【コラム・奧井登美子】来年はトラ年。薬剤師は薬のトラブルを絶対起こしてはいけない職業である。半年前から、どういうわけか、コロナ禍の中で薬の原料の輸入品がストップしてしまったらしい。処方箋調剤薬局は、薬の品切れに悩まされている。60年間、経験しなかったことである。
「すみません。薬の中でビソプロロ―ル・フマル酸塩錠が、今、品切れなのです」
「えっ品切れ、冗談じゃないよ。心臓の薬で、狭心症を予防する薬だから、キチンと飲むように医者から言われている大事な薬だよ」
「ごめんなさい。明日の朝、飲む分はありますか?」
「ないよ」
探してみれば家にあるのに、こういう時、心配で、必ず「ない」と答える人が多い。
「困ったわね。今日中に、何とか手に入れて、お宅までお届けするしかない」
「必ず届けてくれ。なかったら、別の薬局へ行ってみるしかない」
「メーカーが品切れなので、よその薬局も厳しいと思います」
「じあ、どうすればいいんだ」
私が、客を怒らせないように、気を使いながら話をしている間、事務員さんが必死になって知り合いに電話して在庫を探っている。
「ハイ、よかった。ありました。うちのもう1軒の薬局にありました。お届けします。メーカーは違ってしまっても、成分は今までの物と変わりありません。安心してお飲みください」
とんでもない、考えられなかった事態
薬の卸業者、何軒かの取引先に電話してもないとなると、同業者に頼んで分けてもらうしかない。電話して、頭下げて、分けてもらい、取りに行って、患者さんの家にお届けする。
コロナ禍で、不足薬品の調達という、とんでもない、考えられなかった仕事が、処方箋調剤薬局に降りかかっている。(随筆家、薬剤師)