火曜日, 2月 24, 2026
ホームつくば日本写真協会新人賞受賞、田川基成さん つくばで「海の記憶」展

日本写真協会新人賞受賞、田川基成さん つくばで「海の記憶」展

今年、日本写真協会新人賞を受賞した田川基成さん(37)による写真展「海の記憶」が、10月7日からつくば市天久保のギャラリーYで始まる。田川さんは長崎県出身。受賞作品である故郷、長崎の島々の暮らしを4年にわたり記録した作品群「見果てぬ海」から、同名の写真集収録作品を含む18点が展示される。

同新人賞は将来を期待される有能な新人写真家に贈られる。受賞理由として「『見果てぬ海』は、大航海時代にポルトガル人やスペイン人がキリスト教を伝えた記録から、隠れキリシタンの歴史を掘り起こし、長崎の風景、豊かな海、人々など様々な視点で捉えており、単なる一地方の記録に収まらない。スケールの大きな作品」などと評された。

田川さんは、同テーマの展示を全国5都道府県で開催してきた。県内では初めての開催となる。「海の記憶」に込めた思いについて「長崎自体が持つ歴史、行為、物語、それらを包み込んでいるのが海」「写真は見る人の記憶を呼び起こすメディア。見る人、土地によって感じ方は変わる。会場で、何かを感じてもらえたら」と話す。

初めて訪ねた五島列島から故郷の島を眺める(同)

魔法がかかる

ないだ群青の海。水平線に浮かぶ島影を、雲間から差す光が照らす− 

30歳を迎えた田川さんが、初めて訪ねた長崎県沖の五島列島から、本土に近い自身が育った島を見た日の写真だ。子どもの頃に故郷から見ていたのは、遠く西の海に浮かぶ五島の島々。大人になり、初めてその地に立つと、子どもの頃は知り得なかった海の向こうに広がる「もう一つの世界」を感じ、不思議な気持ちになったという。

写真集「見果てぬ海」には、田川さんが長崎の島々を旅し、出会い直した風景が収められる。新緑の山が包むグラウンドで聖母マリアを囲む人々、部屋の隅に積まれた布団に差す夕日、豊富な海の幸が並ぶ食卓、漁港に立つ男性。どれも島では日常の光景だ。

田川さんは、長崎県西海市の離島・松島で海に親しみ15歳まで過ごした。長崎には600を超える島がある。一帯は、16世紀に欧州から伝わったキリスト教が時代を超え地域に根付く。しかし、その土地の特殊性のみを強調しない。淡々と並ぶ、田川さんの目を通した日々の光景が見る者を惹きつける。その理由は「写真の魔法」だと話す。

「いい光をとらえた写真には魔法がかかる。見慣れた光景が現実から離れていく。現実だけど、幻のよう。僕はそれが『写真の魔法』だと思っている」

五島市福江島の5月第2日曜日に行われる聖母祭(同)

旅人にしか見えないものがある

幼少期、田川さんは海で釣りをし、父の船で海を行き来した。中学校へは町営の船で通学した。高校は本土の長崎市内へ進学。島を離れ下宿した。その後、北海道での大学時代、東京での社会人生活を経て昨年12月に九州に戻った。今は福岡県で、妻、2人の娘と海辺の町で暮らしている。

これまで南米を1年間旅するなど世界50カ国以上を訪ねた。旅することで世界を知り、思考を深めた。「旅人にしか見えないものがある。僕はそれを写真に撮っている」と話す。

30歳で始めた故郷の撮影も「旅」にこだわった。多くの島、長く複雑な海岸線を持つ長崎は移動に制約が多い。「ここなら国外と同様の旅ができる」と感じたという。東京を拠点に1、2週間の滞在を繰り返す「旅」は4年に及んだ。「過ぎ去る一瞬、その場所で2、3日しか見えない景色。長崎に住んでいたら、絶対に撮れない写真」だった。

「海の移動」という視点

故郷で再発見したのが「海の移動」という視点だ。東北出身の知人の言葉を引き合いに出す。

「その人は『長崎の島は、険しい山を越えなければ次の村に行けず、大変』と話していた。でも、それは陸を中心にした見方。島の人は山を越えずに海から行く。長崎には、船で渡る方が早い場所がたくさんある」

「海」の視点は、以前に訪ねたブラジル、ポルトガルでの出会いともつながる。大西洋を挟んだ両国で引かれたのは、海を見渡す入り江の斜面に広がる街だった。平地が少なく、斜面に家が密集する長崎と同じ視点でつくられた街であると気がつくと、「どうしてこんな斜面に人が住まなければならないのか?」という長崎市に感じていた疑問が解けた気がした。各地に通じるのは、交易で栄えたポルトガル人がつくったということ。彼らが見ていたのは、海の向こうの世界だった。

五島市福江島(同)

500年前の大航海時代の最中、ポルトガルの港から帆船で海へと出た人々がいる。長い航海を経てブラジルのリオ・デ・ジャネイロや長崎となる入り江と出会った時、「彼らは祖国の風景を思い出し喜んだのではないか」と田川さんは想像する。また、ポルトガルにある地名と同名の土地が現在のブラジルにもあることを知ると、「もう帰ることのない故郷を思うポルトガル移民が名づけたのかもしれない」と思いを寄せる。

移民への思いは、15歳で故郷の島を離れ、他の土地で暮らしてきた田川さん自身の記憶と結び付く物語でもある。

つくばでの展示と同時開催するのが、東京・新宿区にあるオルトメディウム(Alt_Medium)での写真展「サッポロ スノースケープ(SAPPORO SNOWSCAPE)」。田川さんが学生時代の6年間を過ごした札幌を撮影した新作だ。大学入学前、18歳で初めて立った札幌で目にしたのが一面の雪景色。長崎との違いに「外国のよう」だと感じた。撮影は、今後、数年かけ北海道全域を対象に進めていく。長崎と北海道。見る人は、ふたつの展示を通じて新たな視点と出会うかもしれない。(柴田大輔)

◆写真展「海の記憶」は10月7日(金)〜16日(日)、つくば市天久保1-8-6 グリーン天久保201、ギャラリーYで開催。開館時間は午前11時から午後7時、最終日のみ午後5時まで。入場料300円。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

2 コメント

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

イタリアの風は(たぶん)優しく暖かい《マンガサプリ》4

【コラム・瀬尾梨絵】今回ご紹介するのは、独特の筆致とハイセンスな世界観で、多くのファンを魅了し続けるオノ・ナツメ先生の「LA QUINTA CAMERA(ラ・クインタ・カーメラ)〜5番目の部屋~」(小学館、全1巻)。舞台はイタリアのとある街。そこにあるアパートの一室では、性格も職業もバラバラな4人の中年男性たちが共同生活を送っている。彼らの住まいには、いつも空いている「5番目の部屋」があり、短期留学生や旅人に貸し出している。そこから静かに物語は動き出す。 オノ・ナツメ先生といえば、「リストランテ・パラディーゾ」や「ACCA13区監察課」など、渋い「おじさま」を描かせたら右に出る者はいない。 本作でもその手腕は遺憾なく発揮されており、同居者は、少し気難しかったり、陽気であったり、家事が得意であったりと、それぞれに人生の年輪を感じさせる魅力的なおじさまたち。彼らが囲む食卓や、何気ない日常のやりとりを見ているだけで、読者はイタリアの石畳の上を歩いているような、心地よい異国情緒に包まれる。 この作品の最大の読みどころは、ゲストとして「5番目の部屋」にやってくる人々との交流にある。言葉も文化も違う異邦の若者たちが、一時的にこの部屋に滞在することで、住人である4人の男性たちの日常に小さくて温かい波紋が広がっていく。 この部屋を訪れる留学生たちは、それぞれに夢や悩みを抱えている。対する4人の住人たちは、彼らに過剰に干渉することなく、そっとおいしい料理を差し出したり、さりげない一言で背中を押したりと、年長者ならではの距離感で寄り添う。その交流は劇的なドラマではないが、誰かの人生がほんの一瞬だけ交差し、互いの心を少しだけ温め、また離れていく。そんな一期一会の美しさが、この作品には満ちあふれている。 心の余裕と他者への慈しみ また、オノ先生の描くイタリアの描写も絶品。シンプルながらも洗練された線で描かれる街並みやインテリア、そして何よりおいしそうな料理の数々。読み進めるうちに、淹れたてのコーヒーの香りや、温かなパニーニの食感、窓から差し込む午後の柔らかな光まで感じられるような、五感に訴えかける表現力が本作の濃度を一層高めている。 派手なアクションや奇抜な設定はないが、ここには現代人が忘れがちな「心の余裕」と「他者への慈しみ」が描かれている。読み終えた後、まるで良質な短編映画を観た後のような、清々しくも少しだけセンチメンタルな余韻に浸れるはずだ。忙しい日常に少し疲れを感じたとき、あるいは静かな夜に一息つきたいとき、ぜひ『LA QUINTA CAMERA』の扉を叩いてみてほしい。 5番目の部屋に集う人々の優しさが、あなたの心も穏やかに解きほぐしてくれるだろう。(牛肉惣菜店経営)

戦争と差別に反対 若者たちがスタンディングデモ つくば駅前

選挙結果に危機感 2月8日投開票の衆院選で与党が大勝した結果を受け、戦争や差別への懸念を訴える若者たちが21日、「戦争と差別 もうたくさん!」などと書かれたポスターを手に、つくば駅前のつくばセンター広場で街頭に立った。外国にルーツを持つ若者を中心に80人余りが、それぞれが抱く経験や思いを語りながら、「声を上げ続けることの大切さ」を訴えた。 大学院生が呼び掛け スタンディングデモを呼び掛けたのは、つくば市在住の大学院生、ハナさん(25)。日本とナイジェリアにルーツを持ち、つくばで生まれ育った。2週間前の衆院選で、与党の自民党が大勝した結果について、「自分にとっては衝撃的だった。食べ物は高く、賃金は低い。毎日生活が苦しい状況で、軍事費を上げようとする。日本が戦争に向かっているように感じた」と語る。 ハナさんは、近年強まっていると感じる排外主義や差別に対する危機感も、デモ開催の理由の一つだという。ハナさん自身も、生活の中で差別を感じた経験がある。物件を探していた際、「アフリカ系のハーフだから難しい」と断られたことがあり、不動産業界でも外国人風の人を断る家主が増えていると説明されたことがある。 選挙戦の中では、つくば駅前で外国人排斥を訴える候補者を見ることもあった。「多様な人が暮らすつくばで、外国人を追い出せという声があるのは悲しい。ネット上でも差別的な言葉をよく見るようになった。それが訂正されないまま広がっているのが怖い」とし、「外国人や性的マイノリティ、女性など弱い立場の人が切り捨てられ、スケープゴートにされ、対立があおられていると感じる」と話す。 中高生らも参加 デモには多様な背景を持つ学生が参加した。中国で生活し、現地で反日デモを目撃した経験を持つ中学2年の参加者は「今の日本の状況には複雑な気持ちがある」と話す。「日本人だけど、中国語が話せるというだけで嫌なことをされたり、言われたりしたことがある。それはおかしいと思う」。一方で、多様な言語や文化に触れる経験は自分の世界を広げたとも語り、「いろんな人を受け入れる社会になってほしい」と訴えた。 市内在住の高校3年ジボフスキー・ニキータさんは、「外国人への嫌悪と闘いたいと思って参加した」と話した。同じく高校3年のマッコイ・キリアンさんは「私の家族も差別を経験してきた。差別のない平和な世界をつくっていきたい」とし、高校2年の荒木茉莉花さんは「戦争や差別のない世界にしたい。一つの国のことを語るにも、その国の中にもいろいろな立場の人がいることをしっかり考えなくてはいけない」と、国や立場によって単純に善悪を決めつけない視点の大切さを強調した。 「市民運動の力示したい」 ハナさんは、2年前から仲間たちと声を掛け合い、パレスチナ連帯を訴えるスタンディングを毎月開催してきた。そこで感じてきたのが今回のデモのテーマの一つでもある「市民運動の力」だとし、「選挙結果を見ると、みんなが差別に賛成しているように見えるかもしれない。でも、実際には反対している人は多い。パレスチナに関してもそう。その声を見える形にしたかった」と話す。また、外国にルーツを持つ人が政治について発言すると批判されることがあるとしながら、「日本に住んでいる人なら誰でも、差別は嫌だと言う権利がある」と強調し、「裏金問題や統一協会との関係など、批判されるべきものが批判されないまま、憲法改正が押し進められようとしている。私たちは、そんなこと望んでいない。差別は嫌だ、戦争は嫌だという当たり前のことを、当たり前に言える社会にしたい」と訴えた。 会場には、通行人も自由に思いを書き込めるように付箋と大型の模造紙が用意された。スピーチも誰でもできるようにし、「みんなの声を可視化する場にしたい」という思いが込められた。 来場した牛久市の細谷一明さん(62)は「23歳と17歳の子どもがいるが、彼らを戦争に行かせたくない。雰囲気に流されないよう、声を上げることが大切」と語った。(柴田大輔)

新党「中道」はこれからどうなる《文京町便り》49

【コラム・原田博夫】唐突に始まり、2月8日が投開票日だった総選挙は、自民党の歴史的大勝で、高市早苗首相の賭けは見事に当たった。急ごしらえの野党第一党、中道改革連合は壊滅し、議席数では3分の1に落ち込んだ。これほどのコントラストは、国民一般のみならず永田町の消息通や選挙プロも、事前には予想できていなかった。 実体のなかった新党「中道」の敗北を受けて、共同代表の野田佳彦(旧、立憲)氏と斉藤鉄夫(旧、公明)氏は責任を取り、ともに退任。敗退の原因は解明しきれず、「中道」の認知度も低いままだが、その新代表に小川淳也氏(香川1区、54歳)が選出され、幹事長には階毅維氏(盛岡1区、59歳)が指名され、新執行部が発足。翌18日には、特別国会で首相に指名されて、第2次高市内閣が発足した。 しかし、衆院を基盤とする中道は存在するも、参院では立憲と公明は継続し、国会議員総体では3党の連絡協議の場が設けられることになった。さらに、1976年総選挙以来の慣例で第2会派に当てられてきた衆院副議長ポストに関しては、打診された立憲・元代表の泉健太氏(京都3区、51歳)が拒否したため、石井啓一氏(比例北関東、67歳)が就くことになった。 気になる政治家、小川新代表 というわけで、新党・中道の船出は甚だ厳しい。小川新代表は、不退転の覚悟で議論を尽くして党内融和を図り、18日の議員総会では「巨大与党の権力の横暴や怠慢は絶対に許さない。権力監視の先頭に立つ」と言っているが、このスタイルは旧来の野党色を引きずっている印象がある。こうした対決色は果たして、有権者とりわけ20~40歳代にどれだけ届くだろうか。言い換えれば、無党派層に刺さるだろうか。 ここ数年の国政選挙で、国民民主、維新、参政、みらいなどの一点突破型新党が順繰りにそれなりの議席を確保してきたことを踏まえると、その時々のテーマやイシューに躊躇(ちゅうちょ)なく取り組む、進取性が求められる気がする。そうした潮目の変化を「つかむ」「引き出す」柔軟さと戦略性こそが、巨大与党に対峙(たいじ)するには必要ではないか。 たまたま私は、小川新代表と2000年ごろ、ロンドンで交流があり、その誼(よしみ)で夏の週末、リッチモンド野外で開かれたコンサートを家族連れで楽しんだことがある。 その時の小川氏の真摯(しんし)かつ謙虚な言動に感心し、政界に転じた後も折々の活躍を気にしてきた。この際、経済学者リカードの比較優位(自分の相対的に優位な分野に特化すべし)原理に基づいて、ご自分のキャラクターと年来のスタイルを貫き、かつグローバルに激動の時代の息吹を感じ取る柔軟性を発揮してもらいたい、と祈る。(専修大学名誉教授)

雪と氷とコハクチョウ《鳥撮り三昧》10

【コラム・海老原信一】今回の題は「雪と氷とコハクチョウ」ですが、北国に行けば普通に見られる光景です。県南地域ではどうでしょう。寒さが募る1~2月、時々雪が降り、公園の池や沼も結氷します。洞峰公園の沼でも、日陰になる場所の雪や氷が溶けることなく、厚さを増すことがあります。そんなときはカモたちの様子を楽しめます。 しかし、ゼロではありませんが、つくば市の洞峰公園の沼にハクチョウが飛来することはあまりありません。20数年前に数羽の飛来を確認できたのに、連続しての飛来がなかったのは残念です。 水戸市の大塚池や旧瓜連町の古徳沼は、ハクチョウの飛来地として知られています。土浦市の乙戸沼もハクチョウの飛来を楽しめる場所です。私の記憶では、主にコハクチョウでしたが、数羽で飛来したハクチョウが20~30羽に増え、多いときには90数羽にもなりました。 私が観察を始めてから数年、20羽前後で飛来していました。しかし、ここ数年は減っており、「気候温暖化」の影響かなと思っています。少なくなったものの、今でも12月末には飛来し、乙戸沼を散策する人たちは、2月中旬ぐらいまでハクチョウを楽しめます。 ところが、2025年12月末~26年1月初旬、その姿が見られませんでした。この原稿を書いている1月18日には飛来しているのか、分かりません。近日中に行ってみるつもりです。 降雪後の晴れて冷えた朝 乙戸沼でのことですが、「雪と氷とコハクチョウ」を経験できたことがあります。22年1月の雪が降った後の晴れて冷えた朝、水面は全面結氷。コハクチョウが数羽、岸近くの日が当たりそうな氷の上に身を伏せ、じっとしていました。 長い首を水中に差し込み、水底の水草の根などを食べる彼らにとって、氷が解けないことには食事ができません。人が与える食べ物を得るにしても、足元が氷では思うように動けません。身を守る上でも不利と思っているのでしょう。ひたすら氷解を待っていると、私は見ていました。 こういったコハクチョウの様子をうれしそうに見ている私を、彼らは「ひどい奴だ」と思っていたかもしれません。それでも「これからも来てほしい、楽しませてほしい」と、彼らの飛来を願っている私。そのために何ができるのかを考えながら、野鳥の観察を続けたいと思っています。(写真家) 追記:1月20日、11羽の乙戸沼飛来を確認し一安心。