【コラム・奥井登美子】大学病院の救急救命室を初めて見た私はショックだった。地球ではない。宇宙船の中。医療器械に囲まれたわずかな空間に、チューブだらけの人間らしきものが横たわっている。

夫は大動脈の中膜(ちゅうまく)の解離(かいり)で意識を失い、倒れてしまった。肺にたまった血液が呼吸を止める寸前に、ドレーンを使って血胸(けっきょう)を抜いてくれた。この病院ならではの手早い技術と処置で、とりあえず命をとりとめたようだ。だが、まだまだ解離した動脈血管からの出血が多いので輸血をしている。いつ呼吸が止まってもおかしくない状態だという。

「いつ何が起こるかわかりません。家族のかたは、5分以内に来られる場所にいてください」。24時間、5分以内の場所に家族は張り付いていなければならない。

「ダークマター 暗黒物質」

こうなると家族の結束しかない。3人の子供とその連れ合いと私。7人でチームを組んで当番をきめ、ノートを1冊作って、医者からの説明など、すべて記入してことにした。夫の兄は千葉大学の医学部外科教授だった人。心配で家にいられなくて、動脈解離の専門医の友達を連れて、毎日来てくれる。

運がよかったのは、脳に行く血管の1センチ下から解離したおかげで、脳の機能が保たれたことである。たった1センチの差で、彼のその後の一生は左右されたのである。5日目に意識が戻り、救急救命室から脱出し、一般病棟に移ることができた。 1カ月ぶりに土浦の家に帰ってきた彼が書いた文字は、「ダークマター 暗黒物質」。(随筆家、薬剤師)