【コラム・冠木新市】この十数年、AI時代だというのに、なぜか昭和初期がずっと気になっていた。多分、茨城県出身の詩人野口雨情の民謡との出合いがそうさせたのだろう。
2013年9月、「雨情からのメッセージ/幻の茨城民謡復活コンサート」を筑波学院大学の大教室で開催した。雨情が作詞した地元民謡11曲を掘り起こし、オペラ、ジャズ、ポップスの歌手に披露してもらった。
雨情の地元民謡は、昭和元年(1926)から昭和17年(1942)の間に作られ、昭和大恐慌と大東亜戦争の時期にあたっている。最初に作られたのは、「茨城県行進曲」(作曲堀内敬三)だ。茨城新聞社が企画制作し、大正末か昭和初期に作られた。茨城県各地の四季の光景を明るく表現している。
霞ケ浦の 水に浮く 山は筑波の 優(やさ)すがた
海の公園 茨城は 春の魁(さきがけ) 春が来る
春だ 春だ 春だ
2012年、雨情生誕130周年記念番組を茨城放送で企画中に、この音源が入ったCDをプロデユーサーから手渡された。東日本大震災の時、茨城新聞社の資料棚が倒れ、出てきたレコードから起こしたものだという。私は野口雨情との縁を感じた。
結局、スポンサーの都合で企画は流れてしまったが、その後のコンサートに結びついた。しかし、当時は音源や楽譜集めに夢中で思いつかなかったのだが、「茨城県行進曲」とドイツ映画「メトロポリス」(1927)は同じ時期に作られていたことに、最近になって気が付いた。
フリッツ・ラング監督の「メトロポリス」
「メトロポリス」は、フリッツ・ラング監督が当時ニューヨークの光景に刺激され作ったSF作品である。物語設定が2026年になっていて、100年先の未来社会を想像して描いている。現在の時点に立つと、6年先である。ラング監督の予測した未来社会とは、少数のエリートが住む地上と大勢の労働者が住む地下とに二分されている。
地上には、高層ビルが林立し、高速道路を車が走る。また巨大なスポーツスタジアムや図書館と劇場などが一つに収まった建物、快楽の園ヨシワラハウス、エネルギー工場などがある。地下には、寂れた礼拝堂、殺風景な労働者の住居、墓地などがある。二つの世界を支配しているのがバビロンタワービルに入る大企業で、コンピューターや原発を連想させる機械が出てくる。
物語の主人公は大企業の御曹司フレーダーで、偶然出会ったマリアなる美女にひかれ、地下世界に足を踏み入れる。そしてこの物語には二人のマリアが登場する。
一人は労働者に聖書の教えを説くマリア。もう一人はその影響力を恐れ経営者が送りこんだ人造人間マリアだ。このロボットが作り手のコントロールを無視、地上のエリートを色香でたぶらかし、地下の労働者をたきつけて工場破壊をあおる狂態振りを発揮する。
ロボットが人間をたらし込んだり、機械破壊を命令する行為は不気味である。同じ女優が清楚なマリアと狂ったマリアを演じており、異常ともいえる目の輝きに圧倒され、何度見てもそら恐ろしくなる。
だが、ラング監督の未来予測は的中しているといえる。しかし、こんな未来は、私はごめんである。むしろ、雨情が「茨城県行進曲」で描いた自然の光景が未来のすがたであるべきだと思う。めざす未来は90数年前の新民謡にある。私は十数年ずっと未来を夢みていたのだ。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)