【コラム・三橋俊雄】私が浪人時代、高校の友人に誘われて、障がい者施設にボランティアに行きました。施設のガラス窓を拭いたり、石膏のギブスを埋める大きな穴を掘ったり…。あるとき、施設の子どもたちと遊んでいて、小さな女の子に「おにいちゃん、ぶらんぶらんして」と言われ、その女の子を遊ばせていましたが、彼女の両腕が無いことに気付きました。その子はサリドマイドの子であり、それが私にとって初めての障がい者との出会いでした。

そんなこともあって、大学での卒業研究のテーマが障がい者のためのデザインになったのだと思います。夏の熱い日差しを今でも覚えています。卒業研究のために訪れた千葉県の障がい者施設で、脳性小児麻痺のT君(14歳)と出会いました。

彼は、自分で歩くこともできない、話すこともできない、食べることもトイレに行くことも自分の力ではできませんでした。まさに、ないないづくしの少年でした。はじめ私は、彼のための車いすのデザインをしようと、その少年を紹介してもらったのですが、彼と一緒の時間を過ごし、彼を観察していくうちに、彼にとって一番大切なこと、一番解決しなくてはならないことは何なんだろうと考えました。

彼が使いやすい車いすのデザインや食器・便器のデザインも大切ではあるけれども、それよりも、彼の心の中にある「考え」や「思い」を、お母さんや家族、そして友達に伝えることのできる道具のデザインが、彼にとって一番必要なものではないかと考えました。彼は今までの14年間、自分の思いを伝えたくても伝えられず、我慢し、あきらめていたのではないかと思いました。

人間にとって何が大切な問題か

そこで私は、まず、T君の認知能力や身体的な可動部位、可動範囲などを知ることから始め、自分の気持ちを人に伝えるための道具のメカニズムや道具の使いやすさなどを検討しました。

最終的に、私は、T君のわずかに動く左の足指で、足下のキーボードの穴を押すと、机の上の「あいうえお」表示ボックスの豆電球が点灯し、例えば「お・な・か・が・す・い・た」と押すと、彼の気持ちがお母さんや家族に伝えることができる、足動式意志伝達装置をデザインすることにしました。

出来上がった試作モデルはT君に使ってもらいましたが、そのとき、こう実感しました。お医者さんにも、リハビリテーションの先生にも解決できない領域…人間にとって何が大切な問題であるかを発見し、その問題を解決するための道具を具体的に考案し、設計・制作する。その一連の行為が、デザインという世界であり、デザインの役割ではないかと。(ソーシャルデザイナー)