【コラム・冠木新市】今年は、旧筑波郡小田村出身で戦前の名映画プロデューサ一根岸寛一(本コラム51で登場)の没後60年だった。イベントをやるつもりでいたのだが、時間的に余裕がなく開催することができなかった。

東映映画の礎を築いた根岸寛一は、人生の終わりを前にして、次の時代を見すえていた。亡くなる1、2年前、根岸の病床に東映撮影所長・岡田茂が訪ねる。岡田はギャング映画路線のヒットを報告しにやって来た。すると根岸は「次の路線はなんだ」と問いかける。何も考えていなかった岡田は答えに窮してしまう。すると根岸は「次はヤクザ映画だよ。ヤクザ映画は時代劇の変形だ。東映が向かうべきは任侠映画だよ。『人生劇場』だよ」と予言したそうだ。

根岸が亡くなった年、『人生劇場 飛車角』(1963)が主演・鶴田浩二で公開され、大ヒット。東京オリンピックの年にも『日本侠客伝』(1964)が主演・高倉健で大ヒット。さらに翌年には『網走番外地』(1965)、『昭和残侠伝』(1965)などが次々と大ヒットし、シリーズ化され、団塊世代の支持で任侠映画ブ一ムは約10年間続いた。根岸の時代の流れを見る目は確かだった。

『仁義なきヤクザ映画史』

『日本侠客伝』シリーズは、脚本家・笠原和夫がメインライターをつとめ、監督は名匠・マキノ雅弘らで、全11作ある。主人公など設定は毎回変わるが、堅気で昔ながらの正業を持つ主人公たちが、近代化を進める企業家の手先となったヤクザたちと戦う『忠臣蔵』を原型にした話となっている。

そしてシリーズを俯瞰すると、教科書には書かれていない大正時代の庶民史が浮び上がる工夫がほどこされている。現在に重ねれば、AI時代のスマート社会にほんろうされる市民の話とでも言えようか。

『日本侠客伝』シリーズを見直しながら、『仁義なきヤクザ映画史』(伊藤彰彦著、文藝春秋)を読んだ。1910年から2023年の約100年間のヤクザ映画の分析と、脚本家や監督や制作者のインタビュー。そして、映画界とヤクザ社会との関係を語り、それだけにとどまらず、日本の差別社会の仕組みにまでメスを入れた映画本の枠を超える名著となっている。

『劇場版  荒野に希望の灯をともす』

その中で、世界中に知られた医師中村哲のドキュメンタリー映画『劇場版  荒野に希望の灯をともす』(2022)が紹介されている。中村は医療よりも水が大切だと気付いてから、パキスタンとアフガニスタンで、黙々と井戸や用水路の建設に挑んだ。その中村の原点になっているのは祖母マンの教えだった。

祖父母は、玉井金五郎とマン。なんと、作家・火野葦平の小説『花と龍』のモデルなのだ。下層労働者のために、巨大資本の手先ヤクザと闘う玉井金五郎とその妻の物語。日活、松竹、東映で8回映画化された任侠映画『花と龍』の世界が、医師の中村につながっていると知り驚いた。

私は、中村哲を語る文化人が映画『花と龍』を見たら、どんな感想を抱くのかを聞いてみたいと思った。

2024年は根岸寛一生誕130周年である。来年こそ、イベントを開催するつもりだ。問題があっても長いものには巻かれろと、無視をきめ込む風潮がまん延する時代にあって、任侠映画が形を変えてよみがえってくると予感するからでもある。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)