【ノベル・伊東葎花】
妻と2人で、無人島へ行く。
無人島だけど清潔なコテージがあり、冷暖房完備。冷蔵庫には必要な食材がある。
つまり、リゾート用に整備された無人島だ。
予約客は、1ツアー1組のみ。
島の存在は、ごく一部にしか知られていない。だから誰にも言わずに行く。
クルーザーで島に着いた。
美しい島だ。夜は星がきれいだろう。
「わあ、素敵なコテージ」
「明日まで、この島すべてが僕たちの物だ」
妻の肩を抱いてコテージのドアを開けた。
誰もいないはずなのに、物音がする。
中に入ると、僕たちと同じ世代の男女が、ソファーに座っている。
「誰だ?」
振り向いた男女は慌ててソファーから降りて、床に頭をこすりつけた。
「すみません。今日予約が入っていたのをすっかり忘れていました。すぐ出て行きます」
「どういうことだ?」
「実はこの家は、私たち夫婦の家です」
「ここは無人島だろう?」
「住んでいるのは私達だけです。この家の掃除や管理をしています」
「無人島じゃないなら、詐欺じゃないか」
「ですから、お客様が来る日は林の中の洞窟で寝泊まりしています。そういう約束で金をもらっているので、ツアー会社にはどうか内密に」
「わかったよ。さっさと出て行け」
「はい」と立ち上がった途端、女がフラフラと倒れた。
「すみません。ジメジメした洞窟暮らしで、すっかり病んでしまって」
女は青い顔で立ち上がった。さすがにちょっと胸が痛む。
「あなた。可哀想よ。泊めてあげたら」
妻が言った。確かにこのまま夫婦を追い出したら後味が悪い。
僕たちの邪魔をしないことを条件に、夫婦を泊めることにした。
夫婦は物音を立てず、僕たちの視界に入らないように気配を消した。それでいて、タオルやドリンクがさりげなく用意されている。有能な執事を雇った気分だ。
夕暮れ、海から戻ると、豪華なディナーが用意されていた。
テーブルには、夫婦からのメモがある。
『差し出がましいとは思いますが、泊めていただいたお礼です』
テーブルに並ぶ料理に、妻は大喜びだ。高級なワインも用意されている。
「後片付けもやってくれるかしら」
「やらせればいいさ。泊めてやったんだ」
僕たちは、いい気分で無人島の夜を楽しむ…はずだった。
目覚めると、もう陽が高い。いつの間にか眠っていたのだ。
ワインを2杯飲んだところで記憶が消えている。
「あなた、私たちの荷物がないわ。クルーザーの鍵もない」
「あいつらだ」
昨日の夫婦を探したが、どこにもいない。
急いで林の中の洞窟に行った。
生活していた後はあるが、夫婦はいなかった。
「あなた、手紙があるわ」
『次の管理人、お願いします。大丈夫。あなたたちのような、マヌケで親切な夫婦が来るまでの辛抱です。グッドラック』
やられた…。
(作家)