【コラム・斉藤裕之】カミさんの楽しみの一つは、次女が勤める東京の美容院に行くこと。娘に髪を切ってもらえるのは特別な思いがあるのかもしれないが、外出自粛期間とあってはそれもままならず、半年分の髪の毛が伸びた。それがここに来て、やっとお上から外出のお許しが出たというので、早速、次女の好きなクッキーを焼き、手土産にして出かけて行った。
「ナツコはどうだった?」「最近、自炊を頑張ってるんだって!」。聞くところによれば、よい包丁が欲しいということ。これは悪いことではない。それならばとカミさんが百貨店に連れて行き、それなりの鋼(はがね)の包丁を持たせたということだった。
さて、包丁の相棒といえばまな板である。イチョウや柳がいいとかいうが、私はラワン材で作る。少し前までは、本棚やいすを作るといえばラワン材であった。ラワン材とは年輪や節の少ない南洋材一般を指すらしいが、今ではベニヤ板に使われるくらいで、手に入りにくい。
当時は気付かなかったが、ラワンのよさを再認識して以来、古い棚を壊したと聞けばもらいに行ったりして集めている。半端なサイズのもので試しに作ってみたのが、取っ手付きのまな板である。まな板業界からすれば相当な掟(おきて)破りと思うが、刃のあたりも柔らかく、意外に使いやすいと好評。長女が結婚した折には、本当は包丁を送りたかったが、縁起がどうのこうのとか面倒臭いことをいうので、このまな板を作ってやった。
実はこの直前に我が家で使っていた包丁も、柄の部分がついに折れてしまったのだ。20年ほど前に友人に打ってもらった鋼製で、飾り気のなさが気に入っていたのだが…。そこでネットで調べてみると、水戸に包丁を打つ鍛冶屋さんがいるという。
最近かみさんの髪が元気に見える
早速カミさんと尋ねてみると、刃物工房ともいえるまさに硬(鋼)派な店構え。鉋(かんな)や鑿(のみ)の刃も打つというご主人。今では珍しい鋸(のこぎり)の目立てもするという。親切丁寧な対応に、カミさんの意にかなった鋼の包丁を買い求めた。もちろん切れ味は申し分ないし、これで自然に鉄分も摂(と)れる。
ところで、私の絵は金網に漆喰(しっくい)を塗って描いているのだが、金網は鉄製である。錆びないからステンレスの方がいいという人がいるが、錆びるというのがいいと思っている。鋼の包丁も、研(と)げるという裏に錆びるという宿命を持っているのと同じで、朽ち行く定めにある金網に日常の世界を描くのがよいと思っている。
「ナツコの味覚は私によく似ているのよ」。次女の好物だという江戸崎カボチャを食卓に並べるカミさん。母の手料理に勝るご馳走なし。面と向かって料理を教えたことはないが、子供たちもやがておふくろの味を引き継いでいくのだろう。自粛要請が解けてしばらくぶりに帰ってくるという次女。ついでに包丁の砥(と)ぎ方も指南しようかと考えたが、恐らく煙たがられるのだろうから、とりあえずラワンのまな板だけはこさえておいてやろう。
それから、かみさんの髪の毛が最近元気に見えるのは気のせいだろうか。ヘアースタイルについてコメントするのが礼儀?だと思っているのだが、照れ臭くてなかなか言えない。(画家)