【コラム・川端舞】マジョリティと呼ばれる人々は多くの場合、特権を持っている。入り口に段差があるかどうかを気にせずに、飲食店やホテルを選べるのは、車椅子やベビーカーが必要ない人の特権。音声による説明がなくても、インターネット上の写真・グラフなどから情報を得られるのは、目が見える人の特権。店員から商品の説明を口頭でしてもらって買い物ができるのは、耳が聞こえる人の特権。

婚姻届により、血縁関係のない2人が家族として認められるのは、戸籍上の異性同士で愛し合った人だけの特権。どんなに2人が愛し合っていても、戸籍上の性別が同じであれば、現行の法律では婚姻届は出せない。

日本の難民認定手続きがどう変わっても、日本を追い出される心配をしなくていいのは、日本国籍を持つ人たちの特権。日本国籍を持つ私には、日本を追い出される恐怖など想像すらできない。

奪った権利をマイノリティに返すだけ

マジョリティとは誰のことだろう。私は車椅子がないとどこにも行けない点ではマイノリティだが、視覚的な図で表された情報でも、音声だけの情報でも困らずに利用できる点ではマジョリティだ。入管難民法がニュースとして話題になるまで、自分が日本国籍という特権を持っている自覚すらなかった。

また、私は誰に身分証明書の性別欄を確認されても、何も困らない。これもマジョリティの特権なのだが、出生時に割り当てられた性と性自認が一致しない「トランスジェンダー」に対し、自分のように生まれた時の性と性自認が一致する多数派は「シスジェンダー」と呼ぶことさえ最近まで知らなかった。

しかし、シスジェンダーとしての自覚を持つと、今の社会がトランスジェンダーの権利を犠牲にし、シスジェンダーが生活しやすいようにつくられていることが見えてくる。例えば、学校の制服を男女で分ける仕組みは、自分らしい性を表現したいトランスジェンダーの生徒を犠牲にしている。

そして、自分もそのような社会をつくっている一員だと思うと、シスジェンダーである私たちこそ社会を変えていかなければならないことに気づく。

マイノリティの人権問題は、マジョリティ側が自分たちの持っている特権に気づき、その特権をマイノリティ側にいかに還元するかの問題でもある。決してマイノリティに特別な権利を与えることではなく、マイノリティから奪ってきた人間としての基本的な権利を、彼らに返すだけだ。(障害当事者)