【コラム・堀越智也】あおり運転に対する罰則を強化する改正道路交通法が6月30日施行されました。

これまで、あおり運転という言葉に具体的な定義はありませんでした。かつては「安全運転していたら後ろからあおられたよ」みたいな使い方がしっくりきた方は多いのではないでしょうか。それが、痛ましい事件が起き、マスコミで様々な危険な運転のニュースが取り上げられるようになり、あおり運転とはなんだ?後ろからなのか前からなのか?などと、素朴な疑問が国民に生じているさなかの道交法改正です。

あおり運転として10の類型が定められています。車間距離不保持、急ブレーキ、割り込み、幅寄せや蛇行運転、不必要なクラクション等々。あくまでもこれらの運転を「交通を妨害させる目的で」ということになっているのですが、運転があまりうまくないせいで列挙されているような10の類型に当てはまる運転をしてしまう人もいそうで、悪気ない人が不利益を被らないかと若干心配になります。

道交法が改正されたことで、これらの類型を頭に入れて運転している人は,他の車両の運転にも目を光らせることでしょう。例えば、急な車線変更をした車を見かけた時に、それが初心者であったり、道に不案内であったせいでも、警察に通報されるようなことがあれば、初心者や慣れない土地で運転する人は、少し怖くなります。僕も首都高を走っていて、どこで高速を下りるかの判断を迷い、急に車線変更しなければならなくなった時に困るなあと心配になります。

さらに言うと、マスコミで取り上げられたような危険な運転をしている人に、10種類の類型のどれかに当てはまる車を見つけて、嫌がらせをするための武器を与えていないかと心配になります。

一番は思いやり運転

今回の道交法改正は、痛ましい事故の影響を受けている点で、飲酒運転の厳罰化とパラレルに語られることがあります。確かに、飲酒運転の厳罰化の経緯に、マスコミで重大な事故が取り上げられ、かつ当時の法律だと罰則が軽すぎるという事情があったことは、今回と同様です。しかし、飲酒運転は、厳罰化しても、交通ルールを守っている真面目なドライバーにとって何ら困ることはありません。また、僕の手元にデータがあるわけではありませんが、飲酒運転をしているドライバーが多かったことも事実なのだと思います。

しかし、今回の道交法改正に関しては、真面目ドライバーが運転をするのに不安を覚える可能性があると思います。また、悪質なドライバーがどれだけ多いかというデータをとって、国民の運転態度を制限することにしたのか、疑問があります。

ただ、車がないと生きていけない車社会に生きる僕の思いとしては、道交法が改正されたことは仕方ないとしても、その過程で、思いやり運転を推奨する議論をもっとしてほしかったです。

マスコミが取り上げた事例に、周囲の車に腹を立てて危険な運転をしている人がいましたが、実はその周囲の車に悪気はなく、運転技術があまり高くないだけの場合も多いです。そんな時、少し冷静になって他者を思いやれば、腹を立てずに済みます。

また、初心者や運転技術があまり高くない人への思いやり運転を心がけていれば,改正道交法を根拠にむげに他のドライバーを批難することも減るでしょう。車社会に身を置いて大切だと感じることは、個々の運転技術や注意力もさることながら、一番は思いやり運転です。

厳罰化がやむを得ない場合もありますが、「人を罰するよりも許すことの方がはるかに気高い」と言ったガンジーの言葉は、相手の表情が見えにくい車社会では、より当てはまるような気がします。あおり運転を減らそうとした改正道交法が、国民同士の罰し合いをあおらないことを祈るばかりです。(弁護士)