《続・平熱日記》25 ちびた石鹸 大切に使われた証拠

個展に出品した3作品

【コラム・斉藤裕之】お風呂では石鹸をお使いですか。我が家では長い間、ボディーソープを使っております。今では当たり前のような液体の石鹸。思い返せば、上京した折は小さな石鹸をカタカタいわせて銭湯に通いましたが、大学のラグビー部では練習後のシャワーに液体石鹸をすでに使っておりました。

そのころから、ほとんど固形石鹸を使ったことはないのに、突然、なぜかこの夏から風呂場にはモーモー石鹸が。特に文句もなく、あえてかみさんに理由を聞くこともなく、私の場合、どうせ坊主頭なのですから、液体だろうが個体だろうが関係なく、垂らすか擦り付けるかの違いだけで、要は泡立てばオッケー。毛穴がどうしたとか栄養がなんとか関係なし。

当たり前ですが、この石鹸、これが日々段々と小さくなる。ちびてくる。「ちびる」? 最近あまり使わないけど、 ググると「禿る」と出てくる。そうか、チビとかハゲと語源は同じか。結果、安心して下さい。「ちびる」は共通語です。

ちびた鉛筆や消しゴム、ちびた靴底。長年使われた箒(ほうき)もちびるし、研いでちびた包丁、ちびた歯ブラシなんてのもありますね。ちびるというのは何かの役に立って摩耗していくということでしょうが、つまり、ちびたものは大切に使われた証拠。「ちびる」には、そんなものに対する思いやりを感じます。

パリ時代 ちびた木炭で描画

さて話は変わって、先日終えた個展に出品してみた3作品。パリに留学していたころ、ベルリンの壁が壊れて東欧からどっと移民が流れてきた時代。セーヌ川を見下ろす国際芸術家村のアトリエで描いたドローイングです。

雲、舟、そして紙を貼り合わせたドローイング作品。ちびた木炭で描いた記憶があります。油画科の学生にとって、描画用木炭は身近な描画材であり、しかも高価なもの。お昼を我慢しても買ったものです。作品には「1993」という日付が記されています。25年前も今も、同じようなものを描き、同じように自問する日々。

それでちびた石鹸ですよ。これを真新しいモーモー石鹸に合体させて使うんですよ。お互い少しだけ緩くしてね。久しぶりにやってみました。昭和ってやつですかね。(画家)