早大政経・土屋ゼミ・インタビュー10

電子メディア

斎藤:そのあと経済部デスクを経て、証券部長になります。

坂本:証券部は、株式債券市場、証券会社経営、上場企業決算などがカバー範囲ですが、実は、社長から証券電子メディアをつくれという特命がありました。ですから、取材現場の指揮統括よりも、新商品づくりに力を注ぎました。

今、株価はインターネットのサイトなどにリアルタイムで表示されます。しかし、私が証券部長だったころ、ネットはありませんでした。

刻々の相場はNTTの専用回線を使って送られ、プロ向けの専用端末―これを電子メディアと呼んでいました―に表示されていました。当時、時事はこのサービスをやっていなかったので、この分野に新規参入しようと決断したわけです。

そのころ、一般の人が相場を知る手段は、朝夕刊の株式欄とか、短波放送の音声でした。それで物足りない人は、自分の口座がある証券会社に電話で教えてもらいました。ただ、証券会社や銀行の担当部門は、専用線で送られてくる情報をパソコンのような端末で受け、詳しい市場情報を入手していました。

英米社も競争相手

日本経済新聞の子会社QUICKは、そういった専門サービスをしていました。QUICKのほか、米国ブルームバーグ社―その社長はニューヨーク市長になりました―、英国ロイター通信も似たようなサービスをしていました。

そのころ時事は、為替金融情報をサービスする電子メディア―商品名「MAIN」―を展開、これが軌道に乗ったので、株式債券の電子メディアもやろうと、3社が抑えていた市場に殴り込みをかけたわけです。

私はこのプロジェクトの責任者になり、システム担当、営業担当、編集部門を指揮、新メディア「PRIME」―小型の液晶カラー端末、証券会社などが利用―をリリースしました。社内、社外の調整など大変でしたが、完成披露の記者会見も設営、ニュースリリースも書きましたから、これは面白かった。

インサイダー内規

藤本:証券部の運営面で記憶に残っていることは。

坂本:気を使ったのは、株式市場を取材している記者からインサイダー取引を出さないようにすることでした。証券経済記者は取材の過程で、発表されていない企業決算とか新事業などを知ることができます。

その情報をもとに、その会社の株を事前に買って儲けることも可能です。株が上がりそうな記事を出す前に、株を仕込んでおくことができます。そういった行為をインサイダー取引と言いますが、そんなことをやったら報道機関の信用は丸つぶれです。

「PRIME」のリリースで、時事は証券市場に強い影響力を持つようになりましたら、記者がインサイダー取引をやったらアウトです。私は、証券経済記者、その他関係者の株式売買を禁止する内規をつくり、社内に徹底しました。これがないと、何かあったとき社員を処分できません。抑止力を持たせる手段でもありました。

藤本:インサイダーはばれるものですか。

坂本:株式売買はコンピューターでやりますから、その記録が証券会社、市場売買システムに残る。その記録を証券取引等監視委員会―日本版SEC(米証券取引委員会)―がウォッチしています。監視委は不自然な取引を見付け、インサイダー取引を摘発しています。

脱税の摘発と同じで、悪質な行為を見せしめのために取り締まっているようです。證券会社とか銀行の社員、上場会社の幹部がやっていたら、見せしめとしては効きます。メディア人を摘発することも有効でしょう。幸い、私が部長の時、時事からインサイダーは出ませんでした。(笑)(続く)

(インタビュー主担当:藤本耕輔 副担当:齋藤周也、日時:2015年12月4日、場所:東京都新宿区・早稲田キャンパス)

【坂本栄NEWSつくば理事長】