《好人余聞》 9 「こんな竹の筒に惚れてしまったんですね」渡辺大輔さん


【コラム・オダギ秀】人生という旅の途中で出会った人たち、みんな素敵な人たちでした。その方々に伺った話を、覚え書きのように綴りたいと思っています。

「あの日、あのバス停に立っていなかったら、ボクは違う運命を辿ることになったのかも知れません」

筑波大学の木立の中のバス停に、入学試験を終えた18歳の少年が佇んでいた。そこに、彼が聴いたことのない音とメロディが流れて来る。彼はその楽器を見たこともなく、名前も知らなかった。けれど奏でられるその音楽に打ち震え、心惹かれて、人生を変えることとなった。

少年は、20年前の渡辺大輔さん。つくば市に住むケーナ奏者だ。渡辺さんが、アンデスの楽器ケーナと初めて出会った瞬間だった。いま彼は、ケーナのプロの演奏家となっている。その切っ掛けとなった瞬間だった。

「それまでも音楽が好きで、X-Japanやら久石譲さんに惹かれていたんですが、これと言う楽器に出会えなかった。でも、バス停で聞いた音とメロディに、これだ、と思ったんです。大学に入ると、その演奏していた人たちを1ヶ月ぐらいかけて探し、そのサークルに入りました。そこでケーナという楽器を知り、曲がリャキルナ(悲しい人)と言うのを知りました」

大学を卒業し、渡辺さんは市役所に勤めた。だが、ケーナへの思いは、ますます強くなっていたのだろう。公務員になって2年過ぎたころ、ケーナのプロの演奏家になりたいと、両親に告白する。

「渡辺家始まって以来の大修羅場になりましたよ。ケーナの演奏家なんて、どうなるかもわからない。とんでもないと母には泣かれ、父には怒られ、散々でした。

「そんな気持ちを抱えながら、公務員の仕事は精一杯やりました。それなりに充実し、よくやっていたと思います。でも、勇気を出せば、ケーナという楽器で、自分を表現出来る幸せな人生を歩めるかも知れない、という思いは捨てられなかった。で、とうとう市役所職員8年目を終える時に、勘当されてもいいという覚悟で、親に電話したんです。すると、こちらから言い出す前に、お父さんもお母さんも応援するよ、と言われたんです。気持ちを判ってくれていたんですね」

渡辺さんがケーナと出会って、15年が過ぎていた。公務員を退職し、以来、ケーナ演奏家としての渡辺さんの活躍は目覚ましい。

人生を切り開く情熱は、バス停に立たなくても、いつでも何処でも誰にでも、湧き上がるのかも知れない。情熱は自分で作るものだ、渡辺さんと話していると、そんな気がしてくる。(写真家)

・公式ブログ「渡辺大輔ケーナ日記」 https://ameblo.jp/dai-quena/ ・YouTube動画『リャキルナ』 https://youtu.be/Z_i0A6g4zJg ・YouTube動画『木枯らし(旧・風の詩)』 https://youtu.be/8CAuYaQxVh0