《邑から日本を見る》19 相良倫子さん 「平和の詩」の衝撃


【コラム・先﨑千尋】後期高齢者の仲間に入った私。感激することをまだ忘れてはいないことがわかった。

先月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園で執り行われた「沖縄県全戦没者追悼式」のテレビ中継を見ていて、地元中学生の相良倫子さんの「生きる」という詩の朗読に目がくぎづけになり、しばしぼう然。ピンと背筋を伸ばし、堂々とした姿勢で会場を見渡し、すべての方向に目を配り、一つひとつの言葉をかみしめるように情感を重ねながら、こん身の力を込めて平和の尊さを訴えた。まるで「平和」が彼女に乗り移ったかのように。

「私は、生きている。大地を踏みしめ、風を全身に受け、草の匂いを感じ、潮騒に耳を傾けて」「この島は、何と美しい島だろう。青く輝く海、光る波、小川のせせらぎ、山の緑、三線の響き、照りつける太陽の光」

豊かな美しい沖縄の島の情景がわが脳裏によみがえる。場面は一転して、73年前の地獄絵図を鮮明に描き出す。

「小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。優しく響く三線は、爆弾の轟に消えた。青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声。燃えつくされた民家、火薬の匂い」

私も相良さんもこの場面を目にしてはいないけれども、戦争の残酷さを思い浮かべることができる。彼女は、幼いころから曾祖母が語る戦争体験に耳を傾けていたという。

「みんな、生きていたのだ。私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。それなのに、壊されて、奪われた。生きた時代が違う。ただ、それだけで」「私は手を強く握り、誓う。奪われた命に想いを馳せて、心から誓う。私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。平和を創造する努力を厭わないことを」

この言葉を聞いて、2014年にノーベル平和賞を受賞したマララさんの国連でのスピーチを思い出した。

「私は、今を生きている。みんなと一緒に。そして、これからも生きていく。一日一日を大切に。平和を想って。平和を祈って」「これからも、共に生きてゆこう。この青に囲まれた美しい故郷から。真の平和を発信しよう。一人一人が立ち上がって、みんなで未来を歩んでいこう」「私は今を、生きていく」

「命」「今」「生きる」の三つをキーワードにして、「命を輝かせて生きる」と決意した14歳の相良さん。私は7分余、一度も下を見ない彼女のスピーチを映像で何度も見た。そしてその情熱と気迫を感じ取った。相良さんの詩は会場や視聴者の魂を揺さぶった。

しかし、その後に登壇した安倍首相は、誰かが書いた原稿を淡々と下を向いて読み上げただけだった。彼女の訴えに何も感じなかったようだ。「私が先頭に立って沖縄の振興を前に進めてまいります」という首相の挨拶は、沖縄を直接統治するという意思表示。辺野古の動きがそのことを示している。怖い国だ。(元瓜連町長)