【コラム・平野国美】死を迎える瞬間に現れる「お見送り現象」について、前回(1月31日掲載)取り上げました。最期に現れる現象がもう一つあります。「走馬灯現象」と呼ばれているものです。人生最期の瞬間に、自分の過去の出来事などが次々と頭の中を駆け巡る現象で、日本の伝統的な灯籠「走馬灯」の中で影絵が回転して映し出される様子に似ていることから、こう名付けられました。
この現象は多くの人が報告しており、過去の回想、幼少期から現在までの出来事や経験が連続的にフラッシュバックするようです。特に強く残っている瞬間や印象的なシーンが浮かんでくると言われています。ただ通常時間の感覚とは異なり、数秒や数分の間に多くの記憶が高速で映し出されると言われています。
事故で意識を失った方、海で溺れた方が生還したとき、この走馬灯現象を話すことがあります。この現象の科学的な解釈は確立されていませんが、いくつかの仮説があります。
一つは、脳が酸素不足や他の生理的ストレス―例えば強い痛みや刺激を受けた際に起きるストレス―に反応して起こり、脳の海馬(かいば)や扁桃体(へんとうたい)といった感情や記憶を司る部分が関与していると考えられます。人生の総決算として、自分自身と向き合う瞬間とも言えるでしょう。
どのような記憶が浮かんでくるのかは人それぞれであり、その人の生きてきた証しが映し出される瞬間と考えられないでしょうか?
Near-Death Experience
海外では、走馬灯現象を「Life Review Experience」や「Near-Death Experience」の一部として報告されています。特に「Near-Death Experience」(NDE)で語られることが多く、死に近い状況に置かれた人々が「過去の出来事を非常に迅速かつ詳細に思い出す」ことです。NDEには、離脱体験(肉体から魂が離れる感覚)、過去の回想(走馬灯現象)などが含まれることがあります。文化や個人の信念によって異なる表現がされますが、基本的な体験内容は共通しています。
この文化や個人の信念と言われる表現は、欧米では「光に包まれた世界」と表現され、日本の「三途(ず)の川を渡る」といった表現は同じ現象と思われます。走馬灯現象でも「お見送り現象」同様、エンドルフィン、セロトニン、アドレナリン、ドーパミンといった脳内ホルモンが複雑に作用して引き起こされると考えられます。
海辺の病院で働いていたとき、海で溺れた方がこう話していました。「少し苦しいと思ったが、しばらくすると楽になり、頭の中を子供の頃の思い出が回り始めた。気が付いたら助けられていた。長い時間、夢を見ていたようだったが、溺れていた時間は数分だったと聞いて驚いた」。このような話は臨床の場で時々聞きます。(訪問診療医師)