【コラム・玉置晋】宇宙開発は科学技術の塊(かたまり)であることは言うに及びませんよね。その中で、僕は人工衛星の運用に関わる仕事をしているのですが、面白いことに非科学的な伝承がいくつかあるので紹介しましょう。

言霊(ことだま)とは「言葉には霊的な力があり、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与える。良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こる」ということです。

これは、人間の社会では、あながち間違っているとは思いません。1人から発せられた信憑(しんぴょう)性の怪しい情報が人々に伝播して、国家的な意思決定に影響して、紛争や戦争につながることもありますよね。だから、言葉は慎重に発せねばなりません。

人工衛星運用の現場における凶事とは、衛星が通常とは異なる状態になることです。現場では、不明事象とか不具合が発生したと表現します。最悪の場合、人工衛星が失われることもあり、現場の先輩方はこれを経験してきました。だから、現場で不具合に関する話をすると、ベテランの先輩方から怒られます。

不具合を語る「軌道上技術評価」

ところが、僕は「宇宙天気防災」を専攻しています。宇宙天気は人工衛星の不具合を発生させる疫病神のようなものですが、宇宙天気が世の中に普及するには、その被害を明らかにする必要があります。僕は、衛星運用の中でも「軌道上技術評価」という仕事に取り組んでいます。

人工衛星の健康状態を評価し、いち早く不具合の兆候を見つけ出すのがミッションです。ゆえに、仕事として不具合を積極的に語る必要があります。不具合の情報というのは、本来であれば科学技術の発展のために、人類の資産として共有されるのが望ましいでしょう。

しかし、現実は、技術情報の開示制限がありますし、事故発生時の責任所在など、大変機微(きび)な話となります。言霊信仰は信仰に収まらず、現実のものなのです。

人工衛星の運用はシフト勤務です。一定の時間で労働者を交代させ、休みなく現場を稼働し続ける体制です。人工衛星の運用は昼夜を問わず継続されますので、こういった勤務体系がとられます。そうなると、運悪く不具合に当たる人がいるわけです。しかし、現場では、同じ人が何度も不具合に当たるという伝説が生まれることがあります。

これに関しては、かつて単位時間当たりの不具合遭遇率を計算した結果、概ね平等であることを確認していますので、衛星運用者の方は安心してください。(宇宙天気防災研究者)