金曜日, 1月 9, 2026
ホームスポーツ【筑波大、26年ぶりの箱根路】㊤ 伝統校復活へ 私学に迫る強化策

【筑波大、26年ぶりの箱根路】㊤ 伝統校復活へ 私学に迫る強化策

【池田充雄】筑波大学陸上競技部が、来年1月2、3日に開かれる第96回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)に、26年ぶり61回目の出場を決めた。筑波大の前身である東京高等師範学校は、箱根駅伝の創始者として知られる“いだてん”金栗四三の母校で、1920年の第1回大会の優勝校でもある。だが近年は私大勢に押され、四半世紀も出場が途絶えていた。名門復活はいかにして成し遂げられたのか。

選手を見守る弘山勉監督

大会100年の節目に復活

悲願が成就したのは10月26日の予選会。参加34校から各12人がハーフマラソンを走り、上位10人の合計タイムで競う。10位以内なら本選出場となるが、これに筑波大は6位というサプライズ。弘山勉監督は「チームを箱根に引き戻すことができた。100年目の大会での復活は感慨深い。監督という立場を超え、OBとして純粋にうれしい」と語る。

箱根駅伝への出場自体は94年の第70回大会以来だが、このときは記念大会として予選会11位まで出場枠が拡大された結果。自力で勝ち取った出場権となると、弘山監督が選手として走った89年の第65回大会にまでさかのぼる。

筑波大は2011年に「箱根駅伝復活プロジェクト」をスタート。15年に弘山監督を迎え、以来5年間で予選会の成績は毎年アップ、今回の快挙につながった。ライバルとなる私大各校とは資金力、選手力、練習量などで大きな差があったはずだが、それらをどう克服していったのか。

環境改善へクラウドファンディング

まずは資金力の問題。国公立大学では私立大のような潤沢な強化費は望みようもない。そこで16年からクラウドファンディングを開始。得られた支援金を練習のサポートや食住環境の整備に充ててきた。「予想以上の反響に驚いている。これだけ多くの人に期待されているということ。お金がないと得られない環境はあるので、うまく力に変えていきたい」と弘山監督。

一例が、選手アパートでの食事の改善だ。以前は選手が回り持ちで調理当番をしていたが、そのため練習を早上がりしなくてはならず、体のケアもままならなかった。今は夕食を管理栄養士に任せ、選手のストレスが軽減。メニューの種類やバランスも向上している。

「合宿でも20人が行くと1回で100万円からかかる。それらを補助してもらえるのは大きい。私学との環境の差はどれくらいあるか分からないが、確実に縮まっていると思う」と上迫彬岳主務。

「勉強も箱根も狙える」大学

選手力の差を縮めたのは「復活プロジェクト」の影響が大きい。箱根を本気で目指せる大学という認知が広がり、入学してくる選手のレベルも高まった。「勉強も駅伝も続けられる大学。プロジェクトに引かれ、筑波で箱根を目指そうと入学した」と話す大土手嵩主将(3年)もその一人だ。医学群の川瀬宙夢(5年)は解剖実習や病院実習をこなしながら、猿橋拓己(3年)は理工学群で都市計画を学びながら、チームの主力として箱根に挑む。

金丸逸樹(4年、諫早高)や、相馬崇史(3年、佐久長聖高)ら、高校駅伝の名門校の出身者も増えた。「箱根を走るような高いレベルを知っている選手が今の世代にはそろった。それだけに、箱根と自分たちとの距離感もよく分かっている」と上迫主務。

選手層だけでなく指導陣も手厚くなった。一昨年までは弘山監督が一人で練習から渉外、広報まで全部こなしていたが、今はアシスタントコーチらが付き、選手の状態を逐次把握している。

これらの成果が出始め、弘山監督は「今年は明らかにチャンスの年」と手応えを感じていた。1月の第95回箱根駅伝では、相馬が関東学連の一員として5区を走り、その姿を見た選手たちの間にも「ここで自分たちのタスキをつなぎたい」との機運が高まった。だが、実際に戦えるチームになるまでには、まだ大きな壁もあった。(㊦に続く)

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さて、今年はどうしましょうか?《気軽にSOS》168

【コラム・浅井和幸】明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。皆さんは新年の抱負は決めたでしょうか? 私は特に考えるわけではないのですが、あえて作るのであれば、「心身ともに健康で楽しく生活する」でしょうか。 自分自身、何十年も世界で一番幸せ者だと感じて生きてきたわけですが、幸せであることが「不幸に接しない」ことであるとは考えていません。たくさんの不幸、たくさんの苦しみ、たくさんの悲しみ、たくさんの悩みに対応してきましたし、これからも対応していくでしょう。 自分から積極的に苦しみに突っ込んでいくわけではありませんが、相談や依頼という形で私に頼ってこられる方に一生懸命対応し、希望に沿いたいと考えています。 私は今年で54歳になります。これは磯野浪平さんと同年齢になったということです。浪平さんは、漫画サザエさんのお父さんですね。一昔前であれば、定年1年前のおじいちゃんでしょうか。ちなみに、バカボンのパパは41歳(初老)だそうです。 明日が希望の世界であるように 今の54歳は、定年近くのおじいちゃんではなく、あと15年先が定年になるかもしれない時代となりました。健康寿命が延び、昔に比べて若々しい、もしかしたら先輩方から幼い、と言われてしまいます。私は個人事業主であり、いくつかの法人の理事ですので、定年退職はなく、もっと先まで動き続けると思います。 健康寿命が延びた現代、自分で選択していける時間も余裕も増えています。健康も、知識も、お金も、ほんの少しの積み重ねが功を奏します。逆に言えば、長い年月をかけて、不健康に、無知に、貧乏になることも可能です。自分の選択権を他人や環境に渡して、全てが「させられている」と感じることは大きな不幸です。 そうではなく、自分で考えて行動する、自分自身で選択する、健康で文化的に楽しく生活する―こういった生活を目指す人のお手伝いができれば、私も幸せになると考えています。すべての人にとって「明日が希望となる世界」でありますように、と。(精神保健福祉士)