人生という旅の途中で出会った人たち、みんな素敵な人たちでした。その方々に伺った話を、覚え書きのように綴りたいと思っています。

冬に入り、やわらかな日が、アトリエのガラス窓から射している午後、気さくな画家に会った。油絵の具の香りがするアトリエで、洋画家高橋秀(たかはし・しゅう)さんは、キャンバスにピンクの絵の具を塗っていた。昭和2年生まれ、来月、91歳になる。土浦市在住。

「あれは、ボクが大学を卒業したばかりだったから、高下駄履いて学生服、腰には手ぬぐい下げていたかも知れないなあ。土浦で、佐野道之助先生の展覧会があって、見に行ったんですよ。絵のことなんて、何にもわからないまま。そこで見た絵に、絵っていいなあと思わせられたんですね。画廊閉めるまで佐野先生と話し込んでしまって。それから一緒に祇園町の方まで歩いて行って、また話して」

すると佐野さんは、キミの絵を、1週間後に見せに来なさい、と言ったのだそうだ。

高橋さんは、そのころ、絵なんてまともに描いたことなかったから、土浦小学校の近くの、当時土浦で唯一の画材店で油絵の道具を買い、黄色い山とか好きに塗った絵を描き、佐野さんのところに持って行った。

当時すでに著名だった洋画家の佐野さんは、高橋さんの絵を見ると、高橋さんが初めて描いた、まだろくに乾いていないような絵を、いきなり褒めた。これはいい、と。高橋さんが、絵を描いて生きる人生に、のめり込んだ瞬間だった。「褒められたのが嬉しくて。それから毎週描いて、持って行ったんですよ」

高橋さんの本格的に絵を描く人生が始まった。佐野さんは、高橋さんの絵が、とても気に入ったらしい。高橋さんが個展をすれば、画廊に詰めて「店番」をしてくれたり、展覧会やれとか中央展に出品しろと、高橋さんの職場にまで説得に来てくれたりしたという。

高橋さんはやがて、二科会展で特選になったりして、高い評価を得ることになった。今もバリバリ、来春の個展を目指して制作を続けている。

「絵を描くことは、ボクの人生そのものなんですよ。それは佐野先生に褒められることで始まった。それだけじゃない、画廊に出すと、ボクの、訳が判ってもらえないような絵が、ぜんぶ売れてしまった。これは励みになりましたよ。認められ褒められたから、人生が開けたんです」 (オダギ秀)