つくば市吾妻にある古書店「ブックセンター・キャンパス」を経営する岡田富朗さん(88)さんが、都内で古書店を始めて昨年70周年を迎えた。記念展示として同店で「色紙展」を開催し、岡田さんが収集した著名人の色紙を展示している。
「君は必ず古本屋になる」
岡田さんは東京都出身。高校2年の時に小説家丹波文雄原作の映画「恋文横丁」を見て、映画の中に登場する若い古本屋が商売をする姿に憧れ、高校を中退して、神保町の国語・国文学専門古書店「日本書房」で働き始めた。
しかし「学者の先生がいらっしゃって本の名前を言われるが、知らない言葉は聞き取れない。専門用語が分からず、恥ずかしいことに20日で辞めてしまった」と話す。岡田さんが辞めたいと申し出ると、当時「日本書房」店主だった西秋松男さんが「君は将来必ず古本屋になる」と言い、怒りもせず辞めるのを許してくれた。
岡田さんはその後、1953年に18歳の若さで駒込に古書店を開いた。
「(西秋さんは)本当に迷惑だったと思うが、店を辞めてからもよく面倒をみてくれた。『若くてお客さんにばかにされるといけないから、神保町の日本書房にいたと言いなさい』と言って、その後もずっと助けてくれた」と当時を振り返り感謝する。
多くの文化人と交流、出版事業も
本を通じ、学者など多くの文化人との交流もあった。「日本書房」にいた時、当時阿佐ケ谷にあった言語学者、金田一京助さんの自宅に本を届けたこともある。夏目漱石の研究をしていた文芸評論家、荒正人(あら・まさひと)さんは岡田さんの古書店の常連だった。荒さんが、当時資料として無価値と考えられていた大正時代の電話帳や時刻表に着目していたことや、漱石の足跡をたどってロンドンに行ったことなども覚えている。
岡田さんは1966年に豊島書房名義で、古書蒐集家の斎藤夜居著「伝記伊藤晴雨」を出版。これを皮切りに出版事業も手掛け、作家、井上光晴編集の文芸雑誌「辺境」や雑誌「るうじん」などを世に送り出した。「るうじん」で特集を組んだことから漫画家のつげ義春さんとも交流し、穏やかな人柄を覚えていると振り返る。
科学万博前年につくばに移転
駒込の後、店を巣鴨、赤羽西口、旧軽井沢と移転し、つくば科学万博前年の1984年につくば市天久保に店を構えた。つくばへの移転を勧めたのはフランス文学者で慶應義塾大の義塾長を務めた佐藤朔さんだった。岡田さんは当時つくばに行ったこともなかったが、佐藤さんから「これからはつくばがおもしろいかも」と言われて移転を決めた。「当時は筑波大の先生たちが長靴で歩いていたくらい。遊ぶところも何もなかった」と笑う。筑波大の教授らが「古本屋があるから応援してやってくれ」と岡田さんの店を紹介し、学生にも愛されてきた。
当時、天久保には文系、理系、美術系の古書店5店が軒を並べ、古書店街と呼ばれた。その後天久保の店を閉店、古書店街も姿を消した。現在の吾妻には、天久保の店を閉じて20年ぶりとなる2019年に移転した。
岡田さんは「古本屋を通じていろんな人に出会え、いろんな話を聞けて勉強させてもらった。とにかく一流の人たちはすごい。話を聞くのが楽しかった」と70年を振り返る。
著名人の色紙60点以上を展示
店内展示は、人通りの少ない道に面する同店に人を呼び込みたいと2019年から始め、今回の展示は19回目。岡田さんが長年買い集めた著名人の色紙60点以上を展示している。音楽・文学・映画・スポーツなど幅広いジャンルを集め、今年亡くなった世界的指揮者、小澤征爾さんや映画監督の大島渚さん、俳人の水原秋桜子、河東碧梧桐、野球の長嶋茂雄さんなどの直筆を見ることができる。(田中めぐみ)
◆会期は4月28日まで。店内のショーケースに展示している。入場無料。同店は不定休だが急に開店時間が変更になることがある。問い合わせは電話029-851-8100。同店のホームページはこちら。