【コラム・松永悠】3月末に私が講師を務める医療通訳養成学校の卒業試験がありました。筆記試験にロールプレイ、両方とも良い点数を取らないと合格できません。医療通訳は、通訳という職業の中でニッチな存在でありながら、一番難しいとも言われています。

毎年、うちの学校にたくさんの受講生が入ってきます。勉強のきっかけはいろいろですが、皆さんに共通しているのは、医療知識を学んで、通訳テクニックを身につけて、医療現場で人助けをしたいという気持ちです。

しかし一方で、現実はかなり厳しいものです。私は長年講師を務め、一貫して「数より質」という考えで受講生を見てきました。熱意があるのは大変素晴らしいことですが、医療通訳になれるかどうか、条件があります。さあ、それはなんだと思いますか。

語学力と黒子意識

「医療」の専門知識はもちろん必須ですが、これは努力すれば大抵クリアできます。ある意味、一番楽な部分とも言えます。私が考える大変な部分は二つあります。

一つ目、語学力です。日本語/中国語ができるから通訳できるとは限りません。受講生は全員、大きな支障もなく日常生活できる人たちです。しかし、母国語じゃない方の言語に変えた途端、語彙(ごい)が足りないとか、細かい文法の間違いとか、様々な問題点が現れてきます。これらは、長年の癖だったり、勉強不足だったりするので、簡単に直すことも、上達することも難しいです。

このレベルだと仮に最後なんとか意思疎通できたとしても、聞き手がとても疲れてきます。ただでさえ忙しい病院の外来で、こんな通訳に耐えられる医師はほとんどいません。特に文法のミスが多いと、一体何を言いたいのか分からなくなるので、医師の苛立ちは容易に想像できます。

つまり、医療通訳になるには、まず「きちんとした」語学力が必須です。「通じればいい」は、病院では通用しません。残念ながら、受講生の半分くらいはこのレベルに達していないのが現状です。

二つ目、黒子意識です。よく通訳のことを「黒子」に例えます。自己意識を抹消(まっしょう)して、相手の口になることに徹する必要があります。分かりきっていることでも、代わりに答えたり、勝手に話の内容を変えたりしてはいけないのです。我々の世界では「内容を変えない、足さない、減らさない」が鉄則です。

原石を見つけ磨き送り出す

これがいかに難しいことか、卒業試験のロールプレイを見れば良くわかります。どう訳したらいいか分からないとき、数秒間沈黙して考えるのは実は問題ありません。しかし、何かを話さなきゃと焦りだす受講生が必ず出てきます。すると、一部の方がセリフの元々の意味を大きく曲げて訳してしまいます。

この悪い癖をしっかり認識して、意識的に取り除かないと、医療現場でとんでもないミスにつながります。しかし、これもなかなか抜けられないものです。

医療通訳の難しさについて、少しばかり理解していただけましたでしょうか? 講師の仕事は、原石を見つけ、磨き、現場に送り出すということです。4月から新クラスが始まります。さあ、今度どんな受講生と出会えるのでしょうか。(医療通訳)

<参考> 医療通訳の相談は松永rencongkuan@icloud.comまで。