【ノベル・伊東葎花】
朝ご飯を食べていたら、タケちゃんがやってきた。
「よう、みっちゃん、朝めしか?」
「見たらわかるでしょ」
「滝を見に行くべ。すっかり凍ってる。あんな滝はなかなか見られねえ」
「これだけ寒けりゃ滝も凍るでしょ」
「なあ、早く行くべよ。昼になったら溶けちまう」
タケちゃんがあんまり急かすものだから、箸を置いてタケちゃんの軽トラに乗り込んだ。
タケちゃんは幼なじみ。
2年前に夫を亡くしてから、何かと理由をつけてやってくる。
心配してくれるのはありがたい。
子どもたちは都会にいるから頼れないし、男手が必要な時もある。
だけど幼なじみとはいえ男。ご近所の目も気になる。
そう思いつつも、気心知れたタケちゃんに、つい甘えてしまう。
朝の空気は、寒さを通り越して痛いほどの冷たさだ。
滝は見事に凍っている。
豪快に流れる音もなく、全ての時間が止まったように白く固まっていた。
「すごいべ」
「そうね。だけどさ、滝はどんな気持ちだろうね」
「はあ? 滝の気持ち?」
「だってさ、ドドドと落ちるのが滝の醍醐味(だいごみ)でしょ。それをあんな形で凍っちゃってさ、動きたくても動けないんだよ」
「ははは、みっちゃんは相変わらず面白いな」
私は凍った滝と自分を重ねた。
夫がいたころはあんなに活動的だったのに、今じゃ庭に出るのも億劫(おっくう)になっている。
見事に凍った滝を見ても、以前ほど心は動かない。
「なあ、みっちゃん、ずっと前、俺たちが若いころ、一緒に滝を見たよな」
「ああ、そんなこともあったね」
「俺さ、あのとき、みっちゃんにプロポーズしたんだ。だけど滝の音がうるさくて、俺の声は届かなかった。何度も聞き返されて、しらけちまった」
「そう。じゃあ、あのとき滝が凍っていたら、人生変わっていたかもね」
「よく言うよ。都会から来た二枚目と、さっさと結婚したくせに」
「あはは、しょうがないよ。一目ぼれだったもん」
本当は聞こえていた。タケちゃんの声は滝より大きかったから。
だけど聞こえないふりをした。この人を、友達以上には思えなかった。
タケちゃんは結局、誰とも結婚しなかった。
「なあ、みっちゃん、俺たち一緒にならないか? お互いひとりだし、年も取ったし、支え合って生きて行こうよ」
突然、タケちゃんが大真面目な顔で言った。
困った。滝は凍って静かな朝だ。聞こえないふりができない。
「じゃあ、お友達から始めましょう」
「もう友達だべ。みっちゃん、相変わらず面白いなあ」
タケちゃんが大笑いしてくれて、ちょっと救われた。
私たちは一生涯の茶飲み友達。それがいい。
日が射して、滝がひとすじ流れ出した。
私も止まってばかりいられない。
「タケちゃん、私歩いて帰る。滝を見たら無性に歩きたくなった」
「はは。みっちゃんはやっぱり面白い」
(作家)