国立科学博物館筑波実験植物園(つくば市天久保)で、ハナアブ類304匹を捕まえ、その体表に付着している花粉を1個1個分離して調べたところ、116の植物種が突き止められた。ハナアブに最も多く付着していたのはセイタカアワダチソウとセンダングサの花粉だったが、この2種の外来植物は園内にまったく生育していなかった。園内で保全される植物に、異種間の花粉輸送をもたらしている格好で、繁殖上の問題を引き起こす可能性があるとの懸念が示された。
植物園は敷地面積14ヘクタール。約3分の2を占める屋外の植生区画は、常緑広葉樹林や温帯性針葉樹林、水生植物などの区画に分けられ、2000種に及ぶ植物の生育域外保全の場として栽培管理が行われている。研究は、これらの保全している植物について、花粉輸送を介した繁殖を視野にいれた評価と環境構築の指針を示すため、まずはハナアブ類による花粉輸送ネットワークを解明しようと取り組まれた。国立科学博物館の田中法生研究主幹(植物研究部多様性解析・保全グループ)、堀内勇寿博士(研究当時:筑波大学博士後期課程3年、国立科学博物館特別研究生)、上條隆志教授(筑波大学生命環境系)の共同研究による。
ハナアブ類は広範な植物種に訪花する性質をもつ送粉昆虫。採集は2018年と19年の9月下旬~11月初旬に、小型粘着トラップを用いて行われ、304個体を捕らえた。その体表に付着した花粉は、顕微鏡での観察に基づき分類し、各花粉種につき1花粉粒ずつ単離してDNAを抽出、核と葉緑体から塩基配列を決定した。これを国内外で集積された塩基配列情報データベースと照合するなどして、花粉の植物種を突き止め(同定し)た。
一連の根気のいる作業は、研究当時筑波大学博士後期課程に在学中だった堀内さんが中心に担った。採集後1年半以上かけて照合に取り組み、ハナアブ個体と花粉種のネットワークを構築した。
結果、ハナアブ類の体表から、116分類群(種または属)の付着花粉が検出された。個体レベルでの花粉輸送を表すネットワークは2年間ともに、類似した構造を示した。特に、植物園敷地外に由来する外来のセイタカアワダチソウとセンダングサ属種は最も多くのハナアブに付着し、セイタカアワダチソウに限れば、2018年で34%、19年で31%の個体に付着していた。付着の確率は園内中心部ほど増加した。
植物園内だけでなく、周辺の外来植物を含めた環境管理が、植物園の植物保全に重要であると考えられた。研究主幹の田中さんによれば「セイタカアワダチソウの花粉による交雑は確認されていないが、花粉の付着によって正常な受粉を阻害している恐れがある」という。
堀内さんは「外来植物とはいえセイタカアワダチソウなどは長い間に環境に溶け込んで、今や生態系の一部になり、ハナアブ類にとっての餌資源になっている可能性もある。まずは、ハナアブ以外の昆虫、春の植物も調べてみるなどして、他の送粉者を含めた花粉輸送ネットワークの全体を明らかにして、さらに精度をあげていきたい」と語っている。(相澤冬樹)