【コラム・オダギ秀】人生という旅の途中で出会った人たち、みんな素敵な人たちでした。その方々に伺った話を、覚え書きのように綴りたいと思っています。

「今の時代は、コミュニケーションが取れない時代でしょ。隣りの家同士でも、知り合わないこともある。でも、ハム(アマチュア無線家)は、全然知らない者同士が、すぐに親しくなれるんですよ」

矢口蕃(しげる)さんは、楽しそうに、自分の長い長いハム人生を語ってくれた。アマチュア無線局JA1IOAの超ベテラン局長。

「CQと言う言葉があります。これは、誰か応答してくださいって意味の無線用語なんです。ハムは、無線で、CQ CQと呼びかける。すると、その電波を聞いたどこかのハムが、それに応えて、おしゃべりが始まる。それでお付き合いが始まります。日本全国だけではなく、全世界でですよ」

矢口さんが初交信したのは1961年というから、矢口さんのハム人生は、もう60年近いことになる。これまでに、のべ25万局以上と交信したそうだ。多くの賞を得ているが、壁に張られたその表彰状にまぎれて、額に入ったクレジットカード大の小さな免許証が、誇らしげに掛けてある。

「道の駅アワード(賞)というのがあるんです。各地の道の駅から電波を出して交信すると、その数で賞が決まる。ボクはそれが楽しくて、新しい道の駅が出来ると出掛けて、そこの駐車場からCQと呼びかけます。すると、無線交信だけでなく、近くのハムは実際にやって来る。そして、ワアワアおしゃべりしたり、その土地の美味しいもの食べたり、温泉に入ったり。見ず知らずの者同士が、見ず知らずでなくなってしまうんです。日本全国に友だちができました。九州行ったり、また北海道にも行きたいな」

その楽しみがあったから、長いハム趣味を続けて来たんだろうなあ、と矢口さんは振り返る。

矢口さんのお宅には、高い大きなアンテナがそびえているが、ここから発信された電波が、矢口さんの世界を拡げ、人生を拡げていったのだろう。

「ハムで広がるコミュニケーションは、ハム同士だけじゃないんです。各地を伺うと、その地のハムが、ハムでない家族や若い人などを連れてきてくれる。そんな出会いも楽しいですねえ」

矢口さんは、無線室のテーブルのキー(モールス信号を打ち出す電鍵)を引き寄せると、愛おしそうに叩き始めた。(写真家)