
【ノベル・伊東葎花】
わたしの名前は柚(ゆず)。4月から小学生になるの。
ママにもらったランドセルはオレンジ色。
太陽の色だねってママが言った。
わたしはママとふたり暮らし。
ママは隣町の研究所で働いているから、わたしはいつもお留守番。
だけど寂しくないわ。だってもうすぐ小学生だもの。
今日、ママは会社をお休みした。
「柚、いっしょに小学校へ行くわよ」
ママはそう言って、よそ行きのお洋服を着せてくれた。
小学校へ行くのは初めてだったから、すごくうれしかった。
ママはわたしの手をぎゅっと握った。顔が少し怖い。
小学校は、とても大きかった。広い庭を囲むように、桜の木が植えられている。
まだ3分咲き。入学式にはきっと満開ね。
ママは、口をぎゅっと結んで職員室に入った。
「教頭先生、入学を承認して下さい」
「またあなたですか」
窓辺に座っていた教頭先生が、あきれた顔をした。
「今日は娘を連れてきましたの。ほら、見てください。どこから見ても立派な6歳児でしょ。他の子と、何ら変わりありません。お願いします。柚を入学させてください」
教頭先生は、困ったようにため息をついた。
「確かにこの子はよくできています。人間そっくりだ」
「人間ですよ。年齢に合わせて成長させるし、感情だってあるんです」
「どんなに人間そっくりでも、ロボットの入学は認められません」
「柚は人間です」
「参ったなあ」と、教頭先生は頭をかいた。
「ちょっと調べさせていただきましたが、あなた、数年前に娘さんを亡くされてますね。小学校の入学前だったとか。それで娘さんそっくりのロボットを造った。お気の毒だと思います。お気持ちはわかりますよ。だけどね、その子は人間じゃない。どんなに高性能でも機械だ。残念ですが、何度来ても答えは同じです」
ママは唇をかみしめて、今にも泣きそうな顔をした。
帰り道、ママは手をつないでくれなかった。
ただ悲しそうに、桜の花を見上げていた。
家に帰っても、ぼんやり空を見ていた。
顔をのぞき込むと、ママは泣いていた。
わたしが小学校へ行けないから。わたしがロボットだから。
悲しい気持ちは理解できるけど、わたしの目から涙は出ない。
いっしょに泣いてあげられなくてごめんね。
西の窓から夕陽が射し込んで、ランドセルを照らした。
「ママ見て。夕焼けとランドセル、同じ色だね」
ママは振り向いて、少し笑った。
そしてわたしをぎゅっと抱きしめて「ごめんね、柚」と何度も言った。
きっとわたしじゃなくて、天国の柚に言ったんだ。
柚が行くはずだった小学校。柚のランドセル。
夕焼け空が、夜の色に変わっていく。
ねえママ、明日もわたし、ママの子どもでいいんだよね。(作家)
【いとう・りつか】小説ブログを始めて12年。童話、児童文学、エンタメ、SFなど、ジャンルを問わずに書いている。文学賞にも挑戦中するもやや苦戦気味。第19回グリム童話賞大賞、第32回新見南吉童話賞特別賞、第33回日本動物児童文学優秀を受賞。妄想好き。猫好き。趣味は読書と太極拳。東京生まれ、美浦村在住。伊東葎花はペンネーム。