【コラム・斉藤裕之】昨年から作品を入れる箱型の額を自作し始めた。手頃な角材とアクリル板を使って作る簡単な大工仕事は、ステイホームの1日などにはピッタリの単純作業だ。だからというわけでもないが、調子に乗って来年の分まで収納できるくらいの数は作ってしまった。

作った額に、今年描いた小さな絵を入れていく。今年も恒例の個展「平熱日記」展が近づいてきたのだ。相も変わらず同じような絵を描いていると思えば、今年我が家にやって来た白い犬や初孫の絵もある。

こんな絵を描いたっけ?というのもあるし、描きかけのものもたくさんあって加筆をして仕上げていく。それから、描きはしたものの長年ほったらかしになっていた絵も、この際作った額に入れていくことにした。一番古いのは、17年前の長女が中学入学する時の制服姿のものだった。

絵描きというのは、人前には出たくないくせに描いたものは見せたいというあまのじゃくなところがある。それから、描いたっきり誰にも見せないというのでは絵としての役目も意味もない。かといって、ぜひ飾ってくれという話もないのだが、唯一我が町のサイトウギャラリーで個展を開かせてもらっている。

しかし残念なことに、今年いっぱいでこのギャラリーを閉めるという。20年もの間、多くの作家や作品が行き交った場がなくなるのは寂しいが、これも時の流れ。メインのコーヒー屋さんに専念なさるそうだ。

11月2日から「平熱日記展 Vol.11

というわけで、サイトウギャラリーでの平熱日記展は、今回をもってひとまず終了ということになる。とりあえず、来年はコロナ禍で延期した故郷山口の粭島(すくもじま)にある「ホーランエー食堂」で絵を置いてみようと思うが、その後はどうしようか。

しかし、強気に売り込みをするほどのシロモノでもなく、ただコンパクトでポータブルではあるので、ギャラリーでなくとも、食堂とか直売所とか散髪屋とかお寺さんとか誰かさんちとか、ご迷惑のかからない、ほどよい場所で展示するのもいいなあと呑気(のんき)に考える。

随分前からネット(金網)上に平熱で絵を描いてきたのは先見の明があってのこと? AIが幅を利かせる未来や、ポストコロナの新しい生活スタイルというものが、私にどう関わって来るのかよくわからない。例えば、ネット空間で作品が鑑賞できたり売買されたりすることに違和感はない。

しかし、なじみの商店やレストランがあるように、ギャラリーや画廊がある方がいい街に決まっている。かつて知り合いの絵描きさんがこんなことを言った。「その街の文化のレベルを知るためのバロメーターは、古本屋とギャラリーの数」だと。

サイトウコーヒー併設のギャラリーでは最後となる「平熱日記展 Vol.11」は、11月2日から2週間の予定で開かれる。アリガトウ サイトウギャラリー マタアウヒマデ。(画家)