【コラム・先﨑千尋】石岡市八郷地区は有機農業の里だ。1974年に、首都圏の消費者たちが自ら安心安全な食べ物を作ろうと有機農業に取り組む「たまごの会八郷農場」がスタートし、1997年には八郷農協に有機栽培部会が結成された。その他にも、有機農業を志す人たちが思い思いの取り組みを始め、定着している。農協の有機栽培部会は今春、日本農業賞大賞に選ばれている。

ここで紹介する山田晃太郎さん・麻衣子さん夫妻は八郷では新参者だ。だがやっていることは他の有機農業者とは一味違う。どう違うのか。今月発刊された、2人と中島紀一さんの共著『やまだ農園の里山農業-懐かしい未来を求めて』(筑波書房)で見ていこう。

2人が旧八郷町恋瀬地区で有機農業を始めたのは6年前。同地は筑波山地北端の山々の麓に広がる里山集落。3人の娘がいる。水田80アール、畑2ヘクタール、山林70アールを借り、「旬の野菜セット」を100軒ほどの消費者に食べてもらっている。

やまだ農園が他の有機農家と違うのは、生産から荷造りまで多くの人たちが携わっていることだ。子どもが通う保育園の仲間を中心に、多くの仲間が農作業に加わっている。6月の田植えには3歳から80歳まで延べ150人の人が参加し、長さ30センチほどの大きな苗を一本植え。子どもたちが田んぼの中を泳ぎ回る。

その他、稲刈りや柏餅づくり、生き物観察会、味噌(みそ)の仕込み、落葉集め、踏み込み温床づくりなど、1年を通してやまだ農園の茅(かや)屋根に人が集まる。それだけでなく、近所の年寄りも仲間に加わり、農作業や農産加工、村の暮らし方などを教えてくれる。

里山復活、人がつながる農園

山田さんたちは5年前に空き家になっていた茅葺(ぶ)きの家に出会い、屋敷ごと譲り受けることになった。築100年、養蚕用に建てられた45坪の大きな母屋で、いろりが2つある。

山田さんはこの茅屋根の家を、地域の人たちが伝えてきた農ある暮らしの豊かさを発信する場にしたいと考え、2021年には「八郷・かや屋根みんなの広場」というNPO法人を立ち上げてしまった。現在はこの家が活動の拠点。みんなが集まる場、学習の場となっている。ここでの活動を通じて「懐かしい未来」を生み出していくのが山田さんたちの目標だ。

この茅屋根は、補修用に大量のススキを集め、昨年春と冬に、茅葺き職人を中心に多くの人の手伝いを受け、見事な屋根に生まれ変わった。

この情報を得たNHKは、屋根の葺き替え作業を中心に、やまだ農園の活動を2年にわたって取材し、昨年7月にBSプレミアムで「筑波山麓KAYABUKIライフ~懐かしい未来」として放映した(現在もYou Tubeで見られる)。

やまだ農園は、「いのち育む水辺、里山復活、人がつながる農園」をめざしており、これからの展開が楽しみだ。本書はこうした一部始終(「自然と共にある農業を目指して」)と、中島さんの「里山農業へ夢を広げて」の2部構成。プロカメラマンだった晃太郎さんの写真が美しい。A5判95ページ、1200円+税。(元瓜連町長)