木曜日, 1月 22, 2026
ホームつくば日本写真協会新人賞受賞、田川基成さん つくばで「海の記憶」展

日本写真協会新人賞受賞、田川基成さん つくばで「海の記憶」展

今年、日本写真協会新人賞を受賞した田川基成さん(37)による写真展「海の記憶」が、10月7日からつくば市天久保のギャラリーYで始まる。田川さんは長崎県出身。受賞作品である故郷、長崎の島々の暮らしを4年にわたり記録した作品群「見果てぬ海」から、同名の写真集収録作品を含む18点が展示される。

同新人賞は将来を期待される有能な新人写真家に贈られる。受賞理由として「『見果てぬ海』は、大航海時代にポルトガル人やスペイン人がキリスト教を伝えた記録から、隠れキリシタンの歴史を掘り起こし、長崎の風景、豊かな海、人々など様々な視点で捉えており、単なる一地方の記録に収まらない。スケールの大きな作品」などと評された。

田川さんは、同テーマの展示を全国5都道府県で開催してきた。県内では初めての開催となる。「海の記憶」に込めた思いについて「長崎自体が持つ歴史、行為、物語、それらを包み込んでいるのが海」「写真は見る人の記憶を呼び起こすメディア。見る人、土地によって感じ方は変わる。会場で、何かを感じてもらえたら」と話す。

初めて訪ねた五島列島から故郷の島を眺める(同)

魔法がかかる

ないだ群青の海。水平線に浮かぶ島影を、雲間から差す光が照らす− 

30歳を迎えた田川さんが、初めて訪ねた長崎県沖の五島列島から、本土に近い自身が育った島を見た日の写真だ。子どもの頃に故郷から見ていたのは、遠く西の海に浮かぶ五島の島々。大人になり、初めてその地に立つと、子どもの頃は知り得なかった海の向こうに広がる「もう一つの世界」を感じ、不思議な気持ちになったという。

写真集「見果てぬ海」には、田川さんが長崎の島々を旅し、出会い直した風景が収められる。新緑の山が包むグラウンドで聖母マリアを囲む人々、部屋の隅に積まれた布団に差す夕日、豊富な海の幸が並ぶ食卓、漁港に立つ男性。どれも島では日常の光景だ。

田川さんは、長崎県西海市の離島・松島で海に親しみ15歳まで過ごした。長崎には600を超える島がある。一帯は、16世紀に欧州から伝わったキリスト教が時代を超え地域に根付く。しかし、その土地の特殊性のみを強調しない。淡々と並ぶ、田川さんの目を通した日々の光景が見る者を惹きつける。その理由は「写真の魔法」だと話す。

「いい光をとらえた写真には魔法がかかる。見慣れた光景が現実から離れていく。現実だけど、幻のよう。僕はそれが『写真の魔法』だと思っている」

五島市福江島の5月第2日曜日に行われる聖母祭(同)

旅人にしか見えないものがある

幼少期、田川さんは海で釣りをし、父の船で海を行き来した。中学校へは町営の船で通学した。高校は本土の長崎市内へ進学。島を離れ下宿した。その後、北海道での大学時代、東京での社会人生活を経て昨年12月に九州に戻った。今は福岡県で、妻、2人の娘と海辺の町で暮らしている。

これまで南米を1年間旅するなど世界50カ国以上を訪ねた。旅することで世界を知り、思考を深めた。「旅人にしか見えないものがある。僕はそれを写真に撮っている」と話す。

30歳で始めた故郷の撮影も「旅」にこだわった。多くの島、長く複雑な海岸線を持つ長崎は移動に制約が多い。「ここなら国外と同様の旅ができる」と感じたという。東京を拠点に1、2週間の滞在を繰り返す「旅」は4年に及んだ。「過ぎ去る一瞬、その場所で2、3日しか見えない景色。長崎に住んでいたら、絶対に撮れない写真」だった。

「海の移動」という視点

故郷で再発見したのが「海の移動」という視点だ。東北出身の知人の言葉を引き合いに出す。

「その人は『長崎の島は、険しい山を越えなければ次の村に行けず、大変』と話していた。でも、それは陸を中心にした見方。島の人は山を越えずに海から行く。長崎には、船で渡る方が早い場所がたくさんある」

「海」の視点は、以前に訪ねたブラジル、ポルトガルでの出会いともつながる。大西洋を挟んだ両国で引かれたのは、海を見渡す入り江の斜面に広がる街だった。平地が少なく、斜面に家が密集する長崎と同じ視点でつくられた街であると気がつくと、「どうしてこんな斜面に人が住まなければならないのか?」という長崎市に感じていた疑問が解けた気がした。各地に通じるのは、交易で栄えたポルトガル人がつくったということ。彼らが見ていたのは、海の向こうの世界だった。

五島市福江島(同)

500年前の大航海時代の最中、ポルトガルの港から帆船で海へと出た人々がいる。長い航海を経てブラジルのリオ・デ・ジャネイロや長崎となる入り江と出会った時、「彼らは祖国の風景を思い出し喜んだのではないか」と田川さんは想像する。また、ポルトガルにある地名と同名の土地が現在のブラジルにもあることを知ると、「もう帰ることのない故郷を思うポルトガル移民が名づけたのかもしれない」と思いを寄せる。

移民への思いは、15歳で故郷の島を離れ、他の土地で暮らしてきた田川さん自身の記憶と結び付く物語でもある。

つくばでの展示と同時開催するのが、東京・新宿区にあるオルトメディウム(Alt_Medium)での写真展「サッポロ スノースケープ(SAPPORO SNOWSCAPE)」。田川さんが学生時代の6年間を過ごした札幌を撮影した新作だ。大学入学前、18歳で初めて立った札幌で目にしたのが一面の雪景色。長崎との違いに「外国のよう」だと感じた。撮影は、今後、数年かけ北海道全域を対象に進めていく。長崎と北海道。見る人は、ふたつの展示を通じて新たな視点と出会うかもしれない。(柴田大輔)

◆写真展「海の記憶」は10月7日(金)〜16日(日)、つくば市天久保1-8-6 グリーン天久保201、ギャラリーYで開催。開館時間は午前11時から午後7時、最終日のみ午後5時まで。入場料300円。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

2 コメント

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

ごみピット内で出火 一時白煙が充満 土浦市清掃センター

21日午後3時ごろ、土浦市中村西根、市清掃センターで、集められた可燃ごみを一時的に貯蔵する可燃ごみピット内から出火し白煙が発生、ピット内は一時白煙が充満した。 施設の運転管理委託業者が初期消火活動をしたが白煙の発生が止まらず、午後3時2分に119番通報。駆け付けた消防隊員が水をかけるなどして消火活動を実施し、午後4時55分に鎮火が確認された。けが人はいない。 同清掃センターによると、ピット内でごみの一部がくすぶった状態になり、白煙によりピット内を目視するのが難しいほど充満したという。 どのくらい焼けたかや、出火原因は現在のところ特定できていない。鎮火後、ピット内の可燃ごみを調べたところ、ごみ自体に大きな焼け跡などはなかった。ごみ処理施設の設備や建物の躯体にも損傷はなく、同センターは、22日以降のごみの受け入れや処理に支障はないとしている。

立憲の青山氏「中道」に加わらず 衆院選茨城6区 4氏が立候補へ

23日の解散に伴い、27日公示、2月8日投開票が予定されている衆院選で、茨城6区から立候補を予定している立憲民主党現職の青山大人氏(46)が21日つくば市内で開かれた記者会見で、立憲民主党と公明党による新党「中道改革連合」に加わらず、無所属で立候補すると話した。 青山氏は「政治家としての私の信念の中で今回は無所属を選んだ。単純に選挙戦だけを考えれば厳しいことは承知している」とし「有権者の視点から見た場合、有権者が本当にそういうことを求めているのか。自分自身も直感的に違和感を覚えた」と新党結成に疑問を呈した。「我々は有権者から選ばれる立場。信頼される政治という根本の部分を大事にしたい」と述べ、「私の考え、政治姿勢が大きく変わったわけではないし、これからもぶれることはない」などと話した。 青山氏は、立憲の離党と新党の入党届け提出期限となる20日に立憲民主党を離党し、同日、つくば市西大橋で開いた衆院選の事務所開きで、無所属で立候補することを支持者らに明らかにした。無所属だが連合茨城の推薦を受けて選挙戦に臨む。立憲の衆院議員146人のうち新党に加わらなかったのは青山氏と原口一博氏の2人だけ。 共産が新人を擁立 一方、共産党県委員会は20日、茨城6区に、新人の稲葉英樹氏(58)を擁立することを発表した。稲葉氏は土浦市出身、同市在住。半導体製造会社勤務を経て、現在、党南部地区副委員長。 6区にはほかに、自民党現職の国光あやの氏(46)、昨年12月に立候補を表明した参政党新人の堀越麻紀氏(53)を含め計4氏の立候補が予定されている。 前回2024年10月の衆院選茨城6区は、立憲現職の青山大人氏、自民現職の国光あやの氏、共産新人の間宮美知子氏の3氏が立候補し、青山氏が12万票超の得票を得て小選挙区で初めて国光氏を破り、国光氏は比例復活した。青山氏は前回、6区の土浦、石岡、つくば、かすみがうら、つくばみらいの5市すべてで国光氏を上回った。(鈴木宏子)

昨日までの邸宅を脱ぎ捨て、「駅前」という自由をまとう《人生100年時代》

広告【コラム・岩本将哲(サンヨーホームズ)】街を歩けば、庭木の手入れに精を出す紳士淑女の姿をよく見かける。現役時代に築いた広大な邸宅は人生の勲章であり、家族の記憶が染み込んだ聖域だ。しかし、あえて問いたい。その「聖域」が、いつのまにかあなたから「軽やかな自由」を奪ってはいないだろうか? 人生100年時代。私たちはあまりに長く「家を守ること」に縛られ過ぎている。階段の上り下り、冬の廊下の寒さ、駅までの億劫(おっくう)な距離。それらを「年相応の我慢」として受け入れるのは、いささか早計だ。本当の意味で人生を謳歌(おうか)する知的なシニアたちは、今、鮮やかに住まいを「最適化」し始めている。 駅前マンションで人生を2度、恋させる その象徴的な舞台が、JRひたち野うしく駅直結の「サンミットひたち野東ステーションフロント」である。ここを「老人ホーム」と呼ぶのは、野暮(やぼ)というものだ。ここは、自立した大人が自分の意志で選び、自分の資産として登記する「分譲マンション」である。 コンシェルジュによるホスピタリティと、建物1階にクリニックや調剤薬局を備える安心感は、いわば「見えない執事」が常に寄り添っているようなものだ。それでいて、一歩外へ出れば駅に直結するペデストリアンデッキ。都心の観劇へも、なじみのショップへも、雨に濡れず、誰の手も借りずに繰り出せる。 特筆すべきは、入居に際して「身元引受人」や「保証人」を必要としない潔(いさぎよ)さだ。子供に負担をかけたくない、誰にも依存せず自分の人生を完結させたい。そんな現代的なプライドを、この建物は優しく、そして力強く肯定してくれる。所有権分譲だからこそ、将来の売却や相続も思いのままだ。 「今の家が一番」という頑(かたくな)な思いを、少しだけ解いてみてはどうだろう。思い出は、場所を変えても色褪(あ)せない。むしろ、煩わしい維持管理から解放されたとき、夫婦の会話は新婚時代のような軽やかさを取り戻すかもしれない。 「終の棲家」を我慢の場所にしない 人生の後半戦、家はもう「守るもの」ではなく「遊び場」であっていい。「終(つい)の棲家(すみか)」を我慢の場所にしないほうがよい。駅前で、新しい自由を手に入れた人々の顔は、驚くほど若々しい。次は、あなたの番だ。昨日までの重たい邸宅を脱ぎ捨てた先に、見たこともないほどチャーミングな「明日の自分」が待っているはずだ。(福祉住環境コーディネーター・終活カウンセラー) <サンミットひたち野東ステーションフロント>▽所在地:茨城県牛久市ひたち野東1-32-8▽形態:シニア向け分譲マンション(所有権方式)▽特長:駅直結、入居者専用レストラン・大浴場、365日24時間有人管理で緊急対応、身元引受人(保証人)不要▽見学会・相談会:随時受付中(予約制)▽資料請求・見学希望:🆓0120-555-712、または『サンミット』で検索

生物多様性保全、情報発信で協力 つくば市と実験植物園が連携協定

つくば市と国立科学博物館筑波実験植物園(同市天久保)は19日、「相互協力の促進に関する基本協定」を締結し、同植物園で締結式を行った。生物多様性の保全や研究成果の活用、市民への理解啓発など幅広い分野で連携し、今後、企画展や情報発信などを共同で進めていく。 協定では①自然環境の保全②相互の情報・資源・研究成果の活用③市民の安全・安心に関する情報共有④学術研究・科学技術の振興⑤学校教育・社会教育の増進⑥市内大学・研究機関との連携促進⑦これらの目的達成のための必要な事項など7項目を掲げた。 筑波実験植物園は14ヘクタールの敷地内に、日本の植生や世界の熱帯・乾燥地などの自然環境を再現し、絶滅危惧種を含む約7000種類の植物を保有する。そのうち約3000種類を自然に近い形で公開する国内有数の研究施設。企画展やイベントを通じ、年間9万から10万人が訪れている。 市の担当課は今回の協定締結の目的について「昨年3月に市が策定した『生物多様性つくば戦略』が掲げる『生物多様性を守り育むことが当たり前になる社会』という理念は、植物園の『知る・守る・伝える』という方針と合致する」と説明。昨年12月に開催した蘭(らん)展の共催や、今月27日まで開催されているインターネット投票を活用した写真コンテスト「全国に自慢したい!つくばの植物」を協力して実施しており、「市民の理解促進と、子どもたちが自然を身近に感じ継承できる取り組みをさらに進めたい」と述べた。 五十嵐立青市長は「生物多様性は言葉だけでは実感しにくいが、植物園は肌で感じられる場所」だとし、約3000種の蘭を保有する世界有数の保全施設としての同園の特徴を生かし「『蘭のまち』としての発信も検討できる」と述べた。また、市民団体と専門家が協働する循環づくりや、生物多様性センターを拠点としたツアー開催などの構想をあげながら、「都市の中の生態系づくりを専門家の助言のもと進めたい」と語った。 筑波実験植物園の遊川知久園長は「まずつくば市民の皆様に植物園を知っていただきたい。そのために、研究・保全活動、学習支援活動、企画展やイベントの情報発信で市と協力していきたい」とし、「市内にも絶滅危惧種がある。その保護、繁殖に植物園のデータを生かすなど、課題に筑波実験植物園の職員が貢献していくことを考えている」と展望を語った。(柴田大輔)