【コラム・斉藤裕之】わけあってこの猛暑の中、アトリエの大掃除をすることになった。学生時代からの習作や、いつか出番があるだろうと思って集めたガラクタなどを思い切って処分することにした。市の焼却場に軽トラで何度か往復して、捨てるに忍びないものは知り合いの骨董(こっとう)店にトラックで持っていってもらった。
ちょうどこの7月でこの家に住み始めて20年になる。20年間、家族の足の裏でこすられた1階の杉の床は、夏目と呼ばれる年輪の柔らかいところが削られて冬目の硬いところだけが残って、凸凹になっていて妙に足触りが心地よい。夏涼しく冬暖かいとても住みよい家だと思うのだが、それには少しコツがあって、戸の開け閉めやエアコンの入れ方、ストーブのことなど、大げさに言えば家の中の環境への理解と手間が必要なのである。
2人の娘も家を出てこの家には帰って来るまい。だから将来は人に貸すなり売るなりしなければと思うのだが、少し変わった家なので、この際「斉藤邸取説」でも、を書き残しておこうか。
さて20年分のホコリを払って、広々としたアトリエの床に布団を敷いて寝てみることにした。見上げると、20年前に故郷山口で弟が刻んだ梁(はり)や柱がたくましく見える。昔ながらの複雑な継手も、20年の間にやっとしっかりと組み合わさって落ち着いたように見える。特に2階の柱を支えくれている地松(じまつ)の梁は、自然な曲線が力強くカッコいい。
それから、2階の床になっている踏み天井。こちらは200枚だか300枚だか忘れてしまったが、ホームセンターで買ってきたツーバイ材全てに、「やといざね」といういわば連結するための溝を電動工具で彫ったことを今でも思い出す。酷使した右手は、朝起きると硬直して箸も握れなかったっけ。
「いい景色だなあ。木の色がきれいだなあ。このぐらいの広さの住まいがちょうどいいのかもなあ」。20年目にして改めて見入ってしまった。
「捨てる? 捨てない?」
「シンプルとミニマルの違いが分かりますか?」。フランス政府の給費生の試験で、試験官の中のある高名な美術家に質問された。その時は適当な理屈をこねて、その場をしのいだ。その後この命題はたまに頭をよぎることがあったが、布団に寝転がって、薄暗い明かりの中に浮かび上がるアトリエの美しい風景を眺めながら、今なら少しは気の利いた答えができるかもしれないと思った。
「もう少し色とか工夫をしてみたら」とアドバイスすると、「シンプル イズ ベストですよ!」と、あっけらかんと答える今の子供たち。シンプルのイメージは人それぞれ。シンプルがベストかどうかはさておき、アトリエの片付けも、もうひと頑張りしなければならない。
差し当たって、2台ある作業台をどうするか。「捨てる? 捨てない?」。心の葛藤と大量の汗はもうしばらく続きそうだ。(画家)