【ノベル・伊東葎花】

むかしむかし、たいそうヤキモチ焼きの女房がいた。

亭主は団子屋を営んでいたが、女の客が来るたびに女房が目を光らせるものだから、やりにくくて仕方ない。

「多少のヤキモチならかわいいけど、うちの女房は度を越している。何とかならないでしょうか」

亭主は、村の長老に相談をした。

「若い女に道を聞かれただけで、すごい剣幕で怒るんです。商売にも差し支えるし、何かヤキモチを抑える薬はありませんか?」

長老は、「そういえば」と棚の奥から何やら茶色の瓶を出してきた。

「これは、都の商人から買ったものだ。確か、ヤキモチ焼きが治る薬だ」

「ほう。そんな薬が本当にあるんですか」

「試したことはないが、おまえさん、ひとつ使ってみなさい」

亭主は、長老から二回分の薬を分けてもらった。

さっそくその夜、女房と差し向って酒を酌み交わした。

もちろん女房の酒には、長老からもらった薬が入っている。

「一緒に飲もうだなんて珍しい。やましいことでもあるんですか?」

「いいから早く飲め。なかなかうまい酒だぞ」

女房は「ふん」と鼻を鳴らして酒を飲み干した。あとは効き目を待つだけだ。

翌朝、店の準備をしていると、通りかかった若い女が石につまずいて転びそうになった。

亭主はさっと手を差し伸べて女をかばい、一瞬だが抱き合うような格好になった。

「まずい。女房に怒られる」

振り返ったが、女房は店の奥で何事もないように団子を並べている。

亭主は店に戻り、「おい、今の見てなかったのかい?」と聞いた。

「見てましたけど、それが何か?」

あんな美人に女房がヤキモチを焼かないわけがない。

なるほど、薬が効いたんだな。亭主は、心の中で万歳と叫んだ。

そのあとも、女房はさっぱりヤキモチを焼かない。

団子を買いに来た女と手が触れても、近所の若奥さんと話し込んでも、見ているだけ。

あんまりヤキモチを焼かれないのも、何だか物足りない。

亭主は昔なじみの芸者を家に呼んだ。

女房の目の前でいちゃつきながら酒を飲んだが、女房はさっぱりヤキモチを焼かない。

あきれたような顔で見ているだけだ。

そっけなくされると、今度はやけに女房のことが気になるものだ。

亭主は、女房が若い男と話したり、男の客に笑いかけるのが何とも許せなくなった。

「いかん、いかん。俺がヤキモチ焼きになっちまう。そうだ。あの薬が一回分残ってたぞ」

その夜、女房と酒を飲んだ亭主は、自分の酒にあの薬を一滴たらした。

「しかしおまえは、ヤキモチを焼かなくなったね」

「そうですか?」

「そうさ。この前も、女を家に連れてきても何にも言わなかったじゃないか」

「女って…いくら私でも、メス猫にヤキモチは焼きませんよ」

「メス猫?」

「ええ、まったくあなたの動物好きにはあきれますよ」

その時、長老が訪ねて来た。

「おい、この前、渡した薬、間違えた。あれは女が人間以外の動物に見えちまう薬だった」

「何だって?」

亭主が振り向くと、そこには酒をうまそうに飲むメスのタヌキがいた。(作家)