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《続・平熱日記》66 ヒノキ、ボンバ家!

【コラム・斉藤裕之】梅雨の晴れ間は八郷(やさと)のお寺さんの裏山に薪割りの修行?に出かける。チェーンソーで玉切りにした丸太に向かってヨキを振り下ろす。1時間、30分と、徐々に頑張れる時間が短くなる。水と補水飲料の入った大きなペットボトルを2本用意したのだが、噴き出す汗の量に追いつかない。 お寺の本堂の屋根が目の前にあって、そもそもその屋根に木々の葉が落ちてよくないということで、木を伐(き)ることにしたそうだ。すぐ脇にはきれいな水が流れていて、少し上流には小さな滝もある。残された木を利用してツリーハウスなど作ったら面白いとか、小さな庵(いおり)を築いて薪でご飯を炊いたり、ピザを焼いたりするのもいいとか、勝手に想像を膨らましているのだが、そんな他愛(たあい)もない話に住職や奥様は耳を傾けてくれる。 大きな杉の切り株に座って息を整えていると、ハラハラと葉が舞い降りてくる。今ごろになると落葉する広葉樹があることを教えてくれたのは、20年以上前に借りていた古民家のクスの大木。「常盤木(ときわぎ)落ち葉」という風流な言葉があるのを知ったのは、それから大分たってからのことだ。 さてと、汗も引いたので薪割りに戻る。薪割りの何がしんどいかといえば、薪を割り台に据(す)えたり、割った薪を拾い上げて片付けること。いわゆる薪をさばく作業。伐ったばかりの木はとにかく重いし、節の場所や上下などを考えながら、その都度位置を変えなくてはならない。多くは戦後植えられたという立派な杉だが、たまにヒノキも混じる。 我が家の風呂は総スギ張り ヒノキは建築材料として貴重なものとして扱われてきた。脂分があり、独特の香りを持ち、虫にも強い。文字通り火が付きやすいから、ヒノキといわれるという説もあるらしい。知り合いの大工さんは、立派な自宅を総ヒノキで建てる際に、全てをヒノキで作ると火事になるというジンクスを信じて、ほんの僅かの部材を杉にしたという。

《邑から日本を見る》68 あな恐ろし、この日本という国

【コラム・先﨑千尋】朝令暮改、二転三転、猫の目のような、独断専行、成り行き任せ、支離滅裂。今の安倍政権のやっていることを見ていると、このような言葉が次々に浮かんでくる。「君子豹変す」や「過ちては則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」という言葉もあるが、新型コロナウイルスの蔓延に対して、素人目にもわかる慌てぶりを露呈するこの政権。学校の突然の全国一斉休校からマスクの全戸配布、10万円一律給付への転換等々がそれだ。 極め付きはこの22日から始まった「Go Toトラベル事業」。コロナウイルスの感染拡大で落ち込んだ景気を回復させる起爆剤として、当初は8月1日から始める計画を前倒しして始めた。しかし、初日に国内の感染者が800人近く出て、1日当たりではこれまでの最高を記録した。 この事業も土壇場で東京都発着は除外した。国に反発する小池知事への意趣返しでしかない。キャンセル代金を当初は出さないと言っていたのに、すぐにひっくり返す。どのホテル、旅館に泊まれば割り引きされるのか、どの乗り物ならいいのか、まだわからないとか。 小池知事は「この事業を今始めるのは、アクセルとブレーキを同時に踏むこと。外出を控えて」と言い、菅官房長官は「都内の感染者が多いのは都の責任。感染防止策を取れば大丈夫」と言い放つ。政権与党からも批判が多いこの事業が、感染者が増えつつある中でどう進展していくのかは現時点ではわからない。 私は前に「平時の時、首相や自治体の首長は誰でも務まる。しかし、重大な事件・事故、問題が起きた時、誰がトップかによって事態は大きく変わる」と書いた。1999年の東海村でのJCO臨界事故をいま思い起こしている。国も県も右往左往している時、村上達也村長は「責任はオレが取る」と言って、周辺住民を避難させた。 学校突然休校、黒川問題、コロナ会議廃止

《食う寝る宇宙》66 宇宙開発現場の言霊信仰

【コラム・玉置晋】宇宙開発は科学技術の塊(かたまり)であることは言うに及びませんよね。その中で、僕は人工衛星の運用に関わる仕事をしているのですが、面白いことに非科学的な伝承がいくつかあるので紹介しましょう。 言霊(ことだま)とは「言葉には霊的な力があり、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与える。良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こる」ということです。 これは、人間の社会では、あながち間違っているとは思いません。1人から発せられた信憑(しんぴょう)性の怪しい情報が人々に伝播して、国家的な意思決定に影響して、紛争や戦争につながることもありますよね。だから、言葉は慎重に発せねばなりません。 人工衛星運用の現場における凶事とは、衛星が通常とは異なる状態になることです。現場では、不明事象とか不具合が発生したと表現します。最悪の場合、人工衛星が失われることもあり、現場の先輩方はこれを経験してきました。だから、現場で不具合に関する話をすると、ベテランの先輩方から怒られます。 不具合を語る「軌道上技術評価」 ところが、僕は「宇宙天気防災」を専攻しています。宇宙天気は人工衛星の不具合を発生させる疫病神のようなものですが、宇宙天気が世の中に普及するには、その被害を明らかにする必要があります。僕は、衛星運用の中でも「軌道上技術評価」という仕事に取り組んでいます。

《宍塚の大池》67 江戸時代の古文書にも「大池」の名

【コラム・及川ひろみ】宍塚大池は、3本の谷津が集まる所に堤防が築かれ造られた人工の池、水田耕作用(かんがい用)の水ため池です。江戸時代の古文書(宍塚村絵図、原図は国立史料館所蔵)に大池の名が載っていますが、いつ造られたのかは分かっていません。 宍塚には古墳が20基ほどあり、宍塚古墳群と呼ばれています。どれも、宍塚大池の北側にあり、大池を臨む高台にも数基あります。里山に隣接し、国指定遺跡の「上高津貝塚」があるなど、宍塚は古くから人の営みが続いてきた所です。大池は、江戸時代より前に造られたのかもしれません。 宍塚には「半溜(はんだめ)」と言う小字(こあざ)名があります。大池の堤防より下流の谷津に立派な堤防が築かれていますが、その堤防は「半溜の堤防」と呼ばれています。半溜の名の由来を地元の古老に聞いたことがありますが、大池からの水をその谷津の半溜堤防まで溜め、その水を使い果たすと大池の水を使い、半溜の田んぼはその後耕作が行われたということでした。 そのような水の使い方がいつごろまで行われていたかを古老に問うと、「俺は爺様(じいさま)から聞いたけど、爺様の時代にやっていたんではないぞなー、その前だべ」と。ご存命なら100歳をはるかに超える方の話です。大池から半溜の堤防まで水を蓄え、大池だけでは宍塚の田を潤(うるお)すことができないほど、広く耕作が行われていたのです。それにしても、半溜の堤防は立派です。 里山の粘土で築堤 今はピザ窯造り 昭和27~28年ごろ、大池の堤防が決壊し、宍塚の町では床下浸水した家屋もありました。この決壊を受け、宍塚の人たちは総出で、「ねんど山」と呼ばれる里山の一角から大八車で粘土を運び、修復したそうです。長さ50メートル以上もある大池の堤防がいつ築堤されたにせよ、便利で強力な道具や機械がない時代の堤防の造成は、大勢の人の力で成し遂げた大工事であったことは間違いありません。

《ひょうたんの眼》29 コロナ禍で日本の観光を思う

【コラム・高橋恵一】コロナ禍で疲弊した観光産業を救うためとして、補正予算で事業化したGo to キャンペーンが前倒しでスタートする。コロナ感染は収まらず、東京都への発着は補助金の対象にせず、若者や高齢者の団体は対象外、宴会もダメ。一方、感染者の再増傾向の東京通勤圏と大阪府は対象になる。東京都だから伊豆七島や小笠原は対象外、米軍基地からの感染の恐れがある沖縄への旅行は補助対象。 日本地図を横に置いて眺めると、いかにもちぐはぐな観光振興策である。第一、コロナウイルスは人間の作った都道府県境に規制されることは無いのだ。 近年、日本の観光は、政府の肝いりもあって、外国人観光客の受け入れ、インバウンドが盛んであったが、昨年、隣国同士のケンカで、韓国人観光客がほぼゼロになり、中国観光客も一時ほどの爆買いが減ってきたところにコロナ騒ぎで、欧米を含め、外国からの観光客は皆無になってしまったのだから、関連業界は大変深刻なのはわかる。増して、今頃は、東京オリンピックで日本中に観光客があふれているはずだった。 感染は人の移動に伴うものだから、観光地を抱える各地方は、それぞれの県内での観光振興を、政府のGo toキャンペーンに先行させる動きを始めたところであった。地元の観光を見直してもらう機会でもある。 石川県和倉の高級観光ホテルへ

《県南の食生活》15 梅干し

【コラム・古家晴美】例年だとそろそろ梅雨明けの時期だが、今年はどうなるだろうか。梅雨が明けると、今回取り上げる「梅干し」には不可欠の「土用干し」が待っている。保存食と言うよりも、要冷蔵の半生ものとして減塩あるいは蜂蜜漬けされた梅干しを購入される方も多いかもしれないが、自家用に手作りしている友人知人も結構いる。 しかし、そういう筆者は、オンライン授業の準備に振り回されたことを言い訳に、今年は作りそびれてしまった。作る年には、青梅を新聞紙の上に並べて完熟させてから作業に取りかかる。この時に部屋中に溢(あふ)れる甘い香りは、毎回、ささやかな喜びをもたらしてくれると言えば、手作りしている方の多くは頷(うなず)かれるだろう。 「梅干し」が文献に初出するのは、鎌倉時代中期の『世俗立要集(せぞくりつようしゅう)』だが、稲作技術と共に日本に伝わってきたのではないか、最古の料理書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』に記述があり奈良時代後期には日本でも確実に作られていたのではないか、と諸説ある。(有岡利幸著『梅干』、法政大学出版局 ) 安価で保存性が高く、庶民の日常食と思われがちの「梅干し」であるが、室町時代、禁裏(きんり)への献上品ともなり、16世紀後半には粥(かゆ)と共に天皇の朝食膳に上っていた。また、梅干しは僧の祝賀膳にご馳走として、あるいは禅僧や社家の人たちの贈答品として重宝されていた。 土用干し 『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(1697年)によれば、江戸時代になると、庶民も元旦には茶に梅干しを入れた「大福茶(おおぶくちゃ)」で新年を祝った。うどんを食べる時に、梅干しと胡椒(こしょう)が薬味として用いられる一方、醤油が普及する以前の調理料である「煎(い)り酒」にも、梅干しは削りかつお、古酒、たまりと共に欠かすことができない存在となった。

《法律かけこみ寺》20 大量の雨が―おお!おお!おお!

【コラム・浦本弘海】「大量の雨が―おお!おお!おお!」「ちょっと、伯父さん落ち着いて」。伯父からの突然の電話。しかもなにやら大慌てです。 「落ち着いてもなにも、隣地から雨水が流れ込んできて困っているんだ! お隣さんの雨水浸透桝(うすいしんとうます)が詰まったようで」「薄い新トーマス? 『きかんしゃトーマス』の親戚じゃありませんよね」 どうやら事故や災害ではないようで安心しましたが、耳慣れない言葉が。 「なんだ弘海くん、弁護士なのにそんなことも知らないの? 雨水浸透桝というのは―」 伯父によれば、雨水浸透桝とはその名のとおり雨水を地中へ浸透させる設備で、雨水を直接、排水路や側溝に流せない場合に役立つことはもちろん、地下水の涵養(かんよう)や冠水などの水害軽減にも寄与するようです。きかんしゃトーマスとは無関係でした。

《吾妻カガミ》86 紙爆弾戦開始 つくば市長選

【コラム・坂本栄】コロナ禍下の選挙は従来とは少し違った形になりそうです。前回コラム「つくば市長選 2つの風景」(7月6日掲載)で触れましたように、今秋のつくば市長選に意欲を示していた保守系現県議は、コロナ下では現職市長に比べ市民との接触面が少ない挑戦者に不利になると、出馬を断念しました。再選を目指す現職も含め、市長選では「密」が避けられない集会は抑えられ、印刷物で市民に訴える「紙爆弾」が多用されそうです。 反市長の「つくば市民の声新聞」 「コロナ・ハンディキャップ」を抱える反現市長グループは6月下旬、「つくば市民の声新聞」第1号を新聞への折り込みで配布、紙爆弾作戦を開始しました。この無料紙が推そうとしている候補が誰なのかは分かりませんが、同紙は五十嵐市長の2大失政(総合運動公園問題後処理の不手際、つくば駅前ビル「クレオ」再生計画の失敗)などのリポートを掲載、現市長にマイナス点を付けました。 また、五十嵐市長の退職金辞退については、①市長退職金は市の財政から直接支払われるわけではない②市が県市町村総合事務組合に払い込んだ積立金から支払われる③したがって市長が退職金を辞退しても市財政の節約にはならない―と解説、「子どものお遊びか?」と指摘しています。 現市長陣営の「Activity Report」

《沃野一望》17 伊東甲子太郎の1 新選組加盟

【ノベル・広田文世】 灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼我(わが)ひめ歌の限りきかせむ  とて 天保六年(1835)、関八州を鎮(しず)める名峰筑波山の東麓、常陸国志筑(しづく)村(現かすみがうら市)に、旗本本堂家家臣鈴木専衛門の二男として、鈴木大蔵という風雲児が、呱々(ここ)の声をあげた。 幼いころに父が脱藩、村をでた大蔵は、水戸で文武の修練にはげむ。剣に冴(さ)え、文にすぐれ、眉目秀麗(びもくしゅうれい)、弁舌さわやかな才は、幕末という激動の時代のなかで、いつか激流の先頭を疾駆(しっく)する人物と嘱目された。 水戸での伝手(つて)をたよりに江戸へでると、水戸藩士金子健太郎の道場で北辰一刀流をきわめ、同時に、尊王攘夷を標榜(ひょうぼう)する水戸学に心酔してゆく。 北辰一刀流の技の極意は、いつか市中の評判となり、やがて、深川佐賀町に町道場をひらく伊東精一郎に見こまれ門弟となる。道場では、またたくまに師範代にまでのぼりつめる。さらに、道場の後継者として婿養子にむかえられ、はじめて、伊東性を名乗る。伊東大蔵。

《続・気軽にSOS》65 いろいろな人の支えがあるから

【コラム・浅井和幸】「浅井さんさぁ、何とかなんないかなぁ」。電話から、Aさんの声が聞こえたのは、2011年3月11日から1週間ぐらい経った日だったろうか。そう、あの東日本大震災の少し後。以前からの知り合いAさんは、福島に送る支援物資の調達活動に関わっていた。その中で、数トンの米を寄付いただけることになったが、それを福島まで送る手段を探しているとのことだった。 とても立派な活動で、お手伝いしたいのは山々だけれど、当時の私には(今もだけれど)、それに対応できる方法が想像もつかない。「え~っ、ちょっとどうしてよいか分からないけど、とりあえず考えてみるので期待しないで待っていてください」。そう回答するのが精いっぱいだった。 さて、何人かの知り合いに声をかけてみる。もちろん、よいアイデアは無い。知り合いもみな被災しているし、ガソリンも不足しているし…。そこで、当時始めたばかりだったツイッターで呼びかけてみた。電話がつながりにくい当時、ボランティア同士のやり取りや情報収集に役に立っていたけれど、今ひとつ使い方が分からず、わらをもつかむダメ元ってやつ。 そうしたら、所有しているトラックで運転して持って行けますという声が返ってきた。まったく見ず知らずの人だ。急いで電話で連絡を取ると、ガソリン代も交通費もいらない、すべて無償のボランティアで協力してくれるとのことだった。 こんなこともあるものなのかと、最初は半信半疑で話をすると、とても誠実そうな声で、丁寧に話をしてくれた。Aさんの連絡先を教えるので、直接話してもらってもよいかと尋ねると、その方は何の躊躇(ちゅうちょ)もなく連絡すると答えてくれた。 後日、Aさんから連絡があり、うまく、ことが運んだそうである。さすがと、Aさんは私をほめてくれたが、どう考えても、素晴らしいのはAさんとそのトラックドライバーの方。本当にこんなことがあるんだなぁと、このような素敵な人たちと話ができたことをうれしく思っていた。

《電動車いすから見た景色》8 インクルーシブ教育って何だろう

【コラム・川端舞】日本が2014年に批准した国連の障害者権利条約では、国は障害児が一般的な教育制度から排除されないようにするとされている。日本には障害児が通う特別支援学校があるが、障害者権利条約では特別支援学校は一般的な教育制度の中には含まれない。障害のある子どもとない子どもが同じ場所で学ぶことを基本としている。 障害者権利条約が目指している教育を「インクルーシブ教育」と呼ぶ。私は障害を持ちながら、小学校から高校まで普通学校に通っていたが、インクルーシブ教育を受けたとは思っていない。特に小中学校の頃は、学校で周りに迷惑をかけないために、友達に手伝ってもらってはいけないと言われていたし、言語障害のある私の言葉を聞いてくれない先生もいた。誰かに直接言われたことは無いが、学校の雰囲気から「私は障害があるから、勉強だけはできないと普通学校に通えなくなるんだ」と思っていた。 障害者権利条約が目指すインクルーシブ教育は、障害の程度やどのくらい能力があるかを、障害児が普通学校に通える条件にしてはならないとされる。「授業についていけるなら」「一人でトイレに行けるなら」など、何かができるかどうかで、障害児が普通学校に通えるかどうかが変わる教育は、インクルーシブ教育に対して統合教育と呼ばれる。 一定の条件をクリアできないと、障害児は普通学校に通えないという考えが学校現場に広まってしまうと、障害のない子どもたちも、「周りと違うのは悪いこと」「できないことを手伝ってもらうのは悪いこと」というような息苦しい考え方になってしまうだろう。 すべての子どもが尊重される教育 反対に、障害のある子どもとない子どもが同じ教室で学び、できないことは友達同士で助け合う環境だったら、障害のない子どもも「できないことは周りに助けを求めていいのだ」と思えるようになるだろう。

《くずかごの唄》65 市民の環境教育の難しさ

【コラム・奧井登美子】「明日からプラバッグが有料ですから、気を付けてください」。主婦の友達に注意されたけれど、どういう変化が起こるのかよく理解できないでいた。 7月1日から、今までサービスでくれていたレジ袋が有料になった。私みたいに「もったいない精神旺盛な人」「時間のない人」は、布の大袋をいつも持って歩いていて、買った物は何でも放り込んでしまう。プラスチックのヘタヘタした袋よりも、布袋の方が能率よく短時間に物が入れられるのだ。食物の時は竹糸籠が2個。冷凍製品とそうでないものとを分けて放りこんでしまう。 籠も布バッグも、20年くらい前、友達から旅行のお土産にいただいた代物だ。今までは、店頭で籠やマイバックを差し出すと、けげんな顔をされたこともあったが、7月からは、店員さんも当然な顔をして入れてくれるようになって少し安心した。 海の中、サンゴに絡まったプラスチックの破片などをテレビで見せられて、皆、素直にそれに従うように、店頭教育をされたらしい。 プラスチックがゴミになった時のこと考えて お歳暮やお中元、バレンタインのチョコレートの包装の豪華さは過剰なものが多い。「Aちゃんからのプレゼントよ、何が入っているのだろう」。ケーキやチョコレートなど、胸をドキドキさせながら、包装を解いていく時の心の高まりは、誰でも感激の時である。

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5日から「立体交差」は新橋へ 土浦市の国道354号高津橋

【相澤冬樹】土浦一古い、とされるランプ(傾斜路)付きの「立体交差」が5日、供用を再開する。土浦市下高津の国道354号高津橋の新橋が完成、同日朝、迂回路の仮橋から切り替えられる。同時に橋梁の下部をくぐる県道土浦坂東線(都市計画街路・宍塚大岩田線)から354号上り方面に左折登坂する斜路も開通し、4年ぶりに立体交差本来の形に戻ることになった。 高津橋は橋長22メートル、国道6号として開通した1934(昭和9)年に立体交差で架けられた(※メモ参照)。交差する県道は、旧中家村(1937年土浦町に編入合併)時代には「根崎道」と呼ばれた幹線道路。土浦学園線(県道土浦境線)が開通するまでは、筑波研究学園都市の建設などで人や資材を運ぶ動脈となった。 しかし県道は狭小で歩道も無く、交差点には右折レーンが無いためしばしば渋滞が発生した。高津橋とは3.3メートルの高さ制限がかけられており、車両の円滑な交通に支障を来たしていた。 3.3メートルの高さ制限がかかる仮橋も秋までに撤去される=同 宍塚大岩田線は拡幅整備

《雑記録》14 「イージス・アショア」中止と新安保戦略

【コラム・瀧田薫】2020年6月15日、河野太郎防衛相はイージス・アショアの配備計画停止を発表し、安倍首相もこれを追認した。2017年に導入が閣議決定され、配置候補地(秋田県と山口県)の了承を求めて交渉中だったものが突然の中止である。与党内では、事前の通告がなかったことへの不満もあって、異論・反論が噴出した。安倍首相もこれを無視出来ず、「この夏、国家安全保障会議(NSC)で議論し、日本の安全保障戦略の新しい方向を打ち出す」との考えを表明した。これを受け、現在、与党内でにわかに防衛論議が盛り上がっている。 7月末、首相の肝いりで新設された検討チームが、ミサイル防衛に関する政府への提言案をまとめたが、最終的な結論の中身について確たる見通しはない。ただ、今後の議論をリードする4人のキーパースンを示すことはできる。すなわち、安倍首相、河野防衛相、岩屋毅前防衛相、そして小野寺五典前々防衛相(新設された検討会議・座長に就任)の4者である。 安倍首相は、イージス・アショアを北朝鮮ミサイルへの備えとして国民に説明し、同時にトランプ米大統領からの圧力(バイ・アメリカン)に応える一石二鳥の良策と考えていた。しかし、この計画には大きな欠陥があった。候補地の指定を受けた自治体から、ロケットのブースターが居住区に落下する可能性を指摘されたのに対し、防衛省はコンピューターで操作するので安全だと説明していた。 ところが、5月下旬、アメリカの製造元から、ブースターの落下位置を制御するため大規模改修が必要との情報が防衛省に伝えられた。この情報を聞いた河野防衛相は、以前からイージス・アショアの兵器としての性能やコストに疑念を抱いていたこともあって、即座に計画の中止を決断、安倍首相の説得に向かった。 転んでもただでは起きない安倍首相 首相は当然難色を示したが、政治的環境が悪過ぎた。相次ぐ不手際で秋田への配備を断念したばかりであり、党内の複数の不祥事、コロナウイルス、大雨被害、経済の落ち込みまであるなかで、地元選挙区民の安全を無視することはさすがにできなかったようだ。しかし、転んでもただでは起きない。計画中止の見返りとして、安全保障戦略の新方向を探る検討チームを立ち上げた。

外来患者5、6月も減少のまま 県保険医協会 長期化に危機感

【山崎実】県保険医協会(土浦市大町)は、新型コロナウイルスの影響による5月診療分と6月診療分の患者受診状況、保険診療収入の増減などに関するアンケート調査結果をまとめた。 外来患者数の推移をみると、緊急事態宣言が続いた5月も外来患者数は9割の医療機関が減少(医科91%、歯科94%)、解除された6月でも86%の医療機関が減少するなど、依然、外来患者数は戻ってきていない。 4月診療分影響調査(6月14日付)に続き、第2弾の調査となる。 調査対象は、同協会に所属する医師、歯科医師で、アンケートの郵送数は1843件(医科909件、歯科934件)で、回答数は404件(21.9%)だった。 保険診療収入も外来患者数の減少と同じ傾向を示し、5月の保険診療収入は9割の医療機関が減少、6月も84%が減少したと回答している。 「資金ショートに直面する」

《吾妻カガミ》87 つくばセンタービル再生の問題点

【コラム・坂本栄】本サイトの中ほどに「つくばセンタービル」というタイトルの特設コーナーが設けられています。現時点では、市が同ビルをどう活用しようとしているのか調べた記事と、ビル裏手(正面?)の中央広場への想いを述べた脚本家のコラムがアップされています。今回のコラムではこのセンタービルの問題を取り上げましょう。 記事とコラムは、「具体案、市民に説明なく」(6月26日掲載)、「民意と距離ある計画」(6月27日掲載)、「世界的アート建築に屋根?」(6月28日掲載)、「コラム:磯崎新の設計思想」(7月9日掲載)の青字部をクリックしてご覧ください。磯崎氏は、ノバホール+ホテル日航つくば+センタービル+中央広場を設計した方です。 記事は、①市は空きが目立つセンタービル1階を、事業の立ち上げを目指す起業者の作業区にしようとしている②また、音楽会場・ノバホール右側の建物などは市民活動を支援する拠点に改装しようとしている③しかし、これらの案は市民の意を汲んだものとはいえず、市の情報開示も十分ではない④一方、中央広場に屋根を付けるという改修案に磯崎氏は遠回しに反対している―に要約できます。 起業には「トキワ荘」がよく似合う 一昔前、センタービル1階には銀行の支店や飲食店などが入り、一帯はまさに市のセンターでした。ところが、賑わいの中心がTX研究学園駅に移り、センタービル周辺は駐車の便が今一のこともあって、市の真ん中ではなくなりました。 こういった場所の再生を考える市も、大変です。若い起業者支援のために、旧一等区画を活用しようとする気持ちは分かります。でも、そういった優遇策は彼らのためにならないでしょう。起業には、赤塚不二夫らが雑居した「トキワ荘」がよく似合うからです。ビル・ゲイツはガレージで起業しました。事業の立ち上げには、公務員宿舎跡が向いていると思います。