「100万種をこえる動物たちのひとつひとつが個々に織りなす行動の複雑さは、まさに創造を絶するものがあり、その複雑さを知れば知るほどわたしたちは謙虚にならざるをえないであろう。じつに謙虚さこそ、われわれが動物の行動から学びうる大きな教訓であり、同時に、それは動物の行動から何かを学ぼうとする際の基本的な態度でなくてはならない。……この世のあらゆる生命は、生の過程それ自体が多くの謎を秘めた驚異的な行動の連鎖反応である。そして、動物の行動から謙虚さを学んだ者は、必ずすべての生命に対して、深い畏敬の思いを抱くにいたるであろう」(藤原英司さんの著作「動物の行動から何を学ぶか」=講談社現代新書=より)
藤原英司さんが亡くなったというお手紙を奥様からいただいた。つくばにお住まいなのでいつでも会いにいけるという安心感もあって、ついついご無沙汰してしまっていたのを悔やんだ。土浦の自然を守る会の発足当時、藤原さんから実にいろいろなものを教えていただいた。
「野生のエルザシリーズ」の翻訳家として有名だった藤原さんは、実に丹念に動物の行動学に詳しかった。動物をとおして自然のすばらしさを素人の私たちにも丁寧に教えてくださった。文章も格調が高く、「見えるものと、見えないもの」「誤解による大量殺戮」「殺しの連鎖反応」「目に見える過密と目に見えぬ変調」「凍結された過去の重み」などなど、短いタイトルの中に、深い意味をもつ魅力があった。
世界湖沼会議の時、佐賀純一さんがテーマを河童にした。河童という架空の動物が日本中のどこの水辺にも居て、地域によって個性があるのはなぜなのだろうと藤原さんに聞いてみたことがある。「河童カワウソ説」を説明してくれて、江戸時代にどこの川にも居て、人間が泳いでいたりすると、近寄ってきてお尻を触ったりする愛嬌のある動物だったから、日本の各地に定着したのではないかと、教えてくれた。私も安心してカワウソ君から「それはウソだ」と、いわれないようにしようと、子供たちの環境教育の中で「河童ごっこ」を続けてきた。
この間、私が「私が幼い時、ゴキブリは森の虫だった。人間の生活の中にいつのまにか入りこんで、子孫繁栄した頭の良さ、適応力。ゴキブリを尊敬しなさい」と言ったら、若いお母さんからゴキブリなど汚い不潔な虫の話などしないでほしいといわれてしまった。ゴキブリを最初から汚いものと決め付ける女の人たちを相手に、環境教育をどうしたらいいのか、天国の藤原さんにお聞きしたい。(奥井登美子)