【コラム・松永悠】医療通訳ってどんな仕事なの?と、私はこれまでいろいろな人から聞かれました。確かになじみのない仕事ですよね。多くの人にとって通訳というと、会議通訳や観光ガイドのイメージが強いのかもしれません。しかし商談や観光は、通訳が登場する一場面に過ぎません。
グローバル化が進む今では、私たちの隣人や同僚、子供の同級生の中に当たり前のように外国人がいます。そんな彼らも病気になれば病院で受診することになります。日常生活に困らない程度の日本語ができても、病院に来れば話が違ってきます。
治療はインフォームドコンセント(医師の十分な説明と患者の同意)を大前提としているため、患者は医師の説明を正確に理解しなければなりません。誤解や勘違いは、後に大問題になりかねないため、医師も外国人患者に極めて慎重に対応しているのです。
ここでいよいよ医療通訳の出番です。この仕事をするために、語学だけでなく、人体の構造や様々な検査、病気などの専門知識を幅広く勉強して、さらに医療通訳技能検定試験にも合格しなければならず、医療通訳は通訳の中でも極めて専門性の高い職種です。
医療通訳が医師の説明を患者に、そして患者の要望や疑問を医師に、さらに医師の回答を患者に返すということを繰り返していきます。最終的には両者が満足のいくコミュニケーションが取れ、スムーズに治療することができるようになります。
診察中のどこかで誤訳があったら、信頼関係だけでなく、トラブルに発展してしまうので、とにかく責任重大です。忠実に訳すことは基本中の基本で、さらに患者の話に隠された心配や疑問、うまく説明できない部分まで気付き、拾い上げ、確認してから医師に伝えるところまでできれば上級者です。
日本の医療制度を理解するのも大変
母国語で自分の病気を説明するのは簡単だと思う人もいますが、一概には言えません。表現力や語彙(ごい)力の足りない患者もいるのです。
そういうときは、私が誘導して伝えたいニュアンスをうまく引き出すことも非常に大事です。一口に「痛い」と言っても、ズキズキ、ピリピリ、ジンジンもあれば、鋭い痛みに鈍い痛み、波を打つような痛みなど、いろいろあります。ときには時間をかけて説明して、きちんと理解してもらってから次の話に進みます。
診察だけでなく、多くの外国人患者にとって大変なのは日本の医療制度への理解です。保険証の正しい使い方から高額療養費控除まで、わからないことだらけです。ここでも、私から説明したり、病院の医療ソーシャルワーカーさんに力を借りたりと、他の医療従事者と連携プレーをすることで、外国人患者も日本人患者と同じ治療が受けられるようになるのです。
大変な部分ももちろんありますが、そんな苦労よりも、やり遂げたときの達成感が一番のご褒美です。外国人患者を助けることは日本人医療従事者を助けることでもあるので、時間と体力が許す限り、第一線に立ち続けたいと願うばかりです。(医療通訳)
【まつなが・ゆう】北京で生まれ育ち、大学で日本語を専攻した後、日系企業に就職。24歳のとき、日本人夫と結婚して来日し、気がつけば日本にいる時間が長くなっています。3人の子供を育てながら、保護犬1匹、保護猫5匹も大切な家族。子育てが一段落した今、社会のために、環境のために、何ができるか、日々模索しています。