《続・平熱日記》17 維新から150年 これからは?


【コラム・斉藤裕之】山口の産だというと、「長州ですか!」って言われるのがどうも。明治維新から150年ということで、ちょいちょい関連した記事を目にしますが、実はそこら辺の話に無関心というか、苦手です。故郷は好きですが、長州人としての自覚は全くありません。

歴史的には全く関係ないのですが、開国に伴う私の説を一つ。「ひとは見たものに、憧れを持ったものに近づこうとして進化する」という説であります。

例えば、鎖国のまま、食糧事情やスポーツ環境だけが現在のように豊かになったとして、外国文化や外国人に一切触れずに今日まで日本人が過ごしたとしたら? 恐らく、今ほど体格は良くなっていない。扁平な顔つきのままの日本人に違いない。

なぜならば、映画、テレビ、雑誌などで見る外国人へのあこがれで、日本人の体格や顔つきは少しずつ欧米人化してきたのです。つまり「見たものに近づこうとして進化した」ということ。

実際に、最近の子供は目鼻立ちもしっかりしているし、背も高くなったのはもちろんですが、手足も長い。髪の毛が茶色っぽい子もいます。まさに見ることによる進化です。と偉そうに言っても、何の科学的根拠もないのですが。実際に、どこかの村で100年かけて実験をするわけにもいかないですし。

私の説は置いといて、確かに体格はよくなりましたが、中身はどうでしょう。むしろ、退化しているところもあるような気がします。昔の人より今の人の方が優れているかと言えば、「んー」。結局、いろいろ便利になっても、人間の性能は昔と大して変わっていないということですか。

多分、ひーひーじいちゃん辺りは江戸時代。ちょっと前までは、ちょんまげで着物姿の随分不思議な民族だったのでしょうね。それからすると、随分文明も開化しました。さて、これからの150年はどうなっていくのでしょう。

昔の1年分の出来事がわずか1日ほどで進んでいくかのごとき、今の世の中。人工知能なるものが、これからの生活を大きく変えていくんですかね。第4次産業革命とか、新たなパラダイムへなんて色めきだっていますが。

確かに、医療や福祉、自動運転など、いろんな分野でその恩恵は想像を超えるもかもしれません。聞けば答えるスピーカーのように、何でもすぐに答えが手に入るのがいいのか悪いのか。まあ、あのスピーカーも間もなく燃えないゴミの山となるでしょうが。

でも、映画でよく見る近未来都市。無機質な感じ。あれはいやだな。ちゃんと飯を炊いて、木綿の服着て汗かいて。木造の平屋で畑耕して。ちょっと不便な生活。そっちの方向の未来もあっていいような。

維新から150年。あべちゃん以下大臣、党幹部は長州勢多し。素直に自慢できないのが今の長州人としての私の本音かもね。鎖国でもしてみますか。(画家)