【コラム・浅井和幸】イップスって言葉を聞いたことはあるでしょうか。精神的な原因で思い通りの動きが出来なくなる症状のことです。ゴルフで使われ始めたようで、グリーン上の短いパットで手が震えてしまうなどの症状がプロ選手でもあります。

インターネットで調べると、イチロー選手が、高校野球時代の先輩後輩の人間関係でイップスになり、ボールが投げられなくなったとのことです。イチローの症状が、全く投げられないのか、自分自身だけに感じるギクシャクした感じなのかわかりませんが、確実にあったことです。

私は中学と高校で野球部に所属していました。当時は、練習中は水を飲んではいけない、膝を伸ばして腹筋運動をする、うさぎ跳びをする―という時代です。監督が、竹刀を持っていたり、エラーをすると怒鳴ったり、殴ったりすることが当たり前。サインを見逃すと、三振して来いという指示が出ることもありました。

そうすることで、技術が向上したり、根性がついたり、生活態度がよくなったり、素晴らしい大人になることはほとんどないことを、今なら簡単に証明できます。

生活の中のイップス

圧倒的な力関係の中、暴力で抵抗を抑えることは、思考を奪うことにもなります。その場で根性があるふりはできても、思考停止の状況では自主的なものは育たないのです。

むしろ、怖さから逃げる工夫をし始めてしまい、目立たないように、つまり試合中でも自分のところにボールが飛んで来ないでくれという気持ちが育ちます。うまくなる練習をしているように見えて、実は野球が怖くなる練習を続けているのです。

怒鳴って、自分の思い通り動かそうとしている指導者は、努力すればするほど、選手の上達にはつなげられず、自主性や上手くなる工夫を奪い、イップスを増やしてしまうのです。監督への従順な態度が育っているように見えて、反発も大きくなります。すべての選手がイップスになるのではなく、たまたま伸びる選手もいるから厄介です。

その成功を見て、怒鳴って、ぶん殴ればスポーツがうまくなり、根性がつくと勘違いしてしまう指導者もいるのが現実です。それは、スポーツに限らず、家族、学校、職場の人間関係でも同じです。人前に出るとあがってしまい、言動がギクシャクするのは、生活の中のイップスといえるでしょう。

頑張れば物事は成功するという考え方、頑張るだけで成功するという考え方が、どれほど世間で大切にされていることか。上手くいかないのは頑張っていないからだという思い込み。とても怖いことです。

頑張ることは、悪いことではありません。でも、その方向性が重要であることを、もっと考えるべきです。北海道に行きたいのに、沖縄に向かって頑張って走っても、そこでじっとしているよりも遠ざかってしまいます。

頑張ることで、より目的から遠ざかってしまう可能性を意識して、反省や軌道修正が大切なのです。(精神保健福祉士)