【コラム・先﨑千尋】私は4月になってすぐに水戸市立中央図書館に行った。同館は東日本大震災で被害を受け、長いこと耐震強化工事で休んでいた。お目当ては郷土資料室。これまでは閉架式なので、どんな本があるのかをわが目で確かめられなかった。今度は休館の間に改善され、本を直接見られるようになっていると思っていた。期待は裏切られ、前と全く同じだった。

その思いを私は「茨城新聞」の投書欄「県民の声」に投稿し、4月30日の同紙に載った。翌日、同図書館の館長から、「今のシステムでは盗難の心配があるので閉架式にしている」という電話があった。それを聞いてなおがっかりした。休館の間に何をしていたんだろうか。館長に、それでは納得しないと手紙を出したが、今日までに返事はない。

今の図書館システムは、本にICタグを組み込み、貸し出しの手続きをしないで出ようとすると、ゲートでブザーが鳴る仕組みが主流だ。盗難の恐れはほとんどない。水戸市立中央図書館では、貸し出しカードと本のバーコードを照合して借りられる旧式のシステムを採用している。しかし、休館の間にシステムの変更はできたはずだ。

茨城大学図書館や東海村立図書館は、旧来のシステムを耐震強化や増改築工事の時にICタグ方式に変えた。しかし水戸ではやらなかったということだ。システム変更にはカネがかかる。水戸市は、管轄の教育委員会や予算を預かる市長部局がその必要を認めなかったのか、そういう新しい方式を知らなかったのかであろう。いずれにしても、館長が判断できるレベルではない。同じ水戸市でも、東部図書館や西部図書館では郷土資料もオープンになっている。

私はあちこちに出かける機会が多いが、時間があればそこの図書館に行き、郷土資料コーナーを見る。そこが充実しているかどうかでその地の文化のレベルがわかる。本屋でもどんな郷土史が並んでいるかを見るのが楽しみだ。

そもそも図書館って何だろうか。どうして公共図書館が必要なのだろうか。図書館は住民に何をすればいいのだろうか。私は、図書館は単なる「無料の貸本屋」ではない、レファレンスの仕事が最も大事だと訴えてきた。

NPO法人共同保存図書館・多摩の平山恵三さんは「図書館には大きく分けて、『歓迎(型図書)館』と『監視(型図書)館』がある。『監視館』というのは、何か悪いことをするのではないかと常に見張っていて、例えば携帯電話をポケットから出しただけですぐ注意される。『歓迎館』というのは『オアシス』で、地域資料も開架の傾向です」と『現在を生きる地域資料』(けやき出版)に書いている。

この文を読んで「ああ、水戸は監視館なのだ。図書館の利用者は常に見張られているんだ」と妙に納得した。そして誰かが言っていた「水戸は文化果つる地」という言葉を思い起こす。「読書文化の復権」を訴えていた元水戸市長の佐川一信さんは「本は盗まれてもかまわない。いらなくなったら返しに来る」と言っていた。その志はどこにいってしまったのか。(元瓜連町町長)