木曜日, 5月 13, 2021
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震災9年 -検索結果

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【震災9年】福島に入り猫救出を経験 つくばで地域猫活動のリーダーに

【橋立多美】つくば市在住の重松聖子さん(71)には9年経っても忘れられない光景がある。住む人を失った家の中に猫の骸(むくろ)が2体並んでいた―。巨大地震、津波に続いて福島第1原発が爆発し避難指示が出された。「すぐに帰れると思い、猫が外に出ないように鍵をかけて行ったんだと思う」 2010年、県南を中心に活動している動物愛護団体のボランティアとして啓発や犬猫の保護譲渡に取り組んた。翌年3月11日に東日本大震災が発生。厳冬期を迎えようとする10月、同団体に所属する3人で福島県東部の太平洋に面した浜通り地域の警戒区域に、置き去りにされた猫の救出に向かった。 早朝に福島県に入り、富岡町の施設で防護服に着替えて線量計を首から下げた。帽子と上着、ズボン、手袋、マスクが渡された。手袋は3重、靴は2重のビニールで覆った。 双葉町や大熊町、楢葉町、浪江町など大地震でインフラや建造物の倒壊が相次いだ被災地で、とり残された猫を探し回った。犬はほかの愛護団体が保護した。 「枯れた草の中に猫が隠れていないかと分け入る度に線量計の針が大きく振れた。自分の被ばく線量より生きている子を助けたいという思いが強かった」と振り返る。震災から半年以上空腹に耐えてまちをさまよった猫たちの体は、汚れてやせ細っていた。 街灯を流された被災地は明かり一つない。午後4時過ぎに活動を打ち切った。この日保護した猫は10匹だった。車に積んでいった100キロの餌は、救出できなかった猫が命をつなぐために、先に被災地に入った動物愛護団体が作った30カ所の餌箱に入れてきた。 土浦のシェルターで世話 所属していた団体が福島で被災した犬猫を保護するシェルターを11月に土浦に設置し、猫舎に約40匹、犬舎に20頭ほどを受け入れた。猫の世話を担当した重松さんは「どうしても懐かない3匹がいて、ケージの隅から動かず目はうつろだった。飼い主に捨てられた、何も信用しないと抗議しているようだった」。 ところが、懐かないのを承知で里親になってくれた家に引き取られると、生き生きして顔つきまで変わった。「家族として迎えられたことで人への信頼を取り戻したと思う。猫は家につくといいますが人につくんです」と重松さんは話す。 心ならずも、ペットを家に置いて逃げなければならなかった飼い主も辛いだろうと、猫たちの写真を、保護した町の避難所に掲示した。3組の飼い主が猫の好物を持ってシェルターに会いにきた。連れ帰ったのは1組。2組は避難所暮らしで飼えないと後ろ髪を引かれつつ福島に帰っていった。 震災時の体験が動物愛護への気持ちをより強くした。犬猫の殺処分数は減少傾向だが全体の80%を猫が占めていること、野良犬を見かけることはなくなったが野良猫が増えて全国的に問題になっていることから、地域の野良猫に不妊去勢手術などをする地域猫活動を推進する「Team.ホーリーキャット」を17年に発足させた=2019年7月17日付。 「飼い主は万一に備えて」 重松さんは「3月11日は震災を思い起こす日。想定外の自然災害が起こっているだけに飼い主には万一に備えてほしい」という。 首輪に迷子札を付けて写真を携帯するほか、フードや猫用の散歩ひもを入れたリュックとキャリーバッグはいつでも取り出せる場所に置く。またペット同伴の避難所が開設されるようになったことから、自治体のハザードマップで避難所の位置を確認しておくことを薦める。 ➡震災9年の関連記事はこちら

【震災9年】双葉町からの避難者 つくばの宿舎で最後の慰霊祭

【崎山勝功】東日本大震災から丸9年を迎えた11日、つくば市周辺で避難生活を送っている福島県双葉町からの避難者が、同市並木3丁目の国家公務員宿舎前で慰霊祭を執り行った。避難者の間では茨城県内各地に転居する動きが進んでいる。今回が同宿舎で開く最後の慰霊祭になるという。 慰霊祭は双葉町出身の中村希雄さん(78)方の宿舎の庭先に祭壇を設け、参列者約20人が1人ずつ線香をあげ、祭壇前で犠牲者の冥福を祈った。 地震発生時刻の午後2時46分ごろには、双葉町の方向に向かい犠牲者に黙とうを捧げた。黙とう後、時代劇「水戸黄門」の主題歌「ああ人生に涙あり」を合唱した。 慰霊祭を主催した中村さんは、11年10月から同市並木の公務員宿舎で避難生活を送り、震災から1年後の12年3月から毎月11日の月命日に宿舎の庭先で慰霊祭を開いてきた。17年3月までは毎月行っていたが、18年からは年1回前後の開催となっていた。今年は中村さん一家が3月中に転居し同宿舎を退去するのに伴い、同宿舎での最後の慰霊祭になる。 中村さんは取材に対し「晴れ晴れして、何か一区切りしたような感じ。こんなにたくさんの方に来ていただいて良かった」と語った。つくばでの日々を中村さんは「いいことづくめ。いじめに遭ったことは無く、みんなで楽しく日々を送ることができた」と振り返った。 慰霊祭には、筑波大体育系の長谷川聖修(きよなお)教授(62)と学生たちも一緒に参列した。長谷川教授らは、体操教室とグラウンドゴルフを通して避難者たちと交流を深めてきた。 長谷川教授は「慰霊祭に参加することで、メディアでは知ることのできない福島の実情、特に原発のことについて知ることができた。原発は自分、皆の未来のために考えなければならない」と語った。その上で「中村さんたちは辛い経験をされているはずだが、いつも明るく、逆に自分が元気をもらっている」と話した。国家公務員宿舎での慰霊祭は今回で最後となるが、体操教室やグランドゴルフへの参加により今後も交流は続くという。 転機を迎える避難者たち 並木の国家公務員宿舎にはピーク時で48世帯が住んでいたが、応急仮設住宅の供与期間が限られていることから、入居者たちの多くがつくば市や周辺市町村などに転居しているという。双葉町からつくば市内に移住した上原滋さん(75)は「あちこち回って、転居が8回目。(つくば市が)最後の住み家になると思う」と語った。 現在、土浦市に住む双葉町出身の新川義隆さん(73)は「土浦に永住する。土浦での生活も慣れてきた。地域の人が受け入れてくれたから」と新天地での生活を語った。新川さんの息子2人は仙台市に、3男は土浦市に住んでいるという。 ➡震災9年の関連記事はこちら

【震災9年】脱原発訴え つくばで市民集会

【崎山勝功】東日本大震災と福島第1原発事故から丸9年を迎えた11日、脱原発と護憲を訴える「3.11から9年 さよなら原発!守ろう憲法!昼休み集会」がつくば市吾妻のつくばセンター広場で開かれた。市民ら約50人が参加し、東海第2原発の再稼働反対などを訴えた。 市民団体「戦争をする国づくりNO@つくば」と「安倍9条改憲NO!市民アクションつくば連絡会」の共催で行われた。 集会では、東海第2原発の再稼働の是非について県民投票を実施するよう直接請求に取り組んでいる「いばらき原発県民投票の会」の徳田太郎共同代表(47)が発言し、署名集めの現状について「昨日(10日)の時点で(有権者の50分の1の約4万9000筆を超える)約8万筆の署名をいただいている。つくば市では(市内)有権者の5%を越える1万筆の署名をいただいた」と県南地域で関心が高いと話した。その上で「私たち一人ひとりが考え、悩み、選択していく。私たちの民主主義は始まっている」と県民投票の意義を説いた。 集会では「首都圏で唯一の東海第2原発は、稼働40年を超す古い原発で、周辺30キロメートル圏に94万人が住む危険な原発」だとして、再稼働反対などを訴えるアピールを採択した。 新型コロナ影響、デモ行進取り止め 同集会は震災後、毎年3月11日に行われている。例年は集会後、つくば駅周辺をデモ行進するが、今年は新型コロナウィルス感染拡大の影響でデモ行進を取り止め、屋外集会のみの実施となった。今年は感染拡大防止のためマスク姿で参加した市民が多く見られた。 集会後に取材に応じた徳田共同代表は「県南は総じて他の地域に比べ県民投票への関心が高い。何といっても高齢の方の関心が高かった。逆に言うと若い世代に関心を持ってもらうのが今後の課題」だと述べた。 ➡震災9年の関連記事はこちら

【震災9年】労組、被ばく対策訴え対立 14日常磐線全線開通

【山崎実】福島第1原発事故で福島県双葉町全域に出ていた避難指示が今月4日、駅周辺など一部で解除されたことを受けて、JR常磐線は14日、全線が9年ぶりに運行を再開する。一方、労働組合「動労水戸」は、富岡―浪江間では毎時2マイクロシーベルトもある高い放射線量区域が2キロも続くとして、運転業務員や検査作業員の被ばく対策などを訴えJR側と対立している。 運転再開は避難指示解除が前提だっただけに、全線が開通し、都内と仙台を結ぶ特急列車の運行に合わせた措置ではとの見方も強い。今回の帰還困難区域の解除は、双葉駅周辺エリアなどに限られ、住民帰還は伴わない。 組合側は、常磐線全線開通は悲願としながらも、本来、年間1ミリシーベルト未満が被ばく線量の原則であり、国の20ミリシーベルトは認められないとし、何よりも内部被ばくが無視されていると指摘する。 運転再開に先立って、震災当時に帰還困難区域などを運行し、放射能に汚染された列車の検査・修繕業務を勝田車両センター(ひたちなか市)で行った際も、組合側は、床下機器に直接触る検修作業員、出区点検を行う乗務員の被ばく線量を測定すべきなどと主張していた。 これに対し当局側は、運転再開区間作業員の被ばく線量管理方法については「ガラスバッジ及び個人線量計により管理を行っていく」、車両の放射線を測定し公表すべきとの要求には「富岡―浪江間においてはモニタリングポストを新設する。車両の線量測定を行う考えはない」(2019年8月)と回答。両者の溝は埋まらない。 運転再開区間の必要な除染は終了しており不安は解消している、内部被ばくが発生する状況ではない―とする当局側に対し、組合側は、福島第1原発事故は現状として収束しているとはいえず今後の廃炉作業の危険性が無視されている、今回の全線開通は放射能汚染の拡散につながると譲らず、今年2月14日にも検修社員の内部被ばく対策として、教育の実施のほか、防護服・防護マスク・ゴーグルなどの準備を行うよう申し入れを行った。 避難指示の一部解除、JR常磐線の全線再開は将来への朗報だが、組合と当局の対立は、生活の現場から目をそむけてはいけない課題を突き付けている。 ➡震災9年の過去記事はこちら

【震災9年】国vs県・漁民の攻防ヤマ場 汚染水海洋放出

【山崎実】東京電力福島第1原発のトリチウムを含む処理済み汚染水の海洋放出を巡る国vs県・漁民の攻防がヤマ場を迎えようとしている。内閣府の担当者が去る20日、県庁で大井川和彦知事に政府小委員会(多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会=委員長・山本一良名古屋大名誉教授)の報告書の内容を説明したのに対し、知事は「白紙で検討を」と突っぱねた。 政府小委員会が「現実的な選択肢」として海洋放出を大筋で了承したのが1月31日。これを受け大井川知事は、原発事故発生以降、一部魚種の出荷制限に伴う損失や、風評被害による魚価の低迷など厳しい状況に置かれてきた経緯を指摘した。さらに小委員会の取りまとめ案は「水蒸気放出及び海洋放出が現実的な選択肢であり、海洋放出の方が確実に実施できる」としているのに対し、「結論ありきの取りまとめは容認できない。より影響の出ない方法はないか、さらなる検討を期待する」とコメント。小委員会の取りまとめ案に”注文”を付けた。 沿岸漁民、怒りを爆発 沿岸漁民の闘いは苦難の連続で、今も続いている。2011年3月の東日本大震災、原発事故発生後、いち早く漁業再開に取り組んだが、茨城沖のコウナゴから暫定規制値を超える放射性セシウムが検出。市場での取引拒否、出荷・販売の自粛要請を強いられた。翌12年4月、新基準値の設定(1キロ当たり100ベクレル)が行われたが、茨城県はさらに厳しく50ベクレルの自主的な自粛基準を設定し、県産魚介類の安全確保に努めた。基準遵守は北部(日立市以北)、県央部(東海村~大洗町)、南部(鉾田市以南)の各海域ごとに3カ所以上検査(期間は1カ月)するという徹底ぶり。 この地道な努力が実り、2017年3月、海面28魚種の出荷制限、生産自粛が取られてきた規制は、やっと解除された。しかし韓国、中国、台湾など一部の国・地域では、いまだに輸入規制が続いている。さらには、内水面関係でも霞ケ浦のアメリカナマズと、利根川・境大橋下流のウナギは国の出荷制限を受けており、原発事故の爪痕は残ったままだ。 政府小委員会が海洋放出の方法を示唆した報告書を10日に公表すると、沿岸漁民は敏感に反応し怒りを爆発させた。間髪を入れず、平潟(北茨城市)からはさき(神栖市)まで県内10漁協で組織する茨城沿海地区漁業協同組合連合会(飛田正美会長)は13日、県庁に大井川知事を訪ね「多核種除去整備等処理水の海洋放出を行わないよう国への働きかけを求める要請書」を提出。 処理水を海洋放出することになれば「風評(被害)の再燃は必至」で、トリチウム以外の放射性物質が残留しているとの報告もあり、事故発生直後に引き戻されるのではと不安を訴える。「海洋放出はこれまでの漁業関係者の努力を水疱に帰し、漁業の継続を断念する状況に追い込む仕打ちであり、絶対に受け入れることはできない」と声高に主張した。大井川知事も「皆さんと同じ気持ち」と同調し、地方から反旗を掲げた。 予断許さぬ神経戦続く 報告書の説明とはいえ、20日の内閣府担当者の知事訪問は、余白に協力要請の思惑が見え隠れする。これに対し、県内の各漁協は市町村や県選出国会議員などへの「処理水海洋放出反対」を働き掛け、漁民運動を進めていく考え。政府小委員会の報告書を錦の御旗に、国や東京電力がいつの時点で海洋放出という選択肢に踏み切るのか、予断を許さない神経戦が続くことになる。 ➡東日本大震災の過去記事はこちら

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街の記憶 東京・つくば 《遊民通信》16

【コラム・田口哲郎】 前略 「木綿のハンカチーフ」などで知られる作詞家、松本隆さんは2012年に東京から神戸に移住したそうです。当時雑誌記事で読んで、衝撃を受けました。松本さんは生粋の東京人です。生まれ育ちは港区青山、慶應義塾に通い…と、シティ・ボーイの体現者です。のちの渋谷系につながる、いわゆるニューエイジの山手文化を生み出し、けん引してきたことはご存知の通りです。 都心文化を屈託なく表現できる人は、上京者の街でもある東京にはそれほど多くいません。その松本さんが東京を離れたことは、一個人が地方に引っ越したという事実以上の何かがあるに違いないと思わせられました。東京がかつての東京では無くなったという旨の発言をされていました。 コロナ前の東京は色々限界だったのかもしれません。諸々(もろもろ)が集中・蓄積しキャパシティ・オーバーとなり、はち切れる寸前でした。そんな東京をコロナ禍が襲いました。東京は破裂せず、しぼみ始めました。今後も東京は東京として続くでしょう。でも、かつての東京はもう戻ってこないでしょう。 恐らく、かつての東京、例えば第2次大戦前の東京は戦後の東京とは全く違う東京でした。戦前の東京を戦後に語ったところで、それはノスタルジーに過ぎないわけですが、街の記憶は人をなんとも言えない感覚に誘います。沈みゆく東京は、これから無数の記憶の華に飾られるでしょう。

「大規模事業評価行わないのは違法」 18人が住民監査請求 つくばセンタービル改修で

つくば市が取り組んでいる総事業費約10億3800万円のつくばセンタービルリニューアル事業について、10億円以上の事業は大規模事業評価を行うと市の要綱で定められているにも関わらず、事業評価の手続きが踏まれていないのは違法だなどとして、元大学教授の酒井泉さん(72)ら市民18人が12日、市監査委員(高橋博之代表監査委員)に対し、すでに支出された約7000万円の返還請求と未支出額の支出差し止めを求めて住民監査請求をした。 同要綱は、住民投票で白紙撤回となった市総合運動公園事業を教訓に、五十嵐立青市長が2018年9月に定めた。10億円以上の大規模事業と市長が必要と認める事業を実施する際には、評価会議を設置し、事業の必要性や妥当性などの評価を行うことなどが定められている。 監査請求によると、同リニューアル事業は10億円を超えるのだから「同要綱の対象であることは明らかであるが、市はこの要綱に従った評価を全く行っていない」としている。 一方、大規模事業評価をめぐっては、今年3月議会で、飯岡宏之氏(自民党政清クラブ)と山中真弓氏(共産)が一般質問し、それぞれ大規模事業評価を実施するようただしたが、市は、約10億3800万円のうち、まちづくり会社「つくばまちなかデザイン」への市の出資金6000万円はリニューアル事業の事業費ではないなどとし、10億円を超えないのだから大規模事業評価を実施しないとした。 監査請求した酒井さんは「議会で質問した議員がいたが、数の力で無視された。議会が道理を通すことができなくても、市民は道理を通すということをはっきりさせたい」と話した。 監査請求ではほかに、まちづくり会社は市が出資する第3セクターであるにもかかわらず、総務省が2014年に出した「第3セクターの経営健全化指針」に基づく検討を行っておらず、市の出資金6000万円の支出は公金支出のための必要な手続きを欠いており違法だと指摘している。

ほうきの力で「魔女のフェスタ」 29日 旧筑波小に集結

つくば市国松の旧筑波小学校を会場に、29日開催する「魔女のフェスタ」の準備作業が佳境を迎えている。2018年以来3年間、人の手が入らずにいた校舎を利活用する廃校リノベーション企画。フェスタ実行委員会(いしざき緑子代表)は校長室や各教室の大掃除から始め、ほうきの力で学校ばかりか地域社会にも魔法をかけた。 29日は校庭に飲食店のキッチンカーやテントが並び、3階建ての校舎全体に占いや癒し療法、手づくり品、子供向け工作教室のワークショップなどが展開する。10日現在、その数は95店になった。10代から80代の「魔女」が集結する。 いしざきさんは昨年、学校近くの国松地区の古民家に移住して、アロマテラピーの教室「魔女の学校」を開設(2月17日付)。誕生日が4月30日で、ドイツの魔女祭り、ヴァルプルギスの夜にちなむ「世界魔女デー」であることから、自身「魔女」と称して活動を行ってきた。2019年4月には石岡市内で「魔女のフェスタ」を催したことがあり、旧筑波小でも開催を計画した。 「地区に子供たちがいないわけではないのに、放課後や休日に声がしない。校庭に集まって遊ぶ様子がない」のを残念に思ったためだ。 音楽教室のいしざきさん=旧筑波小

対象拡大も利用は1件 つくば市障害者向け発電機購入補助、道半ば

人工呼吸器を使用している障害者を対象に、つくば市が2019年4月から開始した停電時のための家庭用発電機購入補助制度について、昨年4月に利用条件が緩和されたにもかかわらず、実際の利用はいまだに1件にとどまっていることが分かった。 市の購入補助制度は当初、人工呼吸器を常時使用する障害者を対象に、停電時も医療的ケアができるよう、家庭用発電機の購入を最大10万円補助するものだった。しかし対象者は人工呼吸器を24時間、常時使っている人に限られた。夜間のみ使用する場合など「医療機器の電源確保が必要なのに、発電機の購入補助を利用できない」という声が多く寄せられた。そのため、20年4月に市は、補助の対象を1日1回以上人使用する者に広げた。 補助制度のもとになったのは、医療的ケア児の親の会「かけはしねっと」(根本希美子代表)が2018年に市議会に提出した請願だ。同会は当初から、できるだけ幅広い人が補助の対象になることを望んでいた。実際に補助制度が始まってからも、対象を広げるように市に働き掛けた。「補助の対象が広がったのは一歩前進だが、人工呼吸器に限らず痰(たん)吸引機など電源が必要な医療機器を使用している人なら対象になるように、もう少し対象を広げてもらえるとさらに良い」と、同会代表の根本さん(43)は話す。 制度の周知も課題 市障害福祉課によれば、新しく補助の対象が拡大してから補助制度の利用相談が複数あり、支給に向けて準備を進めているケースもあるという。しかし5月6日時点で実際に支給が決定されたのは、対象拡大前の1件のみ。補助の対象を拡大したことについて、市ホームページに掲載されている制度要綱を更新したり、障害者手帳取得時に窓口で説明しているが、幅広い周知が課題だ。 「昨年から市ホームページも新型コロナに関する情報があふれていて、4月に補助の対象が拡大されたことの周知が十分ではなかったと感じる。必要な家庭に情報が届いていないかもしれない」と根本さんは心配する。