【コラム・奥井登美子】

「薬がひとつ増えてっぺ、血圧が高くなった」

「気候がめちゃめちゃ、暑さから急に寒くなっちゃって、心臓だってびっくりしちゃう」

「そうだ、そうだ」

「2.5ミリグラムのノルバスクが1錠増えているわね」

調剤の客と話をしながら、私は何とかしてこの地域の方言を聞き出したいと、いろいろ雑談を仕向けるのであるが、見事な方言を話す客が次々にいなくなってしまって、私の方言を聞く趣味は、今はもう不可能になってしまった。

このあたりの方言で面白くて好きな用語は、「ごじゃ」「ごじゃっぺ」「ぐぢゃっぺ」。いろいろな発音がある。分類すると、地域によっても違いがあるが、霞ケ浦のほとりなどは農業と漁業。職業によっても違いがあるように思えてならない。

見事な方言を話すおばちゃん

昔、奥井薬局が薬品の卸をやっていたころ、美浦村からトクホンなどを仕入れに大きな風呂敷を抱えてやってくるおばちゃんがいた。お茶を飲みながら、時には1時間くらい姑(しゅうと)と楽しそうにおしゃべりをしていく。

整った顔立ちのおばさんで、そこからほとばしり出てくる言葉。最初はリズムが早すぎて何を言っているのか聴き取れなかったが、そのうち耳が慣れてくると、そのリズムと抑揚に聞きほれてしまう何かがあった。

「あのおばさん名前は誰?」

「柳生さん、雑貨屋さんをやってる」

「見事な方言を話す人ね、発声がほかの人と違うのかなあ」

以来、柳生さんのお茶出しは私の係になってしまった。俳優の柳生博氏は彼女の息子さんらしいと、後で聞いた。同じ方言でも、人によってリズムとテンポがまちまちなのも面白い。

幼い時の言葉が聞きたくて転院したのが亀谷哲治先生(1917-1988 、薬学者、東北大教授、星薬大学長)。「大学病院は医療の質では最高かもしれないけれど、こちらの病院で掃除のおばさんたちのおしゃべりを聞くのが、今の私にとって最高の癒やしです」。

「ごじゃっぺ」方言も、残念ながら衰退してしまってなぜか淋しい。(随筆家、薬剤師)