【コラム・吉武直子】近年、COP18(国連気候変動枠組条約第18回締約国会議)の生物多様性戦略やSDGs(持続可能な開発目標)に見られるように、健全な生物多様性を保つことが世界的に重要な課題となっています。
里山は人が手を入れて維持管理してきた環境で、林、田んぼ、草地、池、水路、湿地といった、いくつもの異なる小さな環境の複合から成り立っています。そこには多くの生物が生息しています。中でも昆虫は様々な環境に適応し進化した生物で、言い換えればどんなところにでもいるとも言え、このような複合環境では非常に多くの種を確認することができます。
また、植食性昆虫や訪花昆虫に見られるように昆虫と植物の間には利用しあう深い相互関係があり、生息する植物の種数が多ければ昆虫の種数も多いとも言えます。今回のコラムでは、この昆虫についてお話します。
未知の種が見つかる可能性
宍塚の里山からは何種もの昆虫の新種が発見されています。近年での一例を挙げると、1994年にNipponosega yamanei Nicolai V. Kurzenko Arkady S. Lelej 1994 ナナフシヤドリバチ、2020年にPilophorus satoyamanus Yasunaga Duwal Nakatani, 2020 カスミカメムシ科の1種が新種記載されています。
生物の新種は、その種の1個体以上の標本を指定し、特徴や近縁種との区別を明確に記した記載論文を発表することで認められます。これらの種も宍塚で採集された標本を元に書かれています。踏査し、採集し、調べれば、宍塚からこれから先も未知の種が見つかる可能性が大いにあります。
生物種の記録を共有する
ある地域にどんな生物種がいるのか、過去どんな生物種がいたのか、地域生物相を知ることは生物多様性の保全の基礎となるものです。生物の種名を決定する同定はその中で不可欠な作業です。
脊椎動物では目視、全形写真、声、食痕や足跡から同定できるものがほとんどです。昆虫は大型種では同定ポイントが写った全形写真、セミ類やコオロギ類のように種固有の鳴音を発する種ではその音から同定ができますが、小さな昆虫では体の外部構造を細かく観察する必要があります。
そのため、小さな昆虫は乾燥してマウントしデータラベルを付けた標本にして同定することが多くなります。また、標本はいつ、どこにどんな種がいたのかを記録する実物の証拠でもあります。最近はSNSに写真を上げて種名を人に聞いたり、記録報告したりすることが多くなりましたが、実物に優れるものはありません。
地域の生物相を記録する標本は重要なもので、公共の財産として扱われるのが望ましいのですが、標本資料はその保管に人の手やスペースを大きく要します。近年、博物館などの文化研究施設が縮小される中、寄贈などで増え続ける標本の保管は問題となっています。標本が失われることを念頭に置いたうえで、それを生かすには分布の報文や種のリストを公共の場に向けて発信することが現状での着地点かと考えています。
生物多様性戦略に向けて、宍塚の会でも生息する生物種の情報を共有しようという動きも生まれ始めています。記録には多くの人の目と手と知識が必要です。年月を重ねて専門性を高めた人でも、最初は「野外を歩いてみよう」「この生きものはなんだろう」から始まります。ぜひ、里山を散策したり、宍塚の会の観察会に参加したりしてみてください。(宍塚の自然と歴史の会会員)
【写真の説明】(左から)カオジロヒゲナガゾウムシ(初夏、雑木林内の菌が入った落枝や朽ち木で見られます) コカマキリ(秋、草地や林縁で見られます) アオオサムシ(春~夏に林床や散策路を歩いている姿が見られます)