《留学生エッセー》14 ミャンマーにテーマパークつくるのが夢

アウンサンスーチー国家顧問がプリントされたTシャツを着たスさん=鎌倉、明月院

経営情報学部 グローバルコミュニケーション学科2年
ス ミャッ ノー アウン

私はミャンマーの旧首都ヤンゴン(現在の首都はネピドー)から来ました、ス ミャッ ノー アウン、19歳です。名前がちょっと長いですが、すべて自分の名前(ファーストネーム)です。ミャンマーには姓(ファミリーネーム)はありません。同じ家族でも共通の名前は一つもありません。私のように4語で構成される人や、2語、6語の人もいます。ですから、基本的には互いにフルネームで呼ぶことになります。

現在、筑波学院大学でグローバルコミュニケーションを学んでいます。去年4月、大学の国際別科で日本語を1年間勉強し、今年2年に編入しました。

一生に一度は出家

私はスーパーでレジのアルバイトをしています。たくさんのお客さんから「どこの国からですか」と聞かれます。ミャンマーと言っても知っている人は少なくて残念です。ミャンマーの人口は日本の約半分ですが、面積は日本の約2倍です。

国民の約90%は仏教徒です。仏教徒には「一生に一度は出家する」という不文律があります。多くの男子は子供のころに出家して、僧院で修行をし、仏教や社会の厳しさを学びます。仏教徒は商売で成功すると仏像や仏塔(パゴダ)などを建てて、良い来世に生まれ変わるため徳を積みます。仏教はミャンマー人の生活の中心に、どっしりと根を下ろしています。

ジブリのアニメで日本語勉強

私が6歳の時、伯母がジブリの本やDVDなどを持って来てくれました。伯母は苦労して筑波大学で博士号を取得しました。頑張り屋なので、私も見習いたいです。

アニメはあまり好きではなかったのですが、ジブリのアニメには夢中になりました。ジブリに憧れて日本語を始めたと言っても過言ではありません。ジブリの中で一番好きなのが「千と千尋の神隠し」です。ジブリの作品はどれを見ても動画の中に自分も入ってしまうような感じがします。出てくる食べ物は、どうしてそんなに美味しく見えるか不思議です。音楽も全て完成されていて素晴らしいと思います。

芸術は好きだけれど勉強が苦手な私は、今も日本の映画、歌、広告を見て日本語を学んでいます。

日本は人を大切にする国

私は11歳の時、母と2人で初めて日本に来ました、伯母と3人で軽井沢へ行った時、私は1人でトイレに行きました。

当時漢字が全然読めなかった私は、トイレの壁にある赤いボタンが何だか分かりませんでした。気になっていた私は、その時思い切って押してしまいました。すると警察官が駆け付けて来て「中の方、大丈夫ですか」と叫んでドアをドンドンたたきました。好奇心で押したけれど、とても怖かったです。でも、外国人にもかかわらず、日本は人を大切にしている国だと感じました。とても安心感がありました。

思い出たくさん作りたい

ミャンマーの高校は16歳で卒業します。日本語の勉強がしたかったので普通の大学には進まず、遠隔教育大学(通信教育)で1年間だけ勉強しました。だから学生生活というのを知りませんでした。

ミャンマーの民族衣装を着て県留学生親善大使の仲間と一緒にポーズ=中列左側

私はいろいろな活動をするのが好きです。筑波学院大学は学校主催の行事や活動、学生のサークルがたくさんあります。大学生になるのはこんなに楽しいことなんだと思いました。学生時代の楽しい思い出をたくさん作りたいと思っています。私はダンスサークルに入っていて、オープンキャンパススタッフとしても頑張っています。日本の知り合いも増えたので日本語の勉強もできます。今年の茨城県留学生親善大使にも選ばれました。

卒業後は日本とミャンマーに関係する会社で働きたいと思っています。数年働いたらミャンマーに帰るつもりです。ミャンマーにはきれいな自然や建造物がたくさんあります。でも観光しても写真を撮るだけで、楽しめる場所はありません。日本のディズニーランドの様な、だれでも楽しめるパークをミャンマーにつくるのが私の夢です。

私はミャンマー人として生まれたことを誇りに思っています。また、日本に留学できて良かったという感謝の気持ちでいっぱいです。