【コラム・田口哲郎】
前略
以前から、今の生活水準を維持するのに必要な文明の利器は何だろうか?と考えていました。それは電力、水道、気密性の高い住居、空調、温水洗浄便座だと思います。電力と水道水さえあれば、たとえこの地上にたったひとり取り残されても、家にこもればなんとかなりそうです。空調と温水洗浄便座はぜいたく品でしょうが、一度使ったら空調・温水洗浄便座以前には戻れません。科学技術が人間生活を快適にしましたが、その基盤は電力と水道水が築いたものです。でも、人はたったひとりでは、どうにもなりません。
ヒストリーチャンネル制作の「人類滅亡 Life after people」という番組があります。コンセプトは人類が突然消滅した想定で、その後の都市の様子をシミュレーションするというものです。なんとも不気味な設定ですが、いろいろ考えさせられる内容でもあります。
人類消滅の翌日からさまざまな変化が起こり、自然が都市を侵食し始めます。植物がはびこり、ペットが野生化し、かつての都会は動植物王国になる。そして消滅後50年後あたりからランドマークが次々と崩壊します。たとえば、ロンドンだとビッグベンやロンドン橋が、ワシントンだとホワイトハウスが、フランスだとエッフェル塔が無残にも崩れ落ちるのです。
現実にはあり得ないことが次々に映し出され、目が離せません。最後はだいたい人類消滅後300年後の街がただの森林になってしまうという結末です。CGがリアルでまるでそこにいるような感覚になります。
人はひとりでは生きられない
人間がいなくなってまず起こることは、停電です。その停電に復旧はありません。これは大問題です。明かりがなくなります。とりあえず、発電機を確保するでしょうが、近くのガソリンスタンドは電力がなければ燃料補給の役に立たないでしょう。
水道も止まります。スーパーマーケットをはしごして水や食料を得ることで当面はしのげると思います。でも住む場所を移していかねばなりません。10年もすると川にかかる橋は崩落するでしょう。すると移動もできなくなります。定住して農業をすると言ってもノウハウがありません。野犬やイノシシにおびえながら暮らすのです。
絶対の孤独の中で、沈む夕日を眺めながら思うことでしょう。みんながいての自分なのだと。見知らぬ人が電気をつくり、水をつくり、科学技術を発展させてくれているからこその今の生活です。
岸田首相が所信表明演説で「早く行きたければ1人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」ということわざを引用しました。先達が築き上げてきた快適な生活のありがたさをかみしめつつ、人間が厳しい自然の中で生きていくこととは何か? 人間が集団で社会を築く意義は何か? を考えることは、今こそ大切なのかもしれません。我々は、普段気にしていませんが、実はとてももろい文明の中で生きているのです。ごきげんよう。
草々(散歩好きの文明批評家)