【コラム・斉藤裕之】夏のバカンスイン山口。楽しみの一つは弟の舟で釣りに出かけること。狙いはアジとメバル、カワハギなどの瀬戸内の小魚。ところが港を出てしばらくすると、ナブラ(イワシなどの小魚が大きな魚に追われてできる)が湧いているのを発見。餌のイワシを追って海面をバシャバシャ泳いでいるのは、この辺りでヤズと呼ばれているブリの子供。急いで疑似餌を投げてみるが、うまくヒットしない。

どうやらヤズが回遊してきたという情報が回ったとみえて、次に舟を出したときにはヤズ狙いの釣り舟は随分と増えていた。遠目に立派なヤズを釣り上げている姿も見かけるようになった。我々もナブラにキャストを繰り返してはみたものの、ヤズの気を引くことはできず、本来の餌釣りに専念することにした。

結果、刺身と煮つけにちょうどいいサイズのアジとアラカブが釣れた。その日の夕方、近くの果樹園で働く義妹のユキちゃんが帰宅。「これもらったの」と、なんと大きなヤズを抱えているではないか。ご友人が日本海で釣ってきたものだそうだ。こういう状況を言い表す、うまいことわざなり故事成語なりがありそうな…。

とにかく、願ってもない御馳走(ごちそう)には違いないが、初老の我々3人にはちょっと持て余す大きさで、メインディッシュの予定だったアジは塩をされて干物に回された。

ユキちゃんと休日に市街へ出かけた

ユキちゃんは不安定な暮らしをしていた弟を支えて、2人の娘を立派に育てた。今は午前中に地元の加工場でパンを焼いて、午後は果樹園で働く。毎朝みそ汁と魚を焼いてくれて、弟の弁当と私の昼のおにぎりも用意してくれる。夕飯もちゃちゃっと作る。その間に、薪(まき)で風呂も焚(た)く。いつも少し駆け足気味にスタスタと歩き、とにかくよく動く。

そのユキちゃんと休みの日に市街へ出かけた。目的の一つは昔からあるラーメン屋さん。この店に初めて訪れたのは小学生の頃。隣のみっちゃんと映画を見た後、「ライスちゅうメニューが50円であるんよ」と誘われて入った。多分相当貧乏に見えたのか、意気揚々と「ライス」を2つ注文した子供に、ご主人はおかずをつけてくれた。

当時すでに評判だったこの店は、今も行列ができるほど繁盛していた。コショウを一振り。数十年ぶりに食べるラーメン(中華そば?)は記憶の通りの味だった。ユキちゃんに「高校の食堂のラーメンを思い出したよ」と、私。実はユキちゃんは同じ高校の1年先輩。

アジを狙ってヒラメが食いついた

山口で過ごす最後の日。クマゼミの鳴き声で覆われた粭島(すくもじま)の港を出航。小アジの群れにぶつかって辟易(へきえき)していたら、何と、弟の竿(さお)に引っ掛かった小アジを狙って大きなヒラメが食いついた。というわけで、最後の晩餐は豪華ヒラメの刺身。夕方帰宅したユキちゃんは手際よくさばいて、その手には大きなヒラメの頭と骨が。

「これは山の人にあげよう」と言って、裏の捨て場に放り投げた。「何の動物(彼女が山の人と呼ぶ)か知らんけど、次の日にはきれいに無くなるんよ」

バカンスって、もしかしてベイカント(からっぽ)のこと? 夕方、パク(犬)と散歩していているときに、頭の中で言葉が結びついた。あ、くずの花が咲いている。勢いのある緑色だった田んぼも、いつの間にか秋色に変わりつつあった。(画家)