【コラム・山口絹記】「来週空いてる? 日本に行くんだけど」。彼女からの誘いはいつも突然だ。まぁ、彼女からのお誘いとあれば無理にでも予定を空けるので、あまり関係はないのだが。
彼女というのは、63「わたしたちのことばのおはなし」(23年11月4日掲載)に登場した台湾人の旧友である。あちらのことばでいうところの“朋友”だ。今回は私に是非会ってみたいと言ってくれているドイツ人の旦那さんも一緒である。
関東のお好み焼きが食べたいという彼女の希望で、大雨の中、自己紹介と近況報告をしながら、スマホで適当なお店を検索する(旦那さんには申し訳ないが、私と彼女の会合はいつも行き当たりばったりなのである)。
席について店員さんが注文を聞きにくると、彼女が目くばせをしてきた。そうだったそうだったと私が事前の打ち合わせを思い出して黙ると、彼女が「とりあえず生で!」と日本語で元気よく注文を伝える。
「かしこまりましたー!」と言いながら去っていく店員さんを見送りながら、3人で笑い合う。彼女は日本語を勉強中なのだ。言語学習は実戦に限る。いくつになっても、この手のやり取りは楽しいものだ。私も台湾に滞在していたときは、何度も教えられたフレーズを使わされたものだ。
独語、日本語、英語で乾杯
運ばれてきたビールを片手に、私はドイツ語で、彼女は日本語で、旦那さんは英語で「乾杯!」とジョッキをぶつけ合った。日本に交換留学した経験があるので少し日本語が話せる旦那さんと、ドイツ語を勉強中の私、日本語を勉強中の彼女というメンバーなので、使用言語はあべこべだ。すばらしいことである。
生まれ育った国も使う言語も関係ない、それぞれの歴史を背負う必要のないこういう空間が、私にとっては一番居心地がよいのだ(言語研究者)