたらとても聡明(そうめい)な方で、電話を解約したのも、社会復帰するときにスマホ契約ができないブラックの状態ではまずいと考えて、自ら解約したとのことでした。気ままな路上生活を数年されていたのですが、多くあった貯金も底をつき、自分だけの力では社会復帰ができないところまで来てしまい、協力をお願いしたいとのことでした。 仕事を見つけ税金を払う生活へ

難しいという表現 《続・気軽にSOS》89

【コラム・浅井和幸】私は、様々な悩みを持ち相談に来られる方に日々対応しています。その来談者に対し、あまりに難しい顔をしていたり、解決が難しい悩みですねと軽々しく言ったりはできません。必要以上に苦しめてしまうかもしれませんからね。もちろん、軽々しく扱うものではありませんから、どれぐらい難しい問題なのか、こちらが感じ取ることは大切です。 簡単な問題であれば、来談者は労力を割いて相談には来ません。持ち込まれる問題は全て難しいものです。少なくても来談者にとっては難しい問題であり、何かしらの支障が出ているわけです。 それに対し、相談を受ける側―カウンセラーとか支援者―も、日々、来談者と一緒に悩んで、どうにか解決できないかと考えています。私は、この支援を行っている側からの相談を受けることもあります。そして、支援者とのコミュニケーションの中で違和感があり、「難しい」という言葉を使わなくなりました。 大げさに表現すると、このような会話になってしまうのです。支援者「…という問題に対応しているのですが、何か対処法はありますか? 難しいですか?」。浅井「難しいですね。だから、いろいろ対処法を考えて…」。支援者「ですよね。浅井さんでも、やっぱり何も出来ないですよね」。 このような会話になってしまうのは、私が使っている「難しい」と、一般社会やこの支援者が使っている「難しい」という概念に大きな開きがあるためです。私は「簡単ではない」とか「すぐには答えが出ない」事柄を表現するときに、「難しい」という言葉を使います。(「難しい」「簡単」などの評価は、次の対処のためにするものだという意識が強いです。さらに工夫を考えて対処が必要だという意味と捉えてもよいでしょう)

こんなに言っているのに改善されない 《続・気軽にSOS》88

【コラム・浅井和幸】かなり前から、何度も何度も繰り返し言っているのに、何も改善されない。そのように感じる人は多いのではないでしょうか。それは、社会に対してかも知れないし、知り合いに対してかも知れないし、家族に対してかも知れません。ときには、自分に対して感じることもあるかもしれませんね。 「人は変えられない、自分は変えられる」ということを鵜呑(うの)みにする必要はありません。私たちはコミュニケーションをとって相手に影響を与え、相手が変わることも経験しているはずです。批判をすることも悪いことではなく、批判をすることで改善されることだってあるでしょう。 しかし、何度も繰り返し伝えているのに変わらないと感じたときに、どのような手段を今後とっていくか、とらえ直すことは大切なことです。もちろん、同じ手段を重ねることも、黙って相手が変わるのを待つことも一つの手段として有効なことはあります。ですが、多くの場面では、同じ要素が集まれば、同じ結果が表れるのは当然で、結果、同じことが繰り返されます。 例えば、「宿題やれ」とか「もっとまじめに考えろ」とか「お菓子を食べるな」とか「不正をなくせ」とかの言葉を、同じ状況で、同じように繰り返し伝えたところで、そこに集まる要素は変わらないので、材料が同じであれば同じ現象が起こり、改善されません。批判を伝える相手が敵対しているならば、同じ現象が起こるどころか、批判とは反対の方向に進み、事態は悪化します。 足りない何かを足すことが必要 もし、同じ言動を繰り返しても変わらないのであれば、そして変えたいと思うのであれば、足りない何かを足す必要があります。それが、その相手と味方の関係になることなのか、むしろその相手は無視して自分が行動してしまうのか、別の批判の仕方をするのか、足りない何かを探し試します。足りない何かは、自分がすべて背負う必要はなく、他の誰か志を共有できる誰かに動いてもらってもよいかもしれません。

ダイエット中のご褒美がケーキ 《続・気軽にSOS》87

【コラム・浅井和幸】さぁ、仕事も頑張った、嫌なことにも耐えた、ダイエット中だけど、今日は自分にご褒美として大き目のケーキを食べちゃおう。この文章は、「当たり前」「普通」でしょうか? それとも「変」でしょうか? では、今週はダイエットがうまくいっているから、ご褒美にカロリーの高いものを食べるのはいかがですか? 山登りをしていて、この1時間は頑張ったから、ご褒美に100メートルだけ下っちゃおうは? 分かっちゃいるけど、やめられねぇ。そんな言葉が、半世紀以上前にはやりました。まさに、人間の本質をとらえた素晴らしい言葉ですね。 目標や希望に向かって歩き続けることは、難しくつらいことが多い。目標や希望の反対方向に、うれしいことがある。そう感じている人は多いし、そのように教育されますよね。我慢して勉強するのが素晴らしい、嫌なことがあっても続けることがよい、苦しいことをするから尊敬される―と。 一般的にそう教えられたりすることも多いですが、山を登って朝日を楽しむ人、ダイエットに成功して健康的になる人、コツコツと仕事や活動を続ける人も確実にいます。

間違いを恐れる 《続・気軽にSOS》86

【コラム・浅井和幸】私たちは、「…しなければいけない」「…してはいけない」という、たくさんのルールに縛られています。それは、ある地域や集団であったり、あるイベントであったり、2者間や個人的なものであったり、さまざまです。本当にしなければならないことは少なく、むしろ「…するに越したことはない」とか「…ができたほうがよい」ぐらいに、言葉を直してみるとかなり楽になるものです。 生活の中で多くの場合、何となくの「常識」や「普通」と一般化して、正当性が自分の考えにあると感じてしまいやすいものです。その一般化をしているルールが独りよがりであり、誰もそのルールを押し付けてられていないのに、苦しんでいることもよくあることです。 周りのみんなが自分をバカにしている気がする。それは、自分は勉強ができなかったからだ、稼ぎが悪いから人間的な価値がない、容姿が悪いと人に嫌われる―などなど、挙げたらきりがありません。 また、自分の価値観に自信が持てないため、世間一般を持ち出して自分の意見が正しいと、相手をやり込めようとすることもよくあります。そんな考えは世間じゃ通用しない、普通は私のように考えるのにあなたは普通じゃない―と。ケンカになったときに出やすい言葉ですね。私の意見の方が「常識」「普通」だし、「みんなもそう言っている」という理屈です。 多数派であれば間違いがないのか? このようなやり取りの中で負け続けると、コンプレックスが生まれます。それで、自分を責め続けたり、相手に対して攻撃的になったりします。間違えることに対して、極端に怖さを感じてしまい、間違いを避けるようになります。だから、「常識」「普通」を味方につけたくなるのです。多数派であれば間違いがないという、安心感を持ちたいわけです。

「コップ半分の水」の捉え方 《続・気軽にSOS》85

【コラム・浅井和幸】ここにコップがあります。そのコップには水が半分入っています。このコップを見て、「コップに水が半分しか入っていない」とネガティブに考えることはいけないことで、「コップに水が半分も入っている」とポジティブに考えることがよいことだと教えられる場面があります。 世間では、ポジティブが良いことで、ネガティブが悪いことだと教わります。さて、コップに水が半分「も」入っていると考えるのがよいのか、半分「しか」入っていないと考えるのがよいのか。それぞれが勝手に好きなように考えればよいと思いますよ。 ですが、浅井はどのように考えるのか?と聞かれたら、「コップに水が半分入っているのだなと考える」と答えます。いやいや、それをネガティブに考えるのか、ポジティブに考えるのか?という質問に答えなければいけないとなると、どんな大きさのどのようなコップに、どれぐらいの水が入っていようが、ポジティブでもなければ、ネガティブでもないよと捉えます。 大切なのは、このコップと水のある背景、シチュエーションです。コップに水が入っていることが良いことか、悪いことか? そして、「も」と捉えることと「しか」と捉えることのどちらがよいことかは、別の条件がなければ判断できません。 ポジティブ思考とネガティブ思考 例えば、コップ半分の水で、十分にのどの渇きが潤せるのであれば、それは「コップに水が半分も入っている」というポジティブな意味にとらえられます。

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カスミの新業態「BLANDE」つくば並木店オープン ウエルシアと売場融合

食品スーパーのカスミ(つくば市、山本慎一郎社長)が28日、つくば市並木4丁目に新業態のスーパーマーケット「BLANDE(ブランデ)つくば並木店」を開店した。ドラッグストア大手のウエルシア薬局と売り場、レジをを一体化したのが特徴で、医薬品を除く化粧品や日用品などを食料品とまとめて決済することができる。「フード、ヘルス、ビューティー&ウエルネス」をコンセプトにし、より利便性の高い新しいスーパーマーケットの形を目指す。1号店は売場面積2353平方メートル、年商目標は16億円。 早速にぎわう果物売り場=BLANDE店内 食料品ではカスミのプライベートブランド「MiiL KASUMI(ミールカスミ)」でオリジナル商品を作り、地元ならではの品やこだわりの品をそろえる。総菜売り場ではアジアン、エスニックなどさまざまな国のメニューのデリカを用意。お酒売り場ではアプリを活用して好みのワインを探せたり、有料でワインテイスティングしたりできるコーナーも展開する。つくば市手代木のイタリアンレストラン「TRATTORIA E PIZZERIA AMICI(トラットリア・エ・ピッツェリア・アミーチ)」が監修した焼きたてピザも提供する。 レジを通らずに買い物できるスマートフォンアプリ「Scan&Go Ignica」を利用した会員制プログラム「BLANDE Prime」の導入も新しい試み。ブロンズ、シルバー、ゴールドと3つの会員グレードを用意し、有料会員はオンラインデリバリーの配送料無料やカスミの管理栄養士による健康相談、コーヒー1杯無料などのサービスが受けられる。 有料会員用の管理栄養士によるヘルスサポートコーナー=同

高田保の「ブラリひょうたん」 《ひょうたんの眼》44

【コラム・高橋恵一】高田保は、土浦出身の劇作家、映画監督、舞台演出家、随筆家である。旧土浦町の旧家に生まれ、子供のころから気遣いができて話も面白く、同級の者以外とも交流するなど、人望が厚かったそうだ。 旧制土浦中学(現在の土浦一高)を経て早稲田大学の英文科に進み、頻繁に銀座に現れるなど生活を謳歌(おうか)したという。中学の入学試験はトップだったが、2位には阿見町出身の下村千秋がおり、その後、2人とも文筆の道に進んだ。 保は、大学在学中から新劇運動に参加。戯曲に取り組んだり、劇団の脚色、演出、小説の執筆など、幅広い分野で活動。人柄もあって幅広い付き合いがあった。 東京日日新聞(現・毎日新聞)の学芸部長だった阿部真之助から、菊池寛を顧問とした学芸部社友に、大宅壮一、横光利一,吉屋信子らとともに招かれ、活躍。彼らの文章を評して、「マクラの阿部真之助、サワリの大宅壮一、オチの高田保」と言われたこともあるという。 戦時中から体調を壊し、大磯(神奈川)に住まいを移し、晩年は、同じ大磯の志賀直哉の旧居に住んだ。 戦後、1951年の12月から、東京日日に、1日1文「あとさき雑話」を書き始め、新年からは表題を「ブラリひょうたん」に改めた。なぜ、ブラリなのか? なぜ、ひょうたんなのか?...

内臓脂肪に機能性成分 農研機構開発ミールセット、3月発売へ

超高齢社会に向け、健康維持に配慮した食事を摂ってもらいたいと農研機構(NARO、つくば市)の設計したミールセットが近く、売り出される。26日、お披露目されたのは「NARO Style PLUS(ナロスタイルプラス)」。特に内臓脂肪の低減が期待される献立になっている。 ミールセットは50%もち麦ごはん、おかず4種類、緑茶粉末から構成される。β-グルカンを含むもち麦「キラリモチ」、カテキン豊富なお茶「べにふうき」など機能性成分を盛り込んで10メニューを用意した。 機能性表示食品制度の始まった2015年から、農研機構はその科学的根拠を確認する研究を推進してきた。陣頭指揮に当たったのが食品研究部門の山本万里エグゼクティブリサーチャーで、機能性成分を多く含む農産物を使用した弁当メニューの「NARO Style」を設計。18年からは肥満傾向にある被験者を対象にヒト介入試験を行い、平日の日中1食を一定期間継続して食べることで、内臓脂肪面積の減少が認められたと報告した。特に女性がもち⻨ごはんを摂取すると、他の機能性農産物より顕著に内臓脂肪が低下した結果が得られたという。 ヒト介入試験(2017)の結果 試験開始内臓脂肪面積が100〜127㎠の被験者や女性被験者が50%もち麦ごはんを摂取すると、他の機能性農産物群より顕著に内臓脂肪面積が低下した=農研機構提供 今回の「- PLUS」は製造、販売にフローウィング(本社・兵庫県姫路市)の参画を得て、量産体制を整えた。献立は、おかずを弁当の3種類から4種類に増やした。酢鶏などをメーンに豆類を素材とした副菜を追加している。管理栄養士によれば、10メニュー平均で1食当たり584キロカロリー、たんぱく質28グラム、脂質17グラムと栄養バランスを整えた。食塩相当量は1.35グラム、通常販売されているお弁当の約2.5グラムと比べ大幅な低塩分を実現した。

関東にも降灰の影響 巨大噴火火砕流の分布図公開 産総研

南太平洋の島国、トンガで起きた海底火山の噴火で津波が日本まで押し寄せ、大規模噴火の影響が広範囲に及ぶことを示した。日本には過去10万年でトンガの噴火の100~10000倍もの爆発を起こした火山が数多く存在する。それらの巨大噴火により火砕流がどれくらい広がったのかを示す図が「大規模火砕流分布図」として産総研活断層・火山研究部門(つくば市東)からシリーズで刊行されることになり、第1号として約3万年前の姶良(あいら)カルデラ(鹿児島)の巨大噴火により噴出した入戸(いと)火砕流の分布図が25日に公開された。 姶良カルデラの巨大噴火は火山爆発指数7で、トンガの噴火の約100倍(体積比)も大きかった(上図)。シリーズ刊行に当たり新たなボーリング試料や海底での火砕流分布のシミュレーション結果も検討した結果、入戸火砕流と火山灰の総噴出量800〜900立方キロメートルであることが明らかとなった。これは従来の推定値より約1.5倍大きい。図幅では火砕流に伴う降灰分布も示しており、関東地方では10センチ程度積もったと推定されている。 関東地方では姶良カルデラ以外にも、巨大噴火による火山灰が積もっている(下図)。 関東地方に降灰をもたらした噴火と推定降下範囲。ピンク色が入戸火砕流にともなう姶良Tn火山灰、緑色が阿蘇4火砕流に伴う火山灰、青色が鬼界カルデラ起源の幸屋火砕流にともなうアカホヤ火山灰、オレンジ色が阿多火砕流に伴う火山灰の分布=同 姶良カルデラは約3万年前の噴火しか確認されていないが、鬼界カルデラ(鹿児島)は約7000年前と約9万5000年前の2回、阿多カルデラ(鹿児島)は約10万年前と約24万年前の2回、阿蘇カルデラ(熊本)は約27万年前、約14万年前、約13万年前、約9万年前の4回の巨大噴火が確認されており、いずれも火山爆発指数は7、約9万年前の阿蘇カルデラの噴火の火山爆発指数は8と推定されている。これらの火山についても順次、大規模火砕流分布図が公開される予定で、関東地方に具体的にどれくらい降灰があったかについても最新の知見が公開される。 下司信夫研究グループ長は「降下火山灰の対策については難しいところがあるが、どうやって除去するかが大きな課題になる」としている。(如月啓)