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13日からミツバチサミット つくば国際会議場で3日間

【相澤冬樹】2年ぶり2回目となるミツバチサミット2019が13~15の3日間、つくば市竹園のつくば国際会議場で開かれる。主催は同サミット実行委員会(委員長・横井智之筑波大学助教)。「環境・食の未来を考える」をテーマに、ミツバチに関わる研究発表や情報交流のワークショップがあり、展示や販売も行われる。

横井実行委員長(40)は「ミツバチは産業になったり趣味になったり、生態が様々に解き明かされてきた。これからの環境と食を考えるうえでも興味深い生き物といえる。専門家たちの情報交換にとどまることなく、特に高校生や子供たちに魅力的なミツバチの世界に触れてほしい」という。

第1回の会場風景=2017年11月、筑波大学

2017年開催の第1回は筑波大学構内で2日間の開催だったが、延べ1000人近い参加者を集めた。今回は会期を1日延長し、つくば駅にほど近い国際会議場に会場を移した。茨城、つくばが特にミツバチや蜂蜜の産地というわけではないが、同大学や農研機構などあるつくばは研究者らが交流しやすい条件だった。

研究発表や「蜜蜂と遠雷」朗読会も

前回はセイヨウミツバチ、ニホンミツバチの養蜂関係者の姿が目立ち、飼養に関わる知識や技術情報の交換に多くの人だかりができた。今回は有料エリアを4つに区分して、「参加者の興味に応じて立ち寄れる構成にした」そう。①キッズ(子供たち向けのサイエンスカフェなど)②サイエンス(シンポジウムやポスターセッションなど研究発表を中心)③フェスタ(セミナーやワークショップなどイベント企画)④プロフェッショナル(農家や養蜂家に役立つ講習会など)の-4エリア。

日程を追うと、13日午後が基調講演「日本のミツバチ・研究・養蜂環境:最近の動向」佐々木正己さん(玉川大学名誉教授)の後、5つのシンポジウムが開かれる。全ゲノムが解読されたミツバチの“設計図”を読み解くなどがテーマだ。

14日には午後から特別講演「農薬の生態リスク評価最前線」五箇公一さん(国立環境研究所)の後、全国から集まった高校生、大学生による研究発表「全国学生養蜂サミット2019」がある。元NHKアナウンサー岩井正さんらが恩田陸著「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎刊)などを読む朗読会(入場無料、先着50人、整理券配布)も予定されている。

15日は午前中、つくば養蜂研究会などによる第1回ニホンミツバチの会全国大会「ミツバチ保護活動を考える」など。3日間で10のシンポジウム、50のポスター発表が予定されている。

入場料は高校生以下無料、一般は1日券1500円、3日券3000円(税込み)。蜂蜜や蜂蜜酒を販売するマルシェやブックカフェなど無料エリアも設けられる。イベント等詳しくは公式ホームページで。

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江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)